第57話
本日も頑張って更新です……('ω')
本日のメインディッシュは森林恐蜥蜴のお肉を使ったハンバーグです、と脳内で解説しながら僕はハンバーグの空気を抜く。
リズムよく、小気味いい音がキッチンに響かせながら空気を抜いていく。
前の世界にいる時から、僕の趣味は料理だった。
こちらに来てからネルキドにつくまでの悲しい食生活の反動か、僕の料理衝動は抑えきれなくなり、出発の際にネルキド市の市場で必要な調理器具や油、塩や香辛料などと共に大量の食材を事前に買い込んでしまった。
……よく食べる、ヤールンのために。
それこそ、一ヵ月ほどならこの隠れ家に籠城できるくらいの食材が手元にあるのだ。
ヤールンの腹に収まることはなかったが、急な客人のもてなしには役に立つ。
ルリエーンがどのくらい食べるかは知らないが、さすがにドワーフのヤールンほどは食べまい。
森林恐蜥蜴は面構えも凶暴さもサメによく似た六本足の巨大な爬虫類で、僕が遭遇したのはそのまた突然変異体だった。
『鬼灯兵団』本隊が大暴走に対応しているさなか、突然戦場につっこんできた個体。
その対応に、僕は「できるだけ使わないようにしよう」と固く心に決めていた自傷魔術と血陣魔法を、皆の前でお披露目する羽目になったのだ。
おかげで一般兵士や作戦参加していた冒険者達に、全力で自傷魔術をぶん回す姿を晒してしまい……僕は、“自傷の血”などという大層な二つ名で呼ばれることになってしまった。
僕の黒歴史を量産するのはよしてほしい。
……ともあれ、世話になったルリエーンに料理の腕を披露するのは悪くない。
それなりに自信があるのだ。
きっと気に入ってくれるだろう。
かまどに魔法の小剣で火を入れ、そのまま小剣を薪がわりに置いて維持した。
魔法の炎は薪いらずで煙も出ないし、いざとなれば戦闘にも使える便利な道具である。
フライパンに油を引き、ハンバーグにじっくりと火を通すためにワインを注いで落し蓋を載せる。
付け合せにはマッシュポテトとスティック野菜、それにオニオンスープをすでに拵えてある。
パンにつけるための、そら豆とにんにくのディップソースを練っているところでルリエーンがリビングダイニングに姿を現した。
用意した寝衣がワンピースのようになってしまっているが、致し方あるまい。
ルリエーンは上気した頬で、ぺこっと僕に頭を下げる。
隙間から、ちらっと覗く控えめな胸元に意識を集中させてしてしまいそうになるが、ぐっとこらえた。
紳士は動じないのだ。
「お湯、ありがとう。とても落ち着いたわ」
「いえいえ。もう出来ますので座って待っててください」
フライパンの蓋をあけると、ハンバーグはいい焼き色になっていた。
皿に盛って、湯気の上がるハンバーグに市場で買った、甘辛いソースをさっとかける。
付け合せもテーブルに並べ、フランスパンのような長いパンを火にかけていた魔法剣でざくざく切る。
ディップソースは小皿に入れた。
これで、完成である。
「おまたせしました。めしあがれ」
「ちょっとびっくり……したわね」
僕の対面にちょこんと座ったルリエーンは、目を白黒させていた。
「何がですか?」
「料理が出来ることもそうだけど、貴重な魔法剣でパンを切ることとか……」
「表面に焼き色がついてパリっとするんですよ?」
ルリエーンは笑いをこらえてるのか、体をプルプルと細かに震わせる。
「あははは! ありえない! その小剣一つでいくらすると思ってるのよ。それで、パンを切るなんて……! パリっとするんですよって……ッ!」
腹を抱えて笑う可憐なエルフに驚きつつも、やっと笑顔を見せてくれたことに安心してお茶を差し出した。
ひとしきり笑うと、ルリエーンは小さく祈りの言葉を唱える。
食事のための祈りらしいが、どうしても僕はなじめなかったので、結局は元の世界の通りに手を合わせて「いただきます」と言うことにしている。
僕の不思議な祈りに興味をもったのか、ルリエーンも「iTadaKyimas」と真似る。
まるで魔法の詠唱みたいな発音だ。
僕が食事を始めると、同じようにルリエーンも食事をはじめた。
森林恐蜥蜴のハンバーグはなかなかの美味だったが、僕としてはもう少し、油が欲しいなというのが正直な感想だった。
鶏ササミと白身魚をミックスしたような淡白で不思議な味わいだ。
そら豆とにんにくのディップは、我ながらいい味を出している。
大目に作っておいて、保存してもいいかもしれない。
「こんな料理初めて見た……とてもおいしいわ。それにすごく柔らかい。何の肉なの?」
「森林恐蜥蜴ですよ」
「森林恐蜥蜴!? 高級品よ?」
目を見開くルリエーン。
森であったエルフたちとは違う、表情がくるくるとよく変わって見ていて楽しい。
「倒した人に権利があるらしいです。旨いという話だったのでもらっておいたんですよ」
「硬鱗の蛇竜を一人で狩ってしまう貴方なら森林恐蜥蜴くらい狩っても驚かないけど……」
時折、お互いに軽口を叩きながら食事は粛々とすすみ、終わった。
食べ終わった食器を流し台に運び、例の青魔法で水をためた桶で洗い始める。
「あら、皿洗いくらい私がやるわよ?」
ルリエーンが不自由な足をかばいながら立ち上がろうとするので、それをを制止する。
捻挫は安静にしてるのが一番早く治る。
「いいんですよ、お客さんはゆっくりしててください」
ルリエーンが椅子に座りなおすのを確認して、皿洗いに戻る。
「冒険者生活が長いと、こういったお客様扱いはむずがゆいわ」
「あはは。今日のところは我慢してください」
そう促して、皿を手早く洗う。
魔法で水を操って洗うのですぐに終わる。
皿を洗い終わったその足で、湯気の立つカップを二つ持って、テーブルに戻る。
『踊るアヒル亭』で頂いたコーヒーだ。
「きちんと自己紹介してなかったわよね?」
「そういえば、そうですね」
「ルリエーン=フェイウィンドよ。西部にある『樫の黒枝』氏族の出身で、もうずいぶん長いこと冒険者生活をしてるわ。得意なポジションは斥候でクラスはCよ。親しい人はルーって呼ぶわ」
『樫の黒枝』氏族……森で道を教えてくれたエルフたちだ。
どうにも僕は彼等と縁があるらしい。
「森で同じ一族の方に会いましたよ」
「そうなの? 私自身は長いこと戻ってないの。みんな元気だといいのだけど」
やや遠い目をするルリエーンだったが、すぐに視線を僕に戻し、にこっと笑う。
「ユウ。私、貴方のことが聞きたいわ」
花が咲いたような笑顔に、どぎまぎしながら僕も自己紹介を行う。
「ユウ。ユウ=カドマです。出身は不明、気がついたら第四層大陸の師の元にいました。今は、友人の安否を確認するため、そして保護してあるべき所に送り届けるために旅をしています。
得意なポジションは……攻撃者だと思います。クラスはC、今は塔都市トロアナに向かっています」
情報を選別してルリエーンに自己紹介した。
余計なトラブルとリスクを避けるために。
「驚いた、魔大陸出身なの?」
「最近まで住んでた場所、というならそうですね。ちなみに魔族が化けてるわけじゃないですよ」
一応、釘を刺しておく。
「ごめん、実は最初ちょっと疑ってた」
「もう慣れましたよ」
頭を掻きながら苦笑する。
「それで、ユウ。塔都市に行くって事は塔を登るの?」
「ええ。第二層大陸に友人がいる可能性が高いので、手っ取り早いのは塔だと思いまして」
「ねぇ……じゃあ、私を雇わない?」
いかがでしたでしょうか('ω')