第7話
お昼の更新です('ω')!
※アナハイム視点です。
二日たった。
そろそろ目を覚ましてもよさそうなものだが、子供はまだ目を覚まさない。
肉体を賦活しても、魂が離れてしまっては目覚めることはない。
この子供がまだ魂を手放していないか、確認する必要がある。
指先を子供の額に当て、意識への侵入を試みる。
血の円環を紡いだ相手のことだ、容易に入り込むことができた。
よかった、魂は離れていない。
少し、興味がわいて記憶をたどる。
見慣れない異界の風景。
そして、同族から忌避され、孤独になっていく少年。
虐げられ、拒絶される日常。
旧友らしき雌との再会。
その雌にかけられた言葉、嬉しかった出来事。
他にも様々なことがアナハイムの意識に流れ込んできた。
(この者ならば、我の孤独もわかるのかの?)
年端も行かぬ、人間の子供にそんなことを期待するほうが無理ということは理解していたが、この人間の子にはシンパシーを感じる。
ただただ目覚めるのを待った。
結局、ユウが目覚めたのは三日目をそろそろ終えるか、といった頃。
自身の死に自覚があったのか、一言目は「どうして」だった。
なかなかどうして、冷静な子。
二言三言、言葉を交わし、インパクトも十分に名乗ったが不評だった。
普通もうちょっと驚くとか、怖がるとか、崇め奉るとかあってもいいものを。
それでも、心の底から歓喜した。
言葉を交わす相手がいることが、どれほど価値のあることか。
そして、この反応の薄い少年は自分をさほど怖れることもなければ、竜眼で自我を失うこともなかった。
実は竜眼で逃走する意思を封じようとも考えていたが、逃げるそぶりも見せなかった。
次いで出て来たのは雑用係の申し出である。
どう引きとめようかと迷っていると、「ここにいる」と自ら申し出てくれたのである。
年甲斐もなく嬉しくなってしまった。
これで、耐えがたい孤独とはしばらく無縁でいられる。
少年が目を覚ましてからの、この十日間は本当に楽しかった。
住処の片付けをするというカドマについて回り、後から魔法道具の説明や雑談をして過ごした。
何百年という日々の内の、たった十日間。
それが、これほど心を魂を安らがせるものだと、孤独でないということが、どれほど幸せなことなのかを実感した。
しかし、この幸せはそう長くはないのだという確信も、またあった。
「記憶を覗かせてもらったことはさっき伝えたがの、ミカとかいうお主の友人……こちらに来ておる可能性があるのではないかの」
カドマの最後の記憶には、世界が交わる時に発生する次元重複の残光が見えた。
あの光量であれば、周囲一帯がこのレムシータの世界に飲み込まれただろうという推測ができる。
『探しに行かなくていいのか』と遠まわしに問うた。
自分で自分の首を絞める行為だとは重々わかっている。
しかし、記憶を覗いたが故に。
そのミカという旧友がどれほどカドマにとって大事であるか知っているが故に。
心のうちに隠した、「その旧友の為に死もいとわぬ」という性質が故に。
聞かざるを得なかった。
そして【探索の羅針盤】を探すために疲労しつくし、倒れたカドマを目の当たりにし、その時が来ればこの客人がここを去ることは止められないだろう、と確信した。
──【探索の羅針盤】。
探し物をする際に有用なこのアイテムはこの世界のどこに在るものでも方向を指し示す。
逆に言えば、この世界にないものを感知しない。
眠るカドマに触れ、その記憶にある件の旧友や巣で共に暮らしていたらしい同族の所在を探る。
──結果、その多くがこの世界に存在していることがわかった。
当然、件のミカという人間の雌もだ。
伝えてしまえば、カドマはすぐにでもここを出て、探しに行ってしまうだろうか?
いつ伝えるべきか。
すぐ伝えるべきか。
迷ったまま、ユウを起こし、食事に誘う。
食い物がないので、尻尾の先を少しばかり落として、自分の火であぶる。
よっぽど腹が減っていたのか、自分の肉に喰らいつくカドマはなかなか見ものだった。
自分の一部が喰われているのを見るというのは、なかなか倒錯的なものがある。
食事を終え、よもやま話をしたあと、カドマはこともなげに言った。
「では、やはり僕はここに残りますよ。だいたい黒竜王様一人じゃ、また散らかして大変でしょう?」
内心、心がときめいた。
まだこのような感情が、自分に残されていると驚きもしたが。
「お主は馬鹿じゃのう」
嬉しさと後悔と迷いがないまぜになった笑顔が思わずこぼれた。
(まるで、ずっとここにいる様ではないか。期待を持たせおって)
「【探索の羅針盤】が見つかったら、同郷の者を捜しに行くのであろう?」
……と余計な発破をかけた。
この言い方では、もう確定したような物言いではないか、と自嘲しながら。
「まずは【探索の羅針盤】が見つかってからの話です。出かけるまでにここをきちんと整理してしまいたいですしね」
そんな風に朗らかな笑顔を見せるユウを見て、思わず後ろ手にもった【探索の羅針盤】をぎゅっと握り締めた
もう少し。
もう少しだけでよい。
我とともに在ってくれ。
まるで少女のように、心の中でワガママを言った。
次回は17時の予定です('ω')ノシ