第69話
いいですか、決してワルサーP38のあの人ではありません('ω')b
「んふふ……少年。あのカギ開けるたぁ、なかなかやるじゃねーか。そのうちオレが挑戦しようと思ってたのによォ」
飄々とした雰囲気を漂わせた痩せ型の人族が、そこには立っていた。
細長い指が白貨を手品のようにくるくると弄んでいる。
「ルーピンてめえ! 店の事に口出してるんじゃねーよ!」
ドワーフ店主の怒号に気づいたルリエーンが店の奥から走ってくる。
「ユウ? ……それに師匠!? なに揉めてるの?」
「お、ルリちゃんじゃなーい? 元気してた?」
ルーピンと呼ばれた男は軽いノリでルリエーンに抱きつこうとしたが、ルリエーンはそれをさらりと躱す。
「師匠?」
「ええ、私の斥候技術の師匠よ。通称、“巧手の”ルーピン。第三層大陸で最も有名な盗賊よ」
女癖の悪さもね、とルリエーンは付け足す。
「で、二人して何揉めてるの?」
「揉めてないですよ。ただ、これを売ってくれとお願いしただけで」
僕の指差す先のカウンターの上には、【盗賊の心得】が置かれている。
「えっ」
「えっ」
「どうしてこれがここにあるのかしら? 師匠が鍵を開けたの?」
「いんや? オレは何もしてねぇぜ。この坊主がコイツを買おうとしてたんで、興味があって見てただけさ。でも、とっつぁんが難癖をつけたから思わずな」
チラリと流し目のように店主をねめつけるルーピンは、油断のならない相手だと僕に感じさせた。
動きの一つ一つにまるでフェイントが含まれているような違和感があって、まるで次の動作が読めない。
「難癖なもんか! こんなガキがあの鍵を開けれるわけねーだろ!」
再び店主の怒号が店内に響く。
それに対して、やや冷えた雰囲気でルーピンが告げる。
「それにしても、だ、とっつぁん。オレらの技術は信じられねぇからって、易々とお披露目していいモンじゃねーのはわかってんだろ? いまここにコイツがある事実だけが真実さ」
そうルーピンは顎をしゃくってカウンターの上の【盗賊の心得】を示してみせる。
「しかもこの坊主は金もあるっていうんだぜ? ちゃーんとスジは通ってるんじゃねーか?」
それは僕を擁護するためというよりも、盗賊としての矜持を示しているように僕には見えた。
職人のプライドのようなものが、言葉の端々に感じられる。
「ちょっと待って。これ、私のために買おうとしてたの?」
「そうですよ?」
ルリエーンの驚いた声に、僕は答える。
至極まっとうで、当然の話だ。
──用意できうる最もいい装備を。
──可能な限り万全の準備を。
それが旅の同行者たるルリエーンにできる最大の支援だった。
自分のわがままに命を賭けさせる僕の、愛情表現ともいえるかもしれない。
「わ~お、ルリちゃんはいい男捕まえたねぇ」
ルーピンもやや驚いた顔をしたが、すぐにニヤっとした笑いをルリエーンに向ける。
「え、いや、そんなんじゃないんですよ……師匠」
「そうでしたっけ?」
「そうじゃないけど、ああ、もう!」
「調子が狂うわ!」とルリエーンは顔を真っ赤にさせてうつむいてしまった。
「あの……もし、これを売ってくださらないなら、それでもいいんです。僕達は三日後、塔に入ります。現状で準備できる、最もいい装備をそろえる必要があるんです。何か代わりに見繕ってくれませんか?」
僕は店主に向き直り、頭を下げる。
もしかすると店主の技術屋としてのプライドを傷つけたかもしれない、と僕は反省した。
「あぁん? 塔に? 今は閉鎖中だろ?」
仕事柄か店主には情報が伝わっているようだった。
僕は急ぎの旅であること、それが友のためであること、命がけで行かなければならないことを、かいつまんで説明した。
そして、そのために調査依頼を利用して塔に入ること、二人で入るため可能な限り最大限の準備をする必要があることも。
その上で僕は再び店主に頭を下げて、道具の見積もりを頼んだ。
話を聞いた店主の顔は驚きから少しずつ真顔に、最後には真剣になっていった。
「わかった。【盗賊の心得】を持っていきな。道具ってのは在るべき所に在るもんだからな。お前さんがここに持ってきたってことは、この先、お前さんか嬢ちゃんにとって必要になるってことだろうよ。……怒鳴って悪かったな」
頑固なドワーフ店主は、すこし頭を下げる仕草を見せて、置かれたままの赤茶のポーチと冒険者カードを僕に渡した。
「あの、代金は?」
「本気で払う気でいたのか?」
「ええ」
心底驚いた顔を店主は見せた。
「バカいうな、五億ももらったら仕事なんてやってられねーよ。俺はまだこの仕事を続けていたいんでな」
「ただでもらうのは……」
「そいつは俺が冒険者時代に塔で拾ったもんだ。体が言うことを利かなくなって五十年。そろそろルーピンのヤツにでも譲ってやろうかと思っていたところだから、丁度いい。俺の代わりにダンジョンに連れて行って仕事をさせてやってくれ。道具ってのは使ってこそだからな」
僕は少し考えた後、「わかりました。ありがとうございます」と頭を下げた。
そして【盗賊の心得】をルリエーンに手渡す。
「そういうことだから……罠はよろしくね」
「え、ええ。緊張するわね」
やり取りを黙ってみていたルーピンが、突然僕の肩を掴んだ。
「坊主、ルリちゃんとたった二人で塔を上るつもりか? オレが技を仕込んだとはいえ、二人じゃ流石に危険だぜ?」
「それでも、急ぐ旅なんです。危険を承知で行かねばなりません」
僕の言葉を聞いたルーピンが、ルリエーンのほうに顔を向けた。
ルリエーンは首を縦に振って、僕の言葉を肯定して見せる。
その様子に、小さくため息をつく仕草を見せたルーピンが口を開いた。
「オレの弟子のかわいこちゃんをみすみす死なせるわけにはいかねぇな。……オレついていくぜ」
「師匠! 勝手に決めないでくださいよ!」
「うっせぇ! オレになびかなかったくせに、こんなガキにコロっといかれやがって。そんな覚悟した目をするくらいなら、オレくらい頼りやがれ。死ぬ覚悟ばっかしてんじゃねぇよ」
妙な剣幕のルーピンが、ルリエーンを額を指で弾く。
小気味いい音がして、ルリエーンはしゃがみ込んで呻った。
「ええと、ユウ? だったか?」
「はい」
「オレも行く……かまわねぇよな?」
僕は少し考える。
しかし、その瞬間に額を指で弾かれた。
かなり痛い。
そして、避けられない。
「考えることじゃねーよ。お前がルリちゃんのオトコだってなら、まずは安全確保だろ。オレのツレにも声をかけておく。安心しろ、オレはこう見えてプロフェッショナルなんだぜ?」
ウィンクしてみせるルーピンは『鬼灯兵団』の頼れる大人たちを思い出させた。
それに安全性を重視するルーピンの提案には信頼が持てたし、なにより塔という初めてのフィールドに不安がないわけではないのだ。
ルリエーンを失う可能性がある。
それは心中で反芻しながらも、いつも押し込んでいる思いだ。
本人の希望とはいえその恐怖は常にあった。
そしてその思いは、すでにルリエーンを好きになってしまっている自分を認めることになってしまい、ヤールンへの苦い感情となって僕を苦しめた。
ヤールンを愛している……と未練がましく腕輪をつけていながら、その実、命すら賭けて傍に居てくれるというこの美しいエルフの少女もまた、愛しはじめていた。
あまりに日和見な自分に嫌気がさす。
僕は、この提案は受け入れるべきだ。
ルリエーンの命を守るために出来ることはなんでもしてみるべきだし、よく考えればパーティメンバーを募ることも準備の一つ、手段であったのではないか。
「わかりました。よろしくお願いします。出発は三日後です」
「ああ、当日はギルドの開始時刻に集合することにしようぜ」
僕は「わかりました」と頷き、去っていくルーピンを見送った。
「あいつはあれでなかなか信用の置けるヤツだ。こと、身内に関してはな。ま、がんばれや」
僕と同様にルーピンの背中を見送った店主もまた、僕を励ましてくれる。
「ありがとうございます。いずれまた、こちらに寄らせてもらいます」
そう、頭を下げると僕は「うううう」と額を押さえながらうずくまるルリエーンを助け起こし、店を後にした。
準備はこれでほぼ完了だ。
後は、三日後を待つばかりになった。
いかがでしたでしょうか('ω')
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早いか遅いかの話ですよ('ω')ハハハ