第5話
本日ラストの更新('ω')
黒竜王の話は続く。
約百年にも及ぶ戦いの末。
ある人間の戦士が、竜族を含む多くの種族の協力を得て狂った神を討った。
狂った神の体は汚染された魔力と信仰を吐き出し続け……海へと流れ、呪った。
死して尚、件の神は黒い海となって大地を、生物を侵襲したのだ。
大地の死滅を懸念した神々は、大地を切り離し、空に浮かべることで世界の保護に乗り出したが、その影響は大きく、離陸の際の災害で多くの生命が失われることとなった。
「また、逃がさんとする死したる狂った神の呪いが黒海より放たれた結果、さらに多くの生命が失われる結果ともなったのじゃ」
黒竜王によると、世界は全盛期の四分の一にまで生物が減ってしまったらしい。
これにより、この世界の文明は大きく衰退したとも、黒竜王は語る。
「それでな……邪神の魂とも言うべき神核を封じ込めた秘宝が、この墳墓迷宮に安置されておるのよ」
文字通り、腐っても神。
戦後、いかなる方法をもってしても完全に消し去ることはできなかったのだ。
挙句の果てに『黒海』から信仰を掻き集めて、いずれ復活する危険性すらあると考えられた。
そのため、特別な秘宝に厳重に封印し、竜族の中でもとりわけ強力な黒鱗竜である黒竜王の一族が監視することになった。
それが、あの邪悪な神が生まれるきっかけとなった黒竜王の一族の、ケジメでもあったという。
「故に、我は軽々しくここを動くわけにはいかんのよ。ドワーフ共と一杯引っ掛けとる間に邪神が目を覚ます可能性も無きにしも非ず、じゃ」
そう、黒竜王は寂しげに笑うのを見て、胸が締め付けられた。
「恐ろしい、話ですね。軽々しく出かければいいなんて言ってすみませんでした」
「よいよい。もはや、この話は竜や神……他はハイエルフ以外はもう誰も覚えておらんだろうしな。下手をすれば竜族すらも、我がここにいる理由などほとんど忘れられているかもしれんの」
「では、やはり僕はここに残りますよ。だいたいアナハイム様一人じゃ、また散らかして大変でしょう?」
「お主は馬鹿じゃのう」
黒竜王は苦笑いを見せる。
「【探索の羅針盤】が見つかったら、同郷の者を捜しに行くのであろう?」
「……しかし」
言葉では言い表しがたい、なんともいえない気持ちが溢れる。
こんな場所で何百年も孤独に監視を続けるのはどれほど辛いことか。
黒竜王と比べるのもおこがましいが……僕は、孤独の怖さも苦しみも知っている。
ミカちゃんが僕に話しかけてくれたことで自分が救われたように、黒竜王も自分という話し相手を得て嬉しかったのではないだろうか?
出会って数日の黒竜王だが、雑用係だろうとなんだろうと話し相手がほしかったから自分を蘇生したのではないか?
ここのところの数日で、そう感じざるを得なかった場面がいくつもある。
黒竜王から、僕を気遣う眼差しや、口には出さない情を感じるのだ。
「まずは【探索の羅針盤】が見つかってからの話です。出かけるまでにここをきちんと整理してしまいたいですしね」
「……そうさな。カドマのおった世界と違って、レムシータは小さき者にとって危険に満ちておる。せめて、出歩ける程度には鍛えないといかんしの」
お互いに答えを先延ばしした――そんな空気になってしまったが、今はそれでいい。
何も、無理やり今すぐ答えを出す必要はないのだ。
もし【探索の羅針盤】がミカちゃんを感知しなければ、気が済むまで──それこそ死ぬまでここで雑用係をすればいい。
元の世界が恋しいかと問われれば、少しくらいは戻りたいとは思う。
いい思い出はなくとも、故郷ではある。
しかし、この孤独な瞳をした強大で薄幸そうな黒竜を、ここにただ一人残してまで帰りたいかと言われれば……それほどでもない。
僕は周囲から疎まれた存在だ。
たとえ、戻らなくて悲しむ人はごく少数だろう。
ミカは悲しんでくれるだろうか?
もし、そうだとしても周りにたくさん人がいるミカの事だ……そう時間はかからずに僕のことを忘れてくれるだろう。
彼女からもらった恩を、僕が忘れなければいいだけの話だ。
まだ数日の付き合いだが、黒竜王との日常は心穏やかだ。
この二人きりの生活は、むしろ気が休まる。
このまま、ここで二人いることになっても、きっと僕は幸せのまま人生を過ごせる。
* * *
墳墓迷宮での日常はそれなりに忙しい。
やらなければならない雑用は文字通り山となって詰みあがっており、これを整理していかなければ【探索の羅針盤】を見つける事もかなわないのだ。
昼夜の感覚はとっくに失われ、疲れたら眠り、起きればまた働く。
すでに、何日目かなんて数える事をしなくなって久しいが、次第に玉座は整理されたものとなっていった。
「大分、片付いてきましたね」
「見違えるようじゃの」
散らかり放題であった広大な黒竜王の玉座であるが、今は必要な物は整理され整然と並べられるか、あるいは【隠された金庫室】に収められていた。
中央部には金銀財宝を盛って黒竜王の寝床を作り、その周囲をぐるりと魔法道具などで彩った。
自分で言うのもなんだが、なかなか芸術的な仕上がりだ。
黒竜王はその上で、黒竜本来の姿でラスボス然として鎮座しながら、ちょろちょろと忙しそうに動き回る僕を目で追ったり、戯れに小さな炎を放ったり、得体のしれない魔法で煙に巻いたりしていた。
思ったよりも、この黒竜は悪戯好きであるらしい。
黒竜王に不必要で、そのうち自分の役に立ちそうな物は【隠された金庫室】に格納し、最終的にゴミと判断された物は、魔法道具であろうがなんだろうが燃え続ける魔法の炎にくべるという作業を淡々とこなす。
中には、断末魔の悲鳴を上げるような心臓に悪い魔法道具もあったが、何度かの内にすっかり慣れてしまった。
その断捨離じみた風景は、見るものが見れば目をむいて気絶するようなものであったが、黒竜王に必要なく、僕にも必要ないモノはいくら価値があってもここではゴミである。
しかし、もう殆ど整理がついてきたというのに、一向に【探索の羅針盤】は見つからなかった。
「見つかりませんね」
「そうじゃな。まぁ、まだ全てを見たわけではあるまいて」
「片付けた中にまぎれてるのかも知れませんしね……」
二人して結果を先延ばしするような件の会話を何度もしつつ、僕は整理を続ける。
いっそ見つからなければ、諦めることもできるのだが。
あと、黒竜王の様子が少しおかしいことも、気が付いた。
なにやら少し、そわそわしている気がする。
……おそらく、玉座の広間が片付いてしまった後のことを考えているのではないだろうか。
いずれにせよ、黒竜王が話そうとしないことは、自分から聞くべきではない。
僕とて、それを聞くのが怖くもあるのだ。
「今日のところはこの辺にしておくがよい」
「そうですね。焦っても仕方ありませんし」
そう言って僕は、自分用に譲り受けた寝椅子に座り込んだ。
五人は座れそうな大きな寝椅子で、内側にグリフォンの羽毛をふんだんに使っているため、座ると沈み込むように柔らかい。
特別珍しいというわけではないらしいが、お気に入りの魔法道具である。
これを見つけてから、僕はここを使って寝ていた。
一息ついた僕のとなりに、人型となった黒竜王が音もなく滑り込む。
「アナハイム様」
「なんじゃ?」
「今しがた気がついたのですが……僕、匂いませんかね」
考えれば、一週間以上も汗だくになりながら働いている。
ずっと着っぱなしの学生服はとっくにボロボロだし、鼻を近づけると自分の物とは思えない刺激臭がした。
「獣臭くはなったかもしれんの?」
黒竜王が僕に鼻を近付けて笑う。
あまり迂闊に近づかないでほしい。
ミカちゃんもそうだが、女性に耐性がない僕にとって、こういう近すぎる距離感は毒だ。
「ああ、これは文化的な僕としてはなかなか看過できない問題です……」
「人の子はほんに細かいことを気にするのう」
せめてタオルなりあればいいのだが……。
「難しい顔をしおって。要は沐浴ができればいいのじゃろう?」
黒竜王がしたり顔で、そう言い放った。
明日も頑張って更新をしてまいります('ω')
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