第61話
今日も元気に更新です('ω')!
翌日、昼近くまでゆっくりと睡眠をとった僕達は、少し気恥しい空気の中で朝食兼昼食をとった。
厚めに切ったベーコン、少し焼き目をいれた白パン、オニオンスープ。
付け合わせに温野菜を盛り合わせたもの。
きっとエルフには菜食主義者が多いにちがいない……という僕の偏見というか先入観は、ルリエーンがベーコンのステーキをお替りした時に完全に崩れ去った。
聞けば、森の民は狩りにも長けるので、人間の都市で野趣料理レストランを出す程度には肉が好きなのだという。
食後に紅茶を注ぎ、机に地図を広げる。
現在地の確認と、今後の道程を確認するためだ。
僕の場合は、『塔』に向かってただ滑空するだけだったので、こういう作業はしていなかった。
普通はこうやって、きちんとキャンプエリアと宿場町への時間を計算して旅をしないと、夜間に危険な場所で野営することにもなる。
ルリエーンを連れるなら、こういうことも学ばなくてはならない。
……とはいえ、【安息の我が家】があれば野営の安全性は保障されたようなものだが。
「いまは……ここね」
ルリエーンが地図の一点を指さす。
現在地は、全行程の約半分程度の場所であるらしい。
ルリエーンに護衛を依頼した商人は、いわゆる『開門特需』と呼ばれる各都市における物資の偏りを見越した商売をするために、馬車を魔物の『疾走馬』に引かせていた。
値段は張るが、この馬を使えば徒歩で一ヶ月以上掛かる行程をたった10日ほどで移動できるそうだ。
しかも、今回は護衛も含めて全員馬車に積載しての移動。
あまつさえ、馬と馬車に魔法をかけて強化し、一晩中休みなく走り続けたらしい。
いくら商売のためとはいえ、無茶が過ぎるのではないだろうか。
当然ながら長時間高速で走る馬車に揺られ続けた護衛も疲労し、そこを小鬼に突かれて、奇襲されたとのこと。
開門特需というものは、かなり利益を生むものであるらしいが、命あっての物種ではないだろうか。
「よく考えると、そんな私達にどうしてユウは追いつけたの?」
「空を飛んできました」
沈黙が苦笑いに、そして諦観の頷きに変わるまでややあったが、ルリエーンは渋々納得してくれたようだ。
本当のことなのだから、ごまかしようもない。
「ここから二人で徒歩なら、十日くらいかな。……もしかして私、すでにユウの足を引っ張ってる?」
「ルーさん。二人で行くと決めたのは僕ですよ。気にしないでください」
「そう? ありがとう」
むしろ、僕にとっては「もう半分きていたのか」という印象が強い。
一晩を徹して飛び続ければ距離も稼げるだろうとは思ったが、まさか半分も来ていたなんて。
「二日ほど行けば、貸馬屋のある宿場町があるわ。そこまで行って馬に乗るのはどうかしら? 少なくても乗合馬車はあった筈よ」
「そうですね……」
ルリエーンの言葉を反芻しつつも、僕は考える。
【羽ばたき翼機】を何とか使えないかと。
一人用ではあるが、ルリエーン位軽ければ何とかなるんじゃないだろうか。
長距離飛べなくとも、木を順番に見つけて行けば大きな放物線で『跳ぶ』ことは可能な気がする。
試してみる価値、ありだ。
「ルーさん、高いところ苦手だったりします?」
「私達エルフは高い木の上で見張りをこなすこともあるから。特に苦手だったりはしないわね」
「よかった」
「?」
僕はぬるくなった紅茶を胃に流し込み、立ち上がる。
ルリエーンは何が「よかった」のか理解できない様子だったが、出発の意図を感じてか同じく立ち上がった。
ソファに放り出された鞄から、するすると【伸縮する麻縄】を取り出して、肩に担ぐ。
「ロープ?」
「ええ、行きましょう」
──外はすっかり日が昇りきっていて、いい天気だ。
今の時期は天候もよく、風も穏やかで過ごしやすいとミリィには聞いていたが、静謐な森の雰囲気もあいまって、とても落ち着いた空気が流れている。
【安息の我が家】を収納した僕は、地図を確認しているルリエーンを傍目に、近くの最も背の高い木に目をつける。
「よっと」
少し掛け声をかけて、木を登っていく。
慣れたもので、この位の木なら問題はない。
木の先端部にたどり着いた僕は、いつものように【伸縮する麻縄】を結びつけ、タイミングよく結び目が外れるように青魔法で細工した。
「よし……今日も、滑空日和だ」
空を見渡せば一面の青空──思わず笑顔になる。
目印を探し見回すと、森林地帯が延々続く先、はるか遠くに糸のように縦に伸びる『塔』が見えた。
目標を確認した僕は、木を滑るように降りていく。
「ユウ、方角的にはこっちね……って、ユウ?」
目を離した隙に僕の姿を見失い、周囲を見回すルリエーンの目の前に着地する。
「お待たせしました」
「びっくりした。どこへ行っていたの?」
「準備をしてきました」
「準備?」とリエーンは首を傾げたが、説明をするよりも体験した方が早いと考えた僕は、次なる準備に取り掛かる。
握っていた【伸縮する麻縄】を引き、背の高い木を大きくしならせる。
ミリィが弓の材料にもいいと教えてくれた、このやや細い木は、しならせてもまったく折れない。
念のため、何度か引っ張って強度を確かめ、安全性を確認する。
(よし、大丈夫そうだ)
心の中で頷くと、不思議そうな顔をしているルリエーンに手招きする。
状況が理解できないといった顔をしたルリエーンの体を見る。
性的な意味ではない。
──いや、美しいとは思うけど。
そうではなく。
彼女をどう運搬するのがベターか思考をめぐらせる。
重さ自体は昨日抱き上げたので、おおよそわかる。
問題はないはずだ。
結局僕は、「普通に抱きかかえればいいか」と軽く結論を出して、鞄から【羽ばたき翼機】を取り出して装着。
こちらも手慣れたもので、まるで上着でも着るみたいに簡単に装着できるようになっていた。
ルリエーンの手を引いて、抱き寄せる。
「うにゅ」
突然の僕の行動にルリエーンがヘンな声を出したが、聞かなかったことにするのが紳士のたしなみだろう。
腰に手を回して、万が一にも落下しないように、青魔法で体を接着する。
本来、床などに仕掛けて移動を阻害する魔法だが、色んなものをくっつけるのに便利なのだ。
「じゃあ行きましょう」
「え」
ぎりぎりと【伸縮する麻縄】を引き、弧を描く木をさらにしならせる。
その奇妙な光景の中で、ルリエーンは何とも言えない顔で僕と木を交互に見ていた。
「ま、まさか……ユウ?」
ようやく意図に気付いたようだが、もう遅い。
次の瞬間、僕達は空の住人となっていた。
「にゅあぁぁぁぁぁ!!!!!」
ルリエーンの謎の叫び声が森林街道にこだました。
「今まで上ったどんな木よりも高い場所に、感じたこともないものすごい速さで放り出され、空の青さに死を覚悟した」──後に、ルリエーンはそう語った。
いかがでしたでしょうか('ω')
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