第79話
前回の答え合わせ('ω')!
階段を上りきったのを確認した僕とルーピンは、緊張を解いて大きく息を吹き出した。
「ユウ、気付いてたか?」
「はい、冷や汗が止まりませんよ……」
ルーピンの問いに僕は苦笑する。
「ユウ、ルーピン、どういうことだ?」
事情を把握していないケイブが、怪訝な顔でやや憔悴した二人を見る。
そりゃそうだろう。
あの雰囲気であれば、普通の人なら少しくらい休憩をと思ってもおかしくはない。
「あの人、たぶん死霊の類ですよ」
「な……ッ」
「そしてあそこは冥界か死後の世界か、多分そういうとこだぜ」
「ええ、あんなに黒の魔力の多い場所は、僕の居た第四層大陸の地下以来初めてでしたよ……」
生者が冥界の食物を口にすれば、すなわちそれは死者となることである──というのはこの世界でもよくある伝承である。
相手が生ある者ではないと勘で判断したルーピンの判断は正しい。
僕は死霊魔術の経験から感知することができたが一手遅れた。
それも、あの場所の独特な認知阻害によるものなのかもしれない。
それに気づいてから、あの場所は一気に様相を変えた。
曇天に冷たい風が吹き、ボロボロの廃屋の中では骸骨たちが椅子に座って食事をしていた。
どう考えても長居するべき場所ではない。
一刻も早くあそこから抜け出す必要があった。
もし、階段が消えていたり、誘いにのって食事をしていたりすれば全員あそこで死者の仲間入りだろう。
おそらく、27階そのものが塔の罠だったのである。
良心的なことに、今回は罠であるクララその人が階段を提示してくれたわけだが。
「塔が恐ろしい場所だと再認識しましたよ……」
「ユウ! どうして教えてくれなかったのよ」
ルリエーンは少し憮然とした表情で勇をつつく。
「迂闊に気付いていることを相手に感づかれると、どうなるかわからなかったからですよ。家の中からは大量の死霊の気配がするし、黒の魔力が濃すぎて使える魔法は限定されていそうだったし、正直、気が気じゃなかったです」
「ま、あと少しだ。30階街でちゃんと飯食って休もうぜ」
ルーピンが立ち上がる。
まだ危険な塔の内部なのだ。
いつまでも座り込んでいられない。
「じゃあワタシとルリエーンで先行警戒してくるから。……男共は少し休んでなさいな」
ミーネがルリエーンに目配せして立ち上がる。
「そうね、ユウは少し休んだほうがいいかも。顔色悪いよ」
ふわ、っとルリエーンが僕の頭を撫でる。
「あんれ、ルリちゃーん、俺にはないのかよ~?」
「ルーピンはケイブにしてもらったらどう?」
「まかせておけ」
ケイブがルーピンに近寄る。
「ケイブのとっつぁんはじっとしててくれよ」
うなだれるルーピン。
『ザ・サード』はこのような状況下でもユーモアが絶えない。
なんだか、とても居心地がいい。
これがパーティというものなのだろうと、羨ましく思った。
一人で旅して一人で解決するつもりだった。
こんな風に冗談を言い合いながら世界を旅できれば、どんなに楽しいのだろうか。
旅が終われば、また黒竜王との穏やかな生活を始める、と決めている。
その時、きっとルリエーンとは別れることになるのだろう。
ルリエーンだけでなく……ほかの誰とも。
それでも自分は……『門真 勇』は、黒竜王の孤独を共有する覚悟がある。
ミカちゃん同様、黒竜王もまた、自分を救ってくれた恩人なのだから。
いまも孤独に待つ黒竜王の元に帰ることは、ミカを助けるのと同じくらい重要なことだ。
「ユウ。お主、思いつめた顔をしておるぞ。ここにはいい年をした人間がおるのだ。悩んだら誰でもよいから相談をするといい」
ゴモンが背中を軽くたたく。
「はい。ありがとうございます、ゴモンさん」
「なに、同門のよしみもある。いずれゆっくりと話をする機会が欲しいものだ」
「そうですね。いずれ、きっと」
伏見の同門。
種族も違えば年齢も違うが、同じ流派としてのシンパシーも感じていた。
伏見であるからには、あのニアデスな鍛錬を生身で乗り越えてきたということ。
尊敬に値する。
「ゴモン、ユウ殿と話をしたいのは我輩も同じだぞ。一度手合わせもしてみたいものだな!」
「そうだなあ、コイツは飛び道具はからっきしみたいだから俺が仕込んでやってもいい。そうすればケイブが近寄ってくる前に止められるぞ」
「ザイゲン、お主はその飛び道具に頼りすぎだ。拙者が稽古をつけてやろう」
その後、ケイブやザイゲンも交えて戦闘論議をしているところに女性陣が帰ってきた。
「あら、随分楽しそうね」
「ほんと。ユウが楽しそうにしてるところってなかなか見れないから、少し意外かも」
「階段はみつかったか?」
戦闘談義に興味なさそうに居眠りしていたルーピンがミーネに問う。
「ええ、見つけたわ。ルートの確保もしてある」
「よーし、じゃあ出発するとしますか」
ルーピンの掛け声で、全員が各々の荷物を背負い動き出す。
この瞬間が、なんだか好きだ。
集団行動は苦手だったはずなんだけど、と一人苦笑する。
この世界に来て何もかも変わってしまった。
周りが変わって、そして自分も。
……良い方に、だ。
ミカちゃんも、そして他の巻き込まれた者達も、同じ様に変化があればいいと思う。
「願わくば、良いほうに」と今まで祈ったこともない、名も知れぬこの世界の神に祈った。
塔は黄泉にだってつながっています……('ω')