第62話
ルーさん、イン ザ スカイ('ω')!
「今日はいい天気ですね」
僕の声に、ルリエーンが閉じていた目を開けて、かわりにジトっとした眼差しを向けてくる。
ちょっと涙目になっていて可愛い。
「ユウ、あのね……こういう恐ろしい手段をとる前に、私に相談する必要があったと思うの」
ちらりと地上を見下ろしたルリエーンが、震えた声で僕を諌める。
「高いところは大丈夫ですか、ってちゃんと聞いたじゃないですか」
「苦手じゃないとはいったけど、こんなの予想外よ……」
慣れて来たのか、少しため息交じりに僕を責める。
「僕としては速いし楽だしで、いい移動手段だと思ったんですけど、それに……」
「それに?」
「ルーさんとくっついていられるので」
ルリエーンの体は細いが、その柔らかな感触を僕に余すことなく伝えてくる。
緊張しているせいで少し高い体温も、上空の冷えた空気の中では一層親近感を覚えるし、ふわりと香る花の石鹸の匂いも心安らぐ。
ああ、僕はいつの間にか紳士になってしまったのかもしれない。
魔性の女、ルーさんだな。
「魔法で固定してあります。もし手を離したとしても落っこちることはないので安心してください」
「大丈夫と言われても怖くて離せないわよ……!」
「うっかり落下してもちゃんと助けますから」
「【羽ばたき翼機】は飛ぶものじゃないのよ……? 用法・容量をしっかり守って使用しないといけないのよ」
そうつぶやいたものの、ルリエーンは眼下の景色に徐々に目を奪われているようだった。
一方、僕も不思議な感覚を得ていた。
高度が落ちないどころか、上げることすら可能と感じられるのだ。
一度空に上がってしまえば、延々と飛び続けられる……そんな感覚がある。
速度にしても、以前は空気抵抗で徐々に低下したものだが、そのコントロールすら利くようになっていた。
(いつの間にか【羽ばたき翼機】の性能がアップしたのかな?)
おそらく、飛行に習熟してきたってところだと思うけど。
不都合はないし、気にしないことにしよう。
「いい風ね……こんな体験は初めてだわ」
少し落ち着いたルリエーンが、景色を眺めながら表情を緩める。
「疲れたら言って下さい。可能な限り、このまま行きます」
ルリエーンにそう伝えると、僕は前方に見える白い線に向かって【羽ばたき翼機】を少し加速した。
快適な空の旅……というにはやや遠いが、危険で曲がりくねった森林街道を歩くよりもずっと早い移動速度を得ているのだから、許してもらおう。
* * *
結局、そのまま飛行を続けた僕たちは、空が赤く染まる頃に地上へと降り立った。
森の中に見つけた小さな湖のほとり。
空から見て森にぽっかり空いたその場所は、おそらく聖域だとルリエーンが教えてくれた。
湖の水は澄んでいて、毒性もないとルリエーンが確認してくれたので、今日の野営地をここに定めた。
僕は夕焼けに染まる湖を見ながら、ふと思いついたことを訊ねてみた。
「魚はいますかね?」
「小さな魚なら見えたけど。釣具なんて持ってるの?」
「邪道ですが、こういうやり方が……」
赤魔法で作り出した電撃を湖に向かって放つ。
しばらくすると、湖面に大量の魚がプカリと浮いた。
カラフルな姿の魚や、サケのような姿をした魚、見るからにナマズの姿をしたモノもいる。
「電撃漁……! もう、渡り歩く者だから知らないのね? ほとんどの場所で禁止されている漁だから、今後はやっちゃだめよ?」
「えっ……! すみません。それで、どれが食べられそうですか?」
ルリエーンは一つ一つ指差しながら「それとそれは食べられるわ。そっちの赤いのは毒があるから触らないで」と細かく指示し、下着姿になった僕はそれを泳いで取りに行った。
「たくさん獲れたわね。どうやって食べる?」
「せっかくですし、今日は外で焚火を起こして焼き魚にしましょう」
新鮮な魚を塩だけで焼いて食べる。
小さな贅沢だ。
「魚はネルキド市では食べなかったので、今日は大満足です」
「ネルキドでも魚は食べれるわよ? ちょっと割高だけど」
「そうなんですか? 『踊るアヒル亭』の外では殆ど食事をしませんでしたからね」
「ああ……あそこの女将さん、魚嫌いらしいわよ」
やくたいない話を二人でしながら、時に笑ったりしつつ食事は続いた。
夜の湖に光る影を落とす満月が空に美しく輝き、焚き火のはぜる音が妙に心地よかった。
そういえば、こういう野営は初めてかもしれない。
「そういえば、塔って何日くらいで登れるんですかね」
「状況によるわ。地図屋が十階単位でマッピングしたものを売ってくれるけど、階層によっては再構成されていたりするし。スムーズに行けば日に十階くらいのペースで登れるわ」
「どんな場所か想像もつきませんね……」
「フフ、きっと驚くわよ」
ルリエーンのイタズラっぽい笑みが、月に映えて美しかった。
いかがでしたでしょうか('ω')
気がついたら評価方式が変わっていました……
今なら、言えることが一つだけあります……
ほしが、ほしい……ッ
('ω')……