第58話
今日も元気に更新ですよ('ω')
目の前のエルフがニコリと笑う。
僕はというと、突然の申し出に驚いて、軽く固まってしまった。
「ルリエーンさんをですか? いまいち理解が追いつかないんですけど」
「難しく考えなくてもいいわ。塔を上るなら、きっと私の技術が役に立つはずよ」
塔の内部は複雑怪奇な迷宮だ。
悪質な罠や仕掛けが多数存在すると聞いている。
そのため、他の遺跡や迷宮などと同様に、先行警戒や罠解除に長けた人材は必要不可欠だ。
戦闘力がいくら高くても、罠にかかればそこで人生が終わる可能性もある。
僕のプランとしては、第三層大陸と第二層大陸を定期的に行き来する商隊がいくつかあるらしいという話をミリィから聞いて、それに混ざる予定だった。
「確かに、僕では罠の扱いはどうしようもないですし、魔物を逐一殲滅しながら進むのは効率が悪いですね」
「その点、私なら三回ほど塔を登った実績があるし、罠や仕掛けに関する知識もあるわ。いろいろアドバイスできると思う。どうかしら?」
ルリエーンの申し出について、少しばかり考える。
確かに『塔』の攻略は困難を極めると、黒竜王からもミリィからも聞かされていた。
『鬼灯兵団』のような手練でさえ『塔』を避けて、安全な飛行船の上昇航路をつかって帰還するのである。
『塔』を使う人種というのは、僕のような急ぐ事情のある者、金のない者、それに塔で自動生成される魔法道具回収を専門にする冒険者、それに便乗して昇降する一部商人──『武装商人』と呼ばれる人たち──だけだ。
いずれにしても、先行警戒が出来る人材は必須である。
(「お前がべらぼうに強いのは知ってるが、あんまり先走りすぎるなよ」)
バッソの言葉が脳裏をよぎる。
自分の足りない部分は誰かに補ってもらってもいいのだと、ネルキドでの一ヶ月間で僕は理解していた。
仲間を集めて登るにしても、武装商人に紛れるにしても、先行警戒ができる仲間がいるのは心強い。
なら、返事は決まった。
「ルリエーンさんが優秀な『斥候』だというのは身をもって経験済みですしね。……是非、お願いします」
「よかった。断られたらどうやって付いて行こうか悩んでたところなの」
悪戯っぽくルリエーンが笑う。
この発言をリップサービスと受け取った僕は早速、この危険な依頼の報酬をどうするか考えた。
雇用というビジネスライクな付き合いであれば、ヤールンと別れたときのような痛みは伴うまい。そう考えて、左腕にはめた腕輪をみる。
身勝手な『渡り歩く者』の、つまり自分の危険な旅に無関係な他人を巻き込むべきではない。
今回は一介の冒険者ルリエーンに対する、僕からの依頼という形であれば懐以外は痛まないはずだ。
いや、どうだろう。果たして、そこまで割り切れるのだろうか。
複雑な顔になった僕に気づいたルリエーンが、無防備な僕の額を指で弾く。
「うぐっ」
突然のいたずらに僕がたじろいだのを見て、ルリエーンは屈託ない笑みを漏らす。
「ユウ。何を考えてるのかわからないけどそんな顔しちゃだめよ」
「すいません。色々、考えちゃって」
せっかくの申し出だ。
塔の攻略に付き合ってもらおう。
「それで、報酬なんですが」
「いらないわ」
「え」
切れ味のいい即答に、出ばなをくじかれる。
「今日、助けてもらった分でお釣りがでるくらいよ?」
「そういう訳には……危険な旅になりますし」
「おかしなことを言うのね? 絶対安全な旅なんてこの世界に存在しないわよ」
ルリエーンが僕の頬を両手をそっとつつみ、額をそっと寄せる。。
突然の行動に、僕は固まってしまったが、触れる額の感触は何故か僕を安心させた。
「ねぇ、ユウ。私は今日、あなたに助けられた。あなたは命の恩人よ」
「ルリエーンさん、それは僕がただその場に居合わせただけの話です」
「事実は変わらないわ。あなた、きっと世間にすごく疎いのね……ゴブリンに攫われるってことが、どれほどこのレムシータに生きる女にとって恐ろしいことか知ってる?」
その問いに、僕はぐっ……とつまる。
一ヶ月間ミリィの一般常識講座を受けたが、まだまだ自分がこの世界の常識に馴染んでいない事を自覚している。
「街の路地裏で一時、襲われるのとは違うのよ。一生、生かさず殺さず、ゴブリンたちに壊れるまで繁殖するために嬲られるの」
小さくルリエーンの手が震えている。
思い出さなくてもいいことを、思い出しているようだ。
「もうダメだって。自分で自分を諦めたその瞬間に、あなたが現れた」
ルリエーンは震えながら語る。
一瞬で部屋に爆散するゴブリン達を見たと。
あられもない姿の自分を力強く抱き上げて、そっと抱きしめられた温もりを覚えていると。
「私はゴブリンから救ってくれたユウの姿を、鮮明に覚えてるわ」
ルリエーンの真剣な眼差しが僕に向けられる。
「あなたの力になりたいの」
その眼差しに、僕はたじろいだ。
あまりにもまっすぐで、眩しいと感じた。
「申し出は、とても、嬉しいのですが、僕は……」
うつむいた僕は考える。
自分勝手なこの旅に、誰かを巻き込むべきではない。
誰かに甘えて、また拒絶されるくらいなら僕は一人がいい。
……一人は、慣れているから。
「僕は……。僕の勝手に、誰かを巻き込みたくありません」
「ねぇ、ユウ。私の名前を呼んで?」
誘うように、エルフが囁く。
どういう意図があるのか、わからなかった。
「ルリエーンさん……」
「違うわ、『ルー』よ」
僕に触れる手に、少し力が入った。
華奢だけど、暖かで柔らかい手。
促されるままに、導かれるように、僕は彼女の名前を口にする。
「ルー」
「そう、それが私を呼ぶときに使う言葉よ」
額同士を触れさせたまま、ルリエーンが微笑む。
「ユウの勝手に私を巻き込んで。ユウの危険に私を連れて行って」
「そんなわけには!」
甘えたくなる気持ちを振り払う。
これは、僕の個人的な旅だ。
何も、彼女に返すことができない。
出会ったばかりの彼女を巻き込むべきではない。
「ユウ。私、あなたが好きよ」
独白のような告白が、僕の心を揺らす。
抉られる様な不安に近い気持ちがせり上がってくる。
「僕、は……」
「あんな風に私を助けておいて。好きになっちゃったんだもの。……仕方ないじゃない?」
そう、ルリエーンは自嘲気味にくすりと笑う。
それはつり橋効果というやつなんですよ、と野暮を言いそうになるのを何とか我慢する。
「ユウに、私を愛してなんて言わない。でも私を信頼して? そして、傍にいさせて。それだけでいい」
「……僕は」
どうしたいのか。
こんなにもストレートに気持ちを伝えてくれたルリエーンに、どう応えていいかわからない。
自分に人を好きになる資格など……ないはずなのだ。
黒竜王は僕の『親』で『家族』で『共感者』だ。
男女の愛とは根本からして少し違う。
行き過ぎた愛情表現……度を越した傷のなめ合いというのが一番しっくりくるかもしれない。
ヤールンは、僕のもとを去った。
当然だ。彼女の気持ちを考えなかった、僕が悪い。
そして、その気持ちに整理が付く時間がないまま、この美しいエルフに出会ってしまった。
指先から、ルリエーンの想いが伝わってくる。
彼女は本気だ。
きっと、このまま傍にいれば、自分も好きになってしまうだろう。
ヤールンのように、また拒否されたら?
女々しくも、僕はヤールンがいつかあの日々を思い出せるように、などと送った一対の腕輪に視線が注がれる。
しばし、それを見つめ……僕は考える。
ほんの少しの静寂の後、僕はルリエーンに気持ちを伝えた。
いかがでしたでしょうか('ω')
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