第53話
今日も頑張って三話更新です……('ω')
夜のとばりが降りた大森林の上空を、僕は【羽ばたき翼機】で滑空している。
例によって丈夫な木をしならせた反動で上空に飛び上がった僕は、遠くに見える白い線──『塔』へ向かって夜の空を進む。
地上部分は深い森に覆われているが、高度はまだ十分だし何度かの滑空のうちに上手く風を捕まえて高度をいくらか維持することもできるようになっていた。
(……ヤールンは腕輪を受け取ってくれただろうか?)
【羽ばたき翼機】を操縦しながら、僕はミリィに託した腕輪の片割れのことを、そしてドワーフの少女のことをぼんやり考える。
ヤールンの言っていることは正しい。
このひどく個人的で、極めて危険な旅に他人を巻き込むべきではない。
ましてや、僕は旅が終われば黒竜王の元に戻る身だ。
とてもじゃないけど、ヤールンにずっと一緒にいてほしいなんて言えるはずなどない。
それでも、ヤールンが付いてきてくれればどんなに心強かっただろう……と、今でも思う。
そんな甘えた気持ちが、いまだに僕の心でくすぶっている。
思えば、これは初めての恋人で、初めての失恋だ。
黒竜王も恋人といっていいのかもしれないが、感覚的には半身という方がしっくりくる。
自分でも黒竜王との関係を、どう表現していいかわからない。
心も体も許し合う仲ではあるが、それは僕たちにとっては当たり前すぎることで恋愛感情というよりもずっと深くつながった何かだ。
家族よりももっと深い関係がどう表現されるのか……僕は言葉を持たない。
やめよう。
いくら考えたところで僕がしくじった事実は変わらない。
そして、ミカちゃんの捜索は最重要の課題だ。
これについて、ヤールンを優先できるかというと否としか答えられない。
それはヤールンにとって辛いことだろう。
つまり……結果的にはこれでよかったのだ。
そう思うしかない。
当初の予定通り、最短でミカちゃんを探し出し、危険があればこれを助け、帰還の方法を探す。
そして、黒竜王の元に戻れば何もかも解決する。
ヤールンは自分には過ぎた恋人だった。
初めての恋人というのは長続きしないのだと、ネットかなにかで見たことがあったが……そのジンクスを、まさか異世界で思い知る羽目になろうとは。
そんなことをグルグルと考えながら、結局僕は一晩の間に着陸と滑空を繰り返してかなりの距離を移動した。
竜人となった僕の体は、その気になれば三日ほどは不眠でいられるし、【羽ばたき翼機】の操作はそれほど体に負担ではない。
このままいけるところまで行ってしまおう。
* * *
「ん?」
空の旅を続けて二日目の昼を過ぎたごろ、眼下にうねって見えるの森林街道に異変を察知した僕は方向転換して急降下した。
馬車らしいものが、大量の何かに襲われているように見えたのである。
上空から近寄ってみると、それは確かに馬車で、その周囲を三十体ほどの数の小型の影──小鬼──が取り囲んでいた。
ミリィ先生の一般常識講座を思い出す。
小鬼は、邪神によって生まれた黒海のヘドロと土、それに人間の精液を混ぜたモノが意思を持って繁殖した、 邪神の放った呪いの一部なのだと伝えられている。
力はそれほど強くはないものの、集団で襲い掛かる知恵を持ち、強い繁殖力は同族同士のみならず、いかなる人型生物とも生殖繁殖し、身近な悲劇と絶望を作り出す恐ろしい魔物であるらしい。
別種族との子は青小鬼や獣鬼、悪鬼となってさらに大きな悲劇を生み出す。
一時は強力な王小鬼がこれらを率いて、第三層大陸南部を制圧したことすらあったとミリィから聞いた。
当然、冒険者への討伐依頼としてかなりの頻度で挙がるものの、女性冒険者から蛇蝎のごとく忌避されることからも、この魔物の恐ろしさが見て取れる。
討伐に失敗して捕まりでもすれば、慰み者にされることが確実だからだ。
先に見える馬車の周りでは護衛らしい冒険者数名が戦っているが、多勢に無勢と言った有様で、すでに何人かは地面に転がっている。
死んでいる者もいるし、まだ息のある者もいるようだ。
さて……見つけてしまったならば無視もできない。
上空で【羽ばたき翼機】を解除して【隠された金庫室】に収める。
自由落下にまかせ、僕は戦闘地点のど真ん中に土煙を上げて着地した。
突然の僕の出現に、双方やや混乱する。
しかし、すばやく敵と判断したらしいゴブリン数匹が、すぐさま僕に踊りかかった。
ショートソードを抜き放ちざまに一振りして牽制し、距離をとった小鬼を<火矢>で吹き飛ばす。
このような混戦状態で広範囲の攻撃魔法は使えないし、単体魔法で各個撃破するほうが被害が少なくていい。
周辺に居る小鬼を、<火矢>の連射で抹殺していく。
例えは悪いがシューティングゲームをやってるような感覚だ。
しかし、これでは効率が悪い。
しかたない……黒魔法はあんまり人に見せたくないんだけど。
「魔力活性──魔力維持──術式描写──魔力赤活──魔法構成開始──<火葬>」
真紅の炎が辺りを包み込み、まるで生きているかのように小鬼を飲み込んでいく。
黒の魔力を練りこんだ赤魔法であり、実は呪いの一種である。
──黒竜王曰く“死のだいしゅきホールド”。
これを聞いた僕は、「余計な知識を僕から吸収するのはほどほどにしておいてください」と真にお願いした。
小鬼はその半数を失ったところで戦意を喪失したのか、散り散りに森に撤退していった。
戦っていた冒険者の一人が「待て!」と声をあげる。
確かに小鬼は殲滅が好ましいと聞いたが、満身創痍の今は命が助かったことを喜んでほしいものだ。
「今は深追いしないほうがいいんじゃないですか?」
「そうしたいのは山々だが、護衛が一人攫われたんだ。クソッ! 俺らが油断したばっかりに!」
「じゃあ僕が追いましょう。あなた方はここで立て直しを」
「あんた、名前は?」
「ユウ」
目を丸くして、僕を見る冒険者。
「黒髪黒目の強力な魔法使いで『ユウ』? ……あ、あんた、あの西門攻防戦で殲滅魔法を使った〝自傷の血〟か!」
ネルキドで頑張りすぎたためか、些か恥ずかしい二つ名で呼ばれていることは知っているが、面と向かって言うのはできれば、やめて欲しい。
「それ、恥ずかしいのでよそで言わないでくださいね」
そう釘だけ刺すと、僕は小鬼の逃げた方向に駆け出していった。
うなぎ作品のゴブリンは本当に悪辣な連中なので、たかがゴブリンと侮らないようにご注意ください……('ω')