第59話
土曜日も頑張って更新ですよ('ω')!
「……わかりました」
僕はなんとか搾り出すようにして口にした、肯定の言葉にルリエーンが安堵の表情を浮かべる。
「でも、まずは僕の話を聞いてからにしてもらえませんか?」
僕の雰囲気を察したのか、一転、ルリエーンは真剣な面持ちで頷いた。
「ええ。あなたの気の済む様にしてくれれば、私はそれでいいわ」
──とつとつと続いた僕の身の上話は、夜半になってようやく終わった。
自分が『渡り歩く者』であるということ。
その原因となった事件のこと。
命の恩人のこと。
『鬼灯兵団』とのこと。
ヤールンとの出会い、別れ、その理由。
──そして幼馴染のこと。
黒竜王がドラゴンであることや、自分が竜人であることなどは伏せたが、他はすべて話した。
それが、気持ちを明かしてくれたルリエーンに対する礼儀であると共に、ヤールンの時のような失敗を犯さないための予防線でもある。
身近な存在になってから距離を置かれるのは、辛いことだ。
「これで全て話したわけじゃありません。秘密にしておきたいことや、伝えるべきでないことは伏せてあります。それでも、いまここに居る『僕』という人間の話せる全てを話しました」
それでも僕と共に行くのか、という問いを暗に匂わせた。
卑怯なやり方だと思うが、僕にできることはこれくらいだ。
「『渡り歩く者』……初めて本物に会ったわ。案外普通なのね?」
僕の決心に対して、ルリエーンの反応は軽いものだった。
まるでそんな事は関係ない、とばかりに。
「それに、ヤールンとのことがあるので、ルリエーンさんの気持ちに応えることはきっと出来ません」
「なるほどね……それで『傷心』ってワケなのね」
ルリエーンはイタズラっぽくも、優しく微笑む。
「何度でも言うわよ、ユウ。私はあなたが好きよ。話を聞いて、もっと好きになったかもしれない」
ルリエーンが話の間、両手で包み握っていた僕の手を片手ずつ繋ぎ直す。
「事情なんて知らずに、突然気持ちをぶつけた私に、あなたは真摯に応えてくれた。それだけでも十分」
「ルリエーンさん……」
両の手に伝わる柔らかな温かさが、ルリエーンの存在を深く自覚させる。
「ユウ、私は私の好きな人の為に命を張れる。そういう覚悟があって、あなたと一緒に行く。あなたが元の世界の恋人を救うために旅するなら、私もそれについていくわ」
ルリエーンの真剣な眼差しが僕に向けられる。
美しい深緑の瞳が僕を捉えて、包み込んだ。
伝えるべきことは伝えた。
その上で僕についてくるという選択をしたなら……してくれたなら、もはや何も言うまい。
「この旅は危険ですよ?」
「いいわよ」
「気持ちに応えられないかもしれませんよ」
「いいわよ」
「ベッドで僕に襲われるかも」
「いいってば」
僕は少し苦笑して頭をかいた。
ルリエーンもクスクスと笑う。
張り詰めていた空気が、少し緩む。
お互いに許しあった……わかりあえた気がした。
「では、訂正しておく箇所が一つ。探しているのは恋人じゃありません、幼馴染です」
「恋愛感情はあるんでしょ?」
「どうでしょう……? 彼女は人気者で僕は日陰者でした。恋愛が成立するほど対等な関係ではなかったと思います」
「でも……あなたは彼女の為に命を賭けるんでしょう?」
「ええ。そうなります」
自嘲気味に苦笑する。
ミカに対するこだわりが一体何なのか、自分でも計りかねているのだ。
一言に恋愛感情として表現できるものではない。
「そのくらい大事な相手なのに、恋愛感情がないの?」
「彼女の為に命を賭ける位のことは出来るくらいに、何かしらの感情があったんです。恩というか、説明しづらいですね。男女間のそれとはおそらく違った……大切な想いではあります」
愛情には違いないと思う。
しかし、恋愛というにはあまりにも現実味がない。
「ミカちゃんのためなら、命くらい軽いものだ」と本気で思っていたし、今もミカの身に危機が迫っているなら同じように思うだろう。
今は、黒竜王の元に帰る為に、命だけは残しておかねばならないが。
「じゃあ、私にも希望があるってことよね」
ルリエーンの不穏な前向き発言に、思わず心が跳ねる。
「ルリエーンさん。僕はまだヤールンを愛してるんです。拒絶されてもヤールンを嫌いになんてなれません」
「嫌いになる必要なんてないわ。その子を愛してた気持ちは本物だったんでしょ?」
「もちろんです」
「だったら、それは大事にするべきよ。私には私の立ち位置があるもの。これからあなたの隣にずっといるんだから、きっとこの先、私に気持ちが向く機会がきっとあるわ」
「それは……」
否定できない。
下衆な事に、自分に甘いルリエーンでヤールンの傷を癒そうとすることがあるかもしれない。
実際、同じテーブルで食事をし、事情を話した上で、それでも気持ちを汲み取ってくれるルリエーンが居るだけでずいぶんと気持ちが楽になった気がする。
心の軽さを実感してしまっている。
「悩まないでも、その時が来たらきっとなるようになるわ。エルフは長命だから気長なのよ?」
ルリエーンの屈託のない笑顔が、予想以上に心を揺さぶるのを感じた。
こうもストレートに愛情表現をされてしまうと、荒んだ心が受け入れてしまう。
おそらく、そう遠くない未来に、この可憐なエルフを好きになってしまうのだろうという予感すらある。
──観念して彼女を受け入れるべきだ。
などと得体の知れない感情が僕をせっつく。
「そろそろ寝ましょう。ルリエーンさんの寝室を準備してきます」
小さく息を整えて、長らく座っていた椅子から立ち上がる。
「私も行くわ」
「そうですか……? では抱えていくので、そのまま横になってください」
二階の寝室には、『踊るアヒル亭』で使っていたような、ダブルベッドが据え付けてある。
自分とヤールンの為のものだったが、今後はルリエーンに貸しておこう。
一人で眠ればその広さが気になって眠れなくなりそうだ。
愛する人のぬくもりを覚えている自分に、隣の空白は耐え難い。
しばらくは、ご無沙汰だった鷲獅子の寝椅子のお世話になることにしよう。
ルリエーンは「もう大丈夫だから」と顔を赤くしながら拒否したが、僕は軽い彼女を強制的に抱え上げて寝室へと運んだ。
今回は逆パターン……('ω')
誑されるのはユウのほうでした……!