第52話
本日ラストはヤールン視点です('ω')
二話のところを改稿して一話にまとめているので少し長め。
※ヤールン視点です
あたしは怒っていた。
にーさんが友人を探しているということは、ミリィ達からもうっすらとは聞いていた。
そのために、第三層大陸出身のあたしには迷惑な面で馴染み深い魔大陸──第四層大陸──から上がってきたという話も聞いていた。
でも、その探している友人とやらが『幼馴染の女』だなんて聞いていない!
本命のために命を駆けて魔大陸から上ってきて、単に塔都市に入れなくなるから道すがらネルキド市に逗留し、そこでたまたま……あたしと気が合った。
それだけなんだろう。
にーさんのような傑物が、色を好むことはよくあることだ。
あの柔和でなよっとした雰囲気からは、想像も付かないほどに……にーさんは強い。
それこそ硬鱗の蛇竜や森林恐蜥蜴を単身で狩ってしまう程に、だ。
そもそもにして、独り占めできるなんて考えることの方が、おこがましいのはわかっている。
にーさんにとって自分が、所詮行きずりの女だって事はわかっているのだ。
でも、なんだかモヤモヤして気に入らない。
もうすぐ、にーさんはその幼馴染を捜しにネルキド市を出るだろう。
今日か、明日か。
それまで見つからないようにすればいい。
そうしたら、世話になった『踊るアヒル亭』に挨拶して、ドワーフ王国『ダッテムト』に帰ればいいのだ。
そもそも実績をつむために来た訳で、ネルキド市防衛依頼自体は達成できているのだ。
あと少し、実績をつめばD級へあがるのも難しくないだろう。
初恋を忘れるために、少し旅をするのもいいかもしれない。
山脈を超えた東側は、まだいったことがない。
この第三層大陸の地下に広がる『大空洞遺跡』の探索パーティに入るものいいかもしれない。あの場所の踏破・解明はドワーフすべての夢でもあるし、きっと夢中になれる。
そう考えながら、広げっぱなしの地図とにらめっこしながら、エールをあおった。
肴はこの店──『鹿の蹄亭』──の名物、鹿のサイコロステーキと猪肉と野菜の炒めもの、それに山盛りのポテトフライとたっぷり野菜が入ったシチュー。
加えてセイレン鳥の卵のオムレツと……フィッシュフライだ。
「……って、何でこんなあるねん! おかしいやろ!」
「食べないんですか?」
視線を向けた先には……ユウがいた。
見つかってしまった。
「……もらうけど」
「帰ってこないので心配しましたよ」
「心配なんてせんでええ。にーさんは早く幼馴染を捜しに行けばええやんか」
目の前の優男はいつもの苦笑を浮かべながら、頭をかいた。
「ええ、行きます」
胸が、ずきりと痛んだ。
いくらでも飲めるはずエールの味が、まったくしない。
「だから、早く宿に戻って準備しましょう?」
「え? 嫌や」
つまり、この頭のネジが緩そうな男は、本命捜しに行きずりで得た愛人を連れまわすというのだ。
緩いどころかネジは飛んで失われたか、そもそもネジが留まっていなかった可能性だってある。
「にーさん……本命の女捜すんに、行きずりの女連れまわしてどないするん。夜のお供やったら花街で探しなはれ。塔都市にだって広っろい花街があるで」
嫌味が口をついて出る。
本当は、励まして笑顔で送り出すのがいい女ってものだろうけど……異性関連に経験の浅いあたしは、憎まれ口しか叩けなかった。
そのあたしの言葉に、にーさんの顔から感情がすっと抜け落ちるのを感じた。
初めて見る表情だ。
「すいま、せん……でした」
動揺した口調でただ短く謝ると、にーさんは席を立って店の外に消えた。
ひどい罪悪感が襲った。
初めて愛した男にかける言葉としては、あまりに辛辣ではなかったか。
不安のようなものがただただ込上げるだけで、考えはまとまらない。
大きなため息一つついて、味のしないエールをただ飲み干すしかなかった。
* * *
――数時間後。
ただただ飲み続け……空が暗く染まる頃、見知った顔が店の外にあるのを見つけた。
視線に気がついたのか、猫族の女戦士がテーブルに近づいてくる。
「ユウと話をしたの?」
「した」
「そう、ユウ、すごい顔色だったけど。ヤールンはついて行かない事にしたのね」
ミリィは深いため息をついた。
「アタシだってにーさんがただの冒険者や探索者いうんやったら、ついて行ったかもしれへん。でもにーさんは本命の女の為に命がけで旅をする男や。行きずりで寝ただけの女がついて行ったら迷惑やろ」
再びミリィは深いため息をつく。
「ヤールン。ユウがそんな器用な人間に見えたのかしら? あなたこの一ヶ月……ユウの一番傍にいてあの子の脆さに気がつかなかったの?」
「せやかてッ」
「あなたは選択を誤ったわ。ユウにはあなたのような支えてくれる人が必要だったのよ。あの子はドラゴンより強いかもしれないけど、どこか心に傷を持つ弱い人間よ。お互いに認めて、励まして、共に抱きしめ合う人が必要なのよ」
「……脆い……?」
――『水晶の剣』。
ドワーフの伝承にある伝説の武器。
ドラゴンすら打ち倒せるが、ただ一振りで砕け散る刹那の魔法の剣。
なぜか、あたしの脳裏にはそれが浮かんだ。
あの日、「認めてもらえて嬉しかった」とにーさんは泣いていなかったか?
初めての夜、彼は安心したように自分を抱きしめて眠らなかったか?
体を重ねるたびに、彼の愛情を感じなかったか?
言葉に出さない、彼の心を感じていなかったか?
めまいがするほどの喪失感に……震えた。
自分の最も傍にいて、最も愛してくれ、護ってくれたにーさんにさっき自分がした仕打ちはなんだ?
裏切りを感じて怒り散らし、拗ねて隠れて、助けを求める彼を拒否した。
……裏切ったのは、自分のほうだった。
にーさんを信じず、突き放し、力任せに捻じ切ったのだ。
「アタシ、アタシ……ッ、謝らな……」
席を立つあたしを見据えて、ミリィは首を横に振った。
「ユウはもう発ったわ。私はユウに頼まれてこれを渡しに来たの」
ミリィが机に置いたのは小さな飾り箱だった。
そっと、ミリィがそれを開けると、腕輪がひとつ。
これには、見覚えがある。
にーさんの魔法触媒を買うために立ち寄ったドワーフの金属細工の店で、アタシが手に取った一対の腕輪。
真銀製で職人の緻密な細工が施された業物。
「ペアでつけるといいよ」などと店主に冷やかされてすぐに棚に戻したが、本当は欲しくて、防衛明けに報酬を引き下ろしてコッソリとにーさんにプレゼントしようと思っていたそれだ。
呻って、あたしは泣いた。
いつかのように、大声で号泣するのではなく……押さえ込むように、嗚咽を漏らすしかなかった。
感情の失せたにーさんの顔がフラッシュバックする。
自分の愚かさを、今日ほど呪った事はなかった。
「私の役目はこれで終わりよ。ヤールン、その箱の中身の意味を考えてね」
肩にポンと手が置かれた感触あり、ミリィの気配が遠ざかっていくのを感じた。
箱の中には腕輪が一つ入っている。
そう、一つだけだ。
それに気が付いて、すぐさま『踊るアヒル亭』に急ぎ戻った。
追いかけなくては。
自分が愛した男を。
自分を愛してくれた男を。
部屋に転がり込むように入り、鎧装束を急いで着込み、荷物をまとめた。
ミッサへの挨拶もそこそこに、『踊るアヒル亭』を飛び出す。
閉店直後の馬貸の扉を叩いて開けさせて、強請るようにして馬屋へ案内させる。
たしか、にーさんは馬に乗れないと言っていた。
馬でならまだ追いつける。
店主になけなしの白貨を5枚握らせて、一番足の速いドワーフ用の馬を借り、あたしはネルキドを飛び出した。
いかがでしたでしょうか('ω')
次回から、新展開です。
最終的には『みんなで幸せハーレム』になるので(決定事項)、しばらく砂糖の供給がなかったり、女性関係でやきもきしても、安心してください……('ω')b
どのくらい安心かというと、「某主人公には七人の祖母がいて、うち一人は関西弁の褐色少女」というくらいには大丈夫です。