第72話
本日は土曜日なのでちょっと長め('ω')
例の面々がお目見えします。
ギルドに告げた期限、つまりあの日から一週間後の今日。
朝靄に煙る、いまだ開門すらしていない冒険者ギルドの扉前に、全身フル装備の一団がたたずんでいた。
僕とルリエーン、それにルーピンのパーティである。
彼らと僕らは、ほぼ同時に待ち合わせ場所に到着した。
予定時刻より、三十分は早い。
「おっ、坊主。早いじゃねぇの」
「ルーピンさんこそ、随分早いじゃないですか」
ルーピンが僕の肩を気さくに叩いて挨拶する。
「なーに、ちょっと先輩風を吹かせてやろうと思ったんだけどよ。アテが外れたぜ」
「先に到着して健気な後輩を演出するつもりだったんですけどね、失敗しました」
軽口を叩きつつ、ルーピンの背後にいる四人に視線を向ける。
人族の男女、コボルトと思しき男性、それに僕の背丈を大きく上回る獣人族の男性。
ルーピンが一団に顔をむけると、四人は僕の前に並ぶように立つ。
最初に軽装でアゴヒゲを伸ばした人族の男が僕の前に進み出て握手の手を差し出した。
背中には大型の弓を背負い、腰には自動弩級と思われる小型のクロスボウを下げている。
「俺はザイゲン。ルーピンとは腐れ縁でな、ルリエーンの嬢ちゃんに先行警戒のノウハウを仕込んだのも俺だ。戦闘では遠距離からの後方支援を行うのが俺の仕事だ。ルーピンと二人で先行警戒も行う。よろしく頼むぜ?」
差し出された右手に戸惑いながら、日本人としてはなじみの薄い握手を交わす。
次に、進み出たのはコボルト族と思しき面長の男。
耳は柴犬のように短くぴんと立っており、髪の毛同様の黒の毛皮に覆われている。
しかし、それよりもその服装が僕の目を引いた。
麻の着流しに袴、そして草履。
腰には、どう見ても日本刀にしか見えない得物。
間違いない……侍だ!
「拙者はゴモンと申す。よろしく頼む」
短く名乗り、剣道の礼の様に頭をすっと下げる。
どことなく日本風の雰囲気を漂わせるコボルトに、僕は違和感と親近感を覚えた。
それだけではない。
今の所作だけで、僕は何回か斬られたと感じた。
この短いやり取りだけで、彼がかなりの猛者であるということが体感できる。
足運び、目線、体幹。放たれる殺気。
僕が何か仕掛けようとしても、その瞬間に斬り伏せられるだろうということが、直感でわかってしまう。
単純な肉弾戦ではおそらく手も足も出ないに違いない。
「ゴモン、若者をいじめちゃダメよ?」
難しい顔をしていると、四人の中の紅一点…亜麻色の髪の女性がいつのまにか目の前に立っていた。
革製のぴったりした全身鎧が蠱惑的なボディラインを強調し、その妖艶な美しさを増加させている。
しかし、その目立つ容姿とは裏腹に、僕は彼女の気配をまったく感じられない。
注視しようとしても、まるでその気配に、注意が向かないのだ。
しかも、その指先はいつの間にか僕の顎にそっと添えられていた。
これが刃物であったら、僕の命はこの瞬間に再度尽きていただろう。
「『注意誘導』って言うのよ。フフッ……素直で可愛いわ」
「おいおい、ミーネ。坊主をからかうのはよせよ? 見ろ、ルリちゃんが睨んでんぞ?」
ルーピンが呆れたようにミーネを注意する。
チラリと横を見ると、膨れたような顔をしたルリエーンが、こちらに険のある視線を向けていた。
それを見たミーネが、一瞬だけ驚き……愉快そうに笑う。
「あら、ルリエーンも女の顔になったわね? ユウ、貴方の仕業かしら。私はミーネ。よろしくね。先行警戒も出来るけど、青と白の五大魔法を主に使うわ。魔術師同士、仲良くしましょ」
亜麻色の髪をかき上げ、妖艶な笑みを浮かべると同じように気配が薄いままミーネは僕から離れた。
最後の一人、体格が最も大きい獣人族の男が僕の前に進み出る。
重厚な全身板金鎧を着込み、斧とも槌ともつかない武器と大型の盾を携えている。
種族は……おそらく、熊の獣人だろう。
「我輩はケイブだ。よろしく、頼む」
差し出された丸太のような太さの腕はなんとも心強い。
握手しようにも、僕の手はケイブの手にすっぽり収まってしまった。
「ユウ=カドマです。今回はよろしくお願いします。ポジションは魔術師ですが、前衛にも出ます。使用可能な魔法は赤、青、黒の五大魔法です。固有魔法も使いますが、あまり驚かないでいただけると……」
「“自傷の血”……でしょ? 貴方、有名よ?」
ミーネが悪戯っぽく笑いながらウィンクする。
「坊主、俺らは情報収集に関してもプロフェッショナルだぜ? 隠してるつもりかも知れねーが、目立ちすぎだってんだよ」
ルーピンが僕を指差して笑う。
気をつけていたつもりだったが……。
「お主の戦闘能力に関しては疑いの余地などござらん。是非に、“自傷の血”の戦い方を見てみたいものだな」
ゴモンも顎に指をかけながらにやりと笑った。
「師匠方! ユウをいじるのは程ほどにしてくださいよ」
見かねたルリエーンが助け舟を出したものの、いつの間にかその背後に居たミーネに何か耳打ちされたルリエーンは、赤くなって俯いてしまった。
盗賊という、特別な人間達に何か隠し事をするのはどうやら相当難しいようだ。
「ギルドが開くぞ」
ケイブの声に振り返ると、ギルドの扉が音を立てて徐々に開いているところだった。
午前六時を知らせる甲高い鐘の音がトロアナ市にこだまする。
各々が荷物を背に担ぐ。
食料やテント、もろもろの装備。
これから屋内に入るというのに、まるで長距離の旅をするような様相だ。
「お主達、荷物はそれだけか?」
むしろ僕たちの度を越えた軽装にゴモンがいぶかしむ声をあげる。
僕は肩から提げた革のショルダーバックを叩いてみせた。
「これ、魔法のバッグなんです」
なるほど、と短く頷くとゴモンはそれ以上何も追求することなく歩き出した。
ルーピンに促され、最前列を僕とルリエーンが歩く。
少し、緊張はするが……できる準備は揃えた。後は成すだけだ。
扉をくぐった先、冒険者ギルドの受付ホールでは受付のクロリエが僕同様……あるいはそれ以上に緊張した面持ちで、僕達を出迎えた。
「依頼を受けにきました」
受付に座るクロリエにそう短く告げる。
「あなたのことを精査した結果、依頼を受けるに問題はないと判断しました。しかし、やはり二人というのは流石に……」
クロリエが最後の説得のつもりか、僕に書類を見せようとする。
それを横からかっさらうようにひょいととったルーピンがにやりと笑った。
「クロちゃーん? それなら問題ないぜ? オレ達が一緒に入るんだからよ」
「えっ……“巧手の”ルーピンさん? それに“斬鉄”ゴモンさんまで!?」
「おいおい、“狙撃者”のザイゲンを忘れてるぜ? クロちゃんよ」
クロリエは、驚愕の声に、ギルド職員達がざわつく。
それもそのはずだ。
おそらく、第三層大陸でもトップクラスの冒険者集団、『ザ・サード』が勢ぞろいしているとあれば、驚くのも無理はない。
メンバー全員が二つ名を持つ、第三層大陸最高位のパーティ。
それがこの第三層大陸に名をとどろかせる『ザ・サード』という面々なのである。
「わかりました……依頼の受諾書にサインを。三十階の支部にまずはこの受諾書を見せてください」
クロリエは二枚つづりの用紙とペンを僕の前に差し出す。
それにサインすると、控えをクロリエに返す。
「依頼内容は大陸間30~40階の調査です。30階までは通常どおり登っていただいて構いません。ただし、30から40までの間はマッピングを含めた完全踏破です。安全確保……塔内で安全というのもなんだかおかしいですが、明らかに塔内の移動で圧倒的脅威となるものが発見できた場合、直ちに支部へ報告をお願いします」
クロリエは色鱗竜とは明言はしなかった。
しかし、その目的が『いる』か『いない』かの調査であることは間違いない。
「では、これから塔の扉の封印を一時開放します。健闘を」
クロリエの言葉にただ黙って頷き、僕を先頭にして一団は塔へ続く通路を進む。
この百メートルほどの薄暗い通路の突き当たりに、塔への入口があるのだ。
短く息を吐き出し、気合を入れる。
少し緊張しているようだ。
その肩をルリエーンが軽く叩く。
気負いすぎだ、とその目が語る。
僕は小さく頷き、ただ近づく白亜の扉を見据える。
──さぁ、戦いを始めよう。
いかがでしたでしょうか('ω')
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