第78話
今日も頑張って更新ですよ('ω')!
トロアナ21階から26階までは、いつものコンクリートの打ちっぱなしに似た風景がずっと広がっていた。
やはりというか、時折一ブロックだけ芝生に覆われていたり、まるで住居のような生活観のある部屋が現れたりして驚かされることはあるが、それにも少し慣れて、着実に僕たちは各階を踏破していく。
しかし。
27階層に到達した僕は、思わず立ち止まってしまった。
これまでと全く様相が違ったためだ。
──トロアナ27階は、『外』だった。
これまでも草原に似たフィールドがなかったわけではない。
しかして、そこには天井があり、あくまで屋内で環境を再現したという感覚があった。
だが、この階層はあまりにそれらとは違う。
上空は青い空と雲に覆われ、目を凝らすといくつかの浮島が見えた。
近くに大陸は見えなかったが、頬を撫で、草原を揺らす風は完全に本物だ。
「空が……見えますね」
「レアケースだがこういうこともある。黒海が随分遠い、第二層くらいにあたるのかもな」
僕の呟きに辺縁部から地平を見ていたザイゲンが応える。
階段は辺縁部のすぐそばにあり、すぐに下を覗き込むことが出来た。
うっかり落ちればひとたまりもなさそうだ。
「下り階段はあるから、おそらくどこかの島と塔の部屋がリンクしてしまったのね。どこかに登り階段があるはずよ」
「どのくらいの広さかわかんねぇな。はぐれないように全員で移動しようぜ」
ルーピンが注意深く辺りを見回しながら歩き始める。
こういうケースは報告されてはいるが、体験するのはルーピンたちですら初めてなのだという。
「次の生成に巻き込まれたら最悪の場合、階段が消えることもあるかもしれねぇ。急いで探そうぜ」
この所在の知れない、何もない島に取り残されたらたまったものではない。
僕を含めた全員がルーピン言葉に頷く。
下り階段のある場所から北に向かって探索を開始したが、どうにもこれは難航しそうだ。
本当にただ、広いだけの平原が広がっており、山も、木も見えない。
ただただ芝生よりもやや長いだけの細い葉を持った植物が、一面に生い茂る風景が続く。
天気もいいし、こんな状況じゃなければ寝転がりたくなるロケーションである。
一時間以上歩いただろうか、そろそろ休憩でも取ろうかという頃、遠方に赤い屋根をした民家のような建物が僕たちの目に入った。
近づくにつれ、それは塔の中あるにはそぐわない、本当に『普通の民家』のような建物だとわかる。
赤い屋根に白い壁、周囲を取り巻く木製の柵。
備えられた小さな畑にはいくつかの種類の野菜が植えられており、端に申し訳程度に白い花が咲いていた。
「家ですね」
「家、ね……」
ルリエーンと二人、顔を見合わせる。
『ザ・サード』にしてもこの牧歌的な雰囲気に、やや困惑しているようだ。
そうこうしているうちに、民家の扉が開き、住人らしき人影が姿を現した。
「あらまあ……ウチにお客様なんて珍しいわぁ」
じょうろを片手に、白いエプロンをつけた人族らしき女性は、俺達に向かって柔和な笑みを浮かべた。
年のころは二十歳ほどであろうか、腰位まである長い灰色の髪を三つ編みにしている。
素朴な美しさを持つ、不思議な雰囲気の女性だ。
「こんにちは、お嬢さん。俺はルーピン」
「こんにちは、旅人さん。私はクララ。クララ=ログマン。この島の所有者です」
クララと名乗った女性は柔和な笑みを崩さず、優雅に名乗って見せた。
おそらく格好に似合わず、上流階級に属する人間なのだろう。
僕から見ても所作が洗練されている。
「クララさんとやら、この島が塔内部に転移してることは知っているか?」
ザイゲンが問うと、クララは首を振って応える。
「塔は眺めたことがあるだけで、入ったこともありませんねぇ。みなさんは塔を上る探索者さんですか?」
「まぁ、そんな所だ。じゃあ登り階段の場所も知ってなさそうだな」
ザイゲンはため息混じりに空を仰ぎ見る。
「まぁ。あの階段、塔の建造物でしたのね」
クララが指差した先には先の空間がひずむ登り階段が畑のすぐそばに場違いに鎮座していた。
僕をはじめとして誰もそれに気づけなかった異常に、ひどい違和感を覚える。
示されなければ、このままここを立ち去ってしまっていただろう。
視界には入っていたはずなのにクララが指差すまで、誰もそれを認知できなかったのだ。
「おどろいた。どうして貴女はこれに気づけたの?」
ミーネがまじまじとクララをみやる。
その視線には、わずかに警戒の意思が見て取れる。
「私には最初から見えていましたけどねぇ。どうしてかしら……?」
クララは顎に指を当ててしばらく考えていたが、思い当たらない様子だった。
「まぁ、階段が見つかったならいいじゃねーか。クララさん、邪魔したなぁ! お達者でなぁ」
ルーピンがやや強引に話しをまとめ、僕達を階段に押しやって促した。
意図を察して、僕もルリエーンの手を引く。
……ここはいけない。
「あら、もう行かれるのですか?折角いらっしゃったのですから、お食事でもいかがですか?」
それを聞いたクララが少し残念そうな顔でおぞましい提案をするが、それには僕とルーピンは首を横に振って応えた。
一刻も早くここを離れる必要がある。
「すいません。ちょっと事情があって急いでいるので!」
普段らしからぬ、僕の様子と言動をルリエーンは不審に思ったかもしれないが、そんなことを言ってる場合じゃない。
ルリエーンの手を引いたまま、僕は階段へと急いだ。
そんな俺達に向かってクララが「よかったらまたいらしてください」と柔和な笑みで小さく手を振ったのが見えた。
その所作でさえ、僕にはひどく恐ろしいものに見えて仕方なかった。
ちょっぴりヒミツを残して次回へ('ω')!