第55話
本日ラストの更新です('ω')
「これは……すごいわね……まるで家みたい」
「原理は僕もよく知りませんけどね。僕の隠れ家ですよ」
ルリエーンは驚きながら興味深げに【安息の我が家】をきょろきょろと見まわしている。
「なんだか落ち着くわ。こんなに明るいなんて。……それに、すごく清潔だわ」
「掃除は魔法でやってますけどね。どうぞ」
僕は椅子をルリエーンに勧め、その向かいに自分も腰を下ろした。
「今日はゆっくり休んで、明日、馬車に追いかけましょう」
「多分……追いつけないわ。あの雇い主、自分の荷物と商売が一番大事みたいだったし、伝言にも先に向かうと書いてあったから」
所在なさげなルリエーンは、少し怒った表情で言った。
どうやら雇い主をハゲ呼ばわりするくらいには怒っているようだ。
まぁ、確かに商人らしき男はハゲていたが。
「そうなんですか? 斥候をやっていたんだし、距離的には走って追いつけると思うんですけど」
「その斥候も出来る私を、護衛の単純戦力として数えたから小鬼の不意打ちなんか受けたのよ……」
盛大にため息をつきながら、ルリエーンは肩で切りそろえた金髪を指で弄ぶ。
その様子に、思わずため息が漏れた。
なんて美しい生物なんだろう。
たとえ、僕が選んだセンスのない地味な服を着ていても、エルフの美しさは一欠すら輝きを失わない。
僕は気を取り直して、机に複数の治癒の魔法薬と手ぬぐい、包帯、それと煮沸して瓶詰めした清潔な水を並べながら質問する。
「単純戦力としてですか?」
「そう、あの雇い主……先行警戒の重要性がまったくわかってない素人だったのよ。いくら提案しても馬車から離れるなの一点張り。独断専行したら依頼料は払わないって怒鳴り始めちゃってね」
なるほど。
その商人の愚かさ加減は、致命的だ。
防衛であろうと、旅であろうと、遺跡の探索であろうと……走力にすぐれ、感覚に優れたメンバーの先行警戒は非常に重要である。
先だって危険を察知し、問題あれば状況を知らせ、時に可能であれば敵性勢力の排除を行うことで安全を確保する。
パーティの目と耳の役割を果たす彼らを、多くの場合『斥候』と呼ぶ。
彼らは戦力とは別に、安全性を確保する手段として、冒険者がパーティを組むときに欠かせないメンバーだ。
ネルキド防衛でも多数の冒険者が、『斥候』や『警戒者』、あるいは『追跡者』として活躍した。
先行警戒でモンスターの位置や種類が判明すれば、僕や『鬼灯兵団』は余裕をもって誘導や戦闘ができる。
それこそ時間が許せば、専用の装備や魔法道具を準備する時間ができ、格段に危険性が減るのだ。
その中でも、硬鱗の蛇竜にも気づかれず、それこそ僕にすら気づかれることなく隠れて動向を監視し続けた有能な斥候であるルリエーンを、先行警戒に使わないなんて不意打ちしてくださいと言わんばかりの愚かさだ。
「それは……災難でしたね。あ、ルリエーンさん痛めた足をこっちに」
「え? はい」
ルリエーンは言われたとおり、すらりとした細い足を僕に向かって伸ばす。
美しく磨かれた大理石のような足を膝に乗せて足を清拭する。
「ちょ、そのくらい自分で出来るわよ」
「はいはい、ジッとして下さい。ちょっと冷たいですよ」
治癒の魔法薬で作った湿布を腫れている部分にぺたし、と貼り付ける。
「にゅッ」
ルリエーンが謎の声をあげるが、聞かなかったことにして包帯で足をテーピングしていく。
打ち身など日常茶飯事だったのでこういうのはむしろ得意なのだ。
最後に包帯に<防水>の魔法をかけておく。
あとで風呂に入ったときに浸水しないようにだ。
「はい、完了です。明日には治ってるはずですよ」
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
机に広げたアイテムを無造作に鞄に直していく。
すべて収納し終わると、鞄をソファの上に置き、僕は立ち上がった。
「食事にしましょう。でも、先にルリエーンさんはお風呂ですね」
「まさか……浴場まであるとか言わないわよね?」
「それがあるんですよ」
僕は笑いながら、新品の寝衣を鞄からとりだしておく。
男物だが、着れないことはないだろう。
「少し大きいですけど。ルリエーンさんは小柄なので丁度の服がなくて」
「結構気にしてること、ズケズケいうのね?」
「うっ、すみません」
失言に苦笑しながら、僕は浴場へ向かう。
興味があるのかルリエーンも後に続いた。
扉を開くと脱衣所があり、その奥には擦りガラスのはまった戸。
戸を開けると、そこは水色のタイルが鮮やかな清潔な浴場になっている。
流石に元の世界のような全自動湯沸かし器もシャワーも着いておらず、二畳間ほどの浴場には湯船と木製のおけが備え付けられているだけだったが、日々の生活には十分すぎる。
僕は鼻歌交じりに青魔法を応用して風呂に水をためていく。
この光景すら、ルリエーンにはにわかに信じられないものだったらしい。
「どうやってるの、それ」
「<濁流波>という青魔法の応用ですね」
大量の水を高圧で放出し、押し流す魔法だ。
自傷魔術で詠唱破棄したその魔法を、さらに青魔法<逆詠唱>を使うことで威力を自ら弱め、適量の水を風呂に張る。
──それを見て、顔を引きつらせるルリエーン。
僕にすれば当たり前のことだったが、ルリエーンにはとんでもないことをしているように映ったらしい。
曰く、五大魔法を無詠唱で二つ同時に発動させて威力調節するなど離れ業もいいところで、見たことがない光景だったらしい。
普段から『鬼灯兵団の面々の』「ありえねぇ」顔に慣れてしまった僕は、唖然とするルリエーンを置いてけぼりに、得意の赤魔法で水を適温の湯に変えた。
湯船からは湯気が立ち上り、少し手を入れて確認したが丁度いいくらいの温度だった。
『踊るアヒル亭』のアヒル温泉には遠く及ばないが、旅先では毎日の入浴にありつけるだけありがたい。
「じゃ、ここ自由に使ってください。着替えとタオル、ここに置いときますから」
あんぐりと口を開けて脱衣所で立ち尽くすルリエーンを傍目に、備え付けた棚から取り出したタオルと先ほど用意した寝衣を置いて僕はキッチンに向かった。
いかがでしたでしょうか……('ω')
ユウさんがお風呂の準備を始めてしまいましたよ……?
さて、今日まで三話更新で来ましたがうなぎ氏、ここから少しお仕事で忙しくなります……
明日からは一日一話でがんばります……