第8話
夕方の更新です('ω')
「水浴びができるような場所があるんですか?」
「この広間からほんの少し離れた場所に、清らかな水の湧く地底湖がある。そこで沐浴すればよかろう」
「なるほど……それはありがたいですね。ぜひ使わせていただきます」
「我が浸かれるほどに深いゆえ、気をつけての」
手ぬぐい──おそらくマントか何かの切れ端──と松明を片手に、黒竜王に教えてもらった道を進む。
周囲も真っ暗だが……まあ、一本道なので迂闊に道をそれなければ大丈夫だろう。
そんな暢気な気分が、次の瞬間……いっぺんに吹き飛んだ。
暗がりから人型の何かが、剣を突き出しながらこちらに飛び出してくる。
明らかに僕を攻撃する意図をもって、だ。
飛びすさって避けはしたが、一歩間違えばケガじゃすまないところである。
剣と盾を携えた白磁のマネキンに見えるそいつは、驚くほど機敏な動きで距離を詰めてくる。
「なああぁぁッ?」
素っ頓狂な声をあげて松明を犠牲にしつつ、すんでのところで剣の一閃を避わしたが、マネキンは攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。
無機質な殺意だけを僕に向けて、僕に向き直る人影。
おそらく、迷宮を徘徊するアンデッドか何かだろうと思うが。
すっかり失念していたのだ。
ここが邪神を封印する迷宮中の迷宮、『黒竜王の墳墓迷宮』であるという事実を。
「僕は……ッ、アナハイム様の……ッ、雑用係です……よッ!」
マネキンから次々と鋭く放たれる攻撃を、言い訳をしながら後退って避ける。
僕は気がついていなかったけれども、手錬の者がこの場面を見ていたらおそらく絶句しただろう。
完全に常人の域を超えている、と叫び出すかもしれない。
それほどにマネキンの動きは正確無比で速く、それ以上に僕の回避は常軌を逸していた。
連続攻撃を避けられたマネキンは一時距離をとり、剣と盾を構えなおした。
逃げるか、戦うか。
……当然、逃げの一択!
こんな得体のしれないキラーマシーンとやりあってられるか!
意図を感じ取ったのか、マネキンは再び距離を詰め、兜割のように剣を振り下ろした。
ズ ン ッ !
……と鈍い音が通路に反響した。
剣を振り下ろそうとしていたマネキンは、壁面に激突して半ば壁と一体化していた。
見覚えのある青い炎がちろちろとマネキンを燃やしている。
「カドマ、無事か?」
暗闇の通路の奥から、ズシンズシンと足音を立てて迷宮の主──黒鱗竜姿の黒竜王が姿を現した。
「なんとか、ですね」
「怪我はないか、大丈夫か?」
「ええ、五体満足で怪我もありません。ご迷惑をおかけしました」
「そうか…ならばよい。迷宮の魔物共のことを忘れておったわ。我は襲われぬ故、考えが及ばなかった。すまぬ」
いつになく謙虚な黒竜王を見て、思わず吹き出してしまった。
「笑うことはないではないか。誰にでも失敗はあろう?」
「もっともです。いえね……アナハイム様。僕もついさっきまでここが墳墓迷宮だなんてことをすっかり忘れていたのですよ」
「お主もか」
そういって黒竜王が愉快そうに笑う。
ドラゴン姿なのでそうとはわからないが、これは腹の底から笑ってる声だ。
そういえば、こういう笑いは初めてかもしれない。
なんだかおかしくなって、僕も笑ってしまった。
しばし、暗闇の底に似つかわしくない笑い声が迷宮にこだまする。
ひとしきり笑い終えた後、余韻を引きずりながらも、そのまま黒竜王に案内され、地底湖に無事到着した。
周囲に生えるタンポポの綿毛のような草がぼんやりと白い光を放ち、周囲は意外と明るい。
「これは、きれいですね……」
「そうかの、我は見飽きてしまったが。お主がそういうならそうなのであろう」
そして、ふと気付く。
アナハイムが一緒では非常に困る。
「アナハイム様……道中、ありがとうございました。一人で大丈夫ですので」
「もののついでじゃ。我も沐浴していこうかの」
「えっ」
「ん?」
「では、終わるまで待っていますね!」
僕とて多感で妙齢な男子高校生である。
さすがに女性の前で裸体を晒す気にはならない。
きびすを返そうとする僕を、黒竜王は大きな爪で器用にひょいとつまみ上げ、フッっと息を吹きかけた。
ものすごく大きなドライヤーで台風並みの風を起こしたらこんな感じかな! ……と現実逃避をしてみたが、無情にもすでにぼろきれであった僕の一張羅はたちまち消し飛んだ。
本来脱皮したての幼竜の皮を吹き飛ばす為の竜魔法である、と後で聞かされたがそんなことはどうでもよかった。
つまみあげられたまま、一糸まとわぬ生まれたままの姿となったことが問題なのだ。
「Oh......」
そして、あろうことか黒竜王は僕を地底湖にむかって、ひょいっと放り投げた。
「Nooooooo!」
地底湖の容赦ない冷たさが僕の心の底からの悲鳴を引き出すことに成功した。
心臓が止まりそうだ。
一回止まったことあるらしいから、あまり無茶をしないでほしい。
『守ろう、心臓。支えよう、鼓動。』
これを標語にして心臓を大事にしていきたい。
「カドマよ。我と沐浴を共にすることに……何か異存があるように見受けられるがの?」
「ハズカシイジャナイデスカカカカカカ」
「人の子とは、ほんに些細なことにこだわるの」
そういいながら、黒竜王は付近の手ごろな大岩を拾い上げ、指先から熱線を放ってそれにくぼみを穿っていく。
あまりに当たり前に使われる魔法に、思わず見惚れる。
「カドマよ。我はこう見えて、迷宮にお主一人を放り出したことを反省しておる」
「オキキニナサササラズズズズ」
黒竜王は話しながら、まるで茶碗のような形となった赤熱する岩に地底湖の水を掬い、そこに何かしらの毛皮を沈めた。
そして心底冷えきった僕をつまみ上げ、湯気が立つその岩の窪みにそっと降ろした。
「ゆえに、人の言う『湯浴み』ができるように工夫をしてみたのじゃが、どうかの」
「生き返ります……」
「また死んだのかの?」
「そういう意味ではなく……ああ、でもこれはとてもすばらしいです」
「それは重畳」
上から黒竜王が覗いているが、構うものかと目を閉じる。
このように心地よい気持ちは久しぶりだ。
体が温まるにつれて、【探索の羅針盤】のことやミカのこと、黒竜王とのことで焦っていた気分が、少し落ち着いたような気がした。
「カドマよ。湯あみとはそんなに気分のいいものなのかの?」
「ええ、最高です」
「ほう……」
ちゃぽん、と背後で音がした。
次回は20時予定('ω')
少しだけ砂糖をご用意ください。