第42話
夕方の更新はいりまーす('ω')
「えぇーと……試験の結果ですが。試験官のゲラートさんからB級開始が妥当、との結果が報告されています……」
用紙を提出した僕に、受付のエルフが震えた声で告げる。
それを聞きつけた周囲の冒険者に、大きなざわめきが走った。
「すみません、僕はその等級にどういう意味があるのかもよくわからないのですが……」
「普通は冒険者登録が完了した時に説明するべきものですからね。ミリィさんから説明を聞いたりは?」
「してませんね」
僕が首を横に振ると、エルフの受付嬢は小さな冊子を取り出して説明を始めた。
「冒険者にはAからFまでの等級があります。これによって、無謀な依頼受諾を制限し、依頼が適正な実力の冒険者の手によって、適正に遂行されるように管理しています。普通は、F級から始まり、実績を積んで徐々に上がっていく形になります」
なるほど。
冒険者ギルドの信用を保持し、冒険者の名声を表すのにピッタリな、合理的かつ洗練されたシステムだ。
「特別に適性が高いと試験官が判断した場合は、その試験官の推薦でDかE級から始まることもありますが……今回提案されたB級開始は異例中の異例ですね」
受付嬢はペンでピラミッド上に描かれた等級表のB級の項目を指し示す。
上から二番目、かなり上位に入るらしい位置。
「その等級が高いと何かいいことがありますか?」
「冒険者ギルドでの各種福利厚生が受けられるほか、冒険者年金や保険の受取額が上がったり、買取金額や宿屋の斡旋などで優遇を受けることができます。そうですね、例えば仮にB級の方が今から宿屋を探してほしい、ギルドに依頼したとします。その要請を受けたギルド直営の宿屋では、低級の方に部屋を空けて貰うことになったりしますね」
思いのほか強権なんだな。
「僕は規定どおりのF級開始でも構いませんが……」
「それでは試験官のゲラート様の顔をつぶしてしまうことになりますが」
それはそうか。
実力を認める、と言って推薦した新人がやっぱりF級でした、なんてことになったら、推薦者はいい笑い者かもしれない。
後ろを振り返って、ミリィに尋ねてみる。
「こういう場合、どうしたらいいですかね?」
「私にもわからないわよ。でも、B級からは強制の指名依頼があったりするから、ユウの性格上、最高でもC級くらいにしておいた方が無難じゃないかしら。塔に入りたいならそのくらいあれば入ることはできるでしょうし」
『塔』にこだわってはいないが、手早い移動手段として中に入れるに越したことはない。
できれば入りたくないけど。
「では、それでお願いします」
受付嬢に向きなおり、頭を下げる。
「わかりました。C級開始として承ります。……これでも異例なんですけどね。実は『鬼灯兵団』のバッソ様からも推薦が届いておりまして、EやFではちょっと角が立ってしまうところだったのですよ」
苦笑いしながらエルフの受付嬢はいくつかの書類にサインし、最後に鋲のようなもので数枚をバチリと閉じると、それを何やら黒い箱に入れる。
「冒険者登録。ネルキド支部、アーニー=フェイウィンド」
黒い箱から魔力が一瞬だけ漏れたのが分かった。
あれも魔法道具らしい。
エルフの受付嬢が箱を開けると、書類は消え去り、そこには一枚の魔法の銀板。
彼女がその魔法の銀板を取り出して、僕に手渡す。
「こちらが身分証明書と冒険者銀行の決済を可能にする機能が備わった魔法の銀板になります」
受け取って、首に提げる。
「ありがとうございます」
「では、よき冒険を。今は受けられる依頼がたくさんあるので活躍を期待していますよ」
エルフの受付嬢は、柔和ににっこりと微笑んだ。
「にーさんは、すごい人やってんな……先輩風吹かす機会を失ってしもたわ」
「戦い以外はド素人ですよ」
「そうね……じゃあ最初のお勉強は、買い取りカウンターの使い方よ」
ミリィとヤールンに付き添われ、買い取りカウンターに向かう。
「買い取りカウンターは基本的になんでも買い取ってくれるわ。冒険者ギルドのデータベースを利用して、ギルド内の規定適正価格で買い取ってくれるのが特徴ね」
ミリィ曰く、冒険者ギルドというのは各商店などにつながりがあって、モンスターの素材から遺跡探索で手に入れた魔法道具や骨董品まで、なんでも買い取ってくれるらしい。
データベースにないものは、オークションにかけてくれたりもするとのこと。
冒険者ギルドが、このレムシータという世界においてかなり大きな影響力を持つ組織だということが、これだけでわかる。
銀行と仕事の斡旋所機能を併せ持ち、年金と保険の面倒まで見てくれるというのだ。
僕のような流れ者にとっては最重要と言えるかもしれない。
早速、あらかじめ鞄に数枚入れておいたランデール金貨を八枚取り出し、無造作にカウンターへと置く。
「査定をお願いします」
メガネをかけた査定担当官は「はいよ」と短く返事した後、金貨を二度見した。
手に取ってルーペを使い、いろんな方向から細かく確認している。
古すぎて価値が下がってしまっているだろうか。
「これ……本物?」
「……のハズですけど。確かめてもらっていいですよ」
「では、失礼して」
おそらく青魔法の<審美眼>──真贋と価値を見分ける魔法──をかけた後、査定担当官は額に汗を浮かばせながら金額を呈示した。
「ランデール金貨の『ランデール王即位記念仕様』八枚で……八百万ラカで買取しますが、よろしいですか」
思っていたよりも、高い買取額。
当面の生活費には十分だろう。
「では、それでお願いします。あ、二十万ラカ分は白貨でください」
焦った様子で僕の魔法の銀板を預かった査定担当官は、その場で何やらレジのような魔法道具の操作を行い、震える手で白貨を二十枚、カウンターに積み上げた。
「お……お確かめください。残りは口座に入れておきました」
「ありがとうございます」
魔法の銀板と一緒に白貨を無造作に鞄に突っ込み、後ろを振り返る。
ミリィとヤールンが完全に凍り付いていた。
そして、周囲も。
いつの間にか騒がしかった冒険者ギルドは静まり返り、誰もが僕を注目していた。
「……ユ、ユウ。昼食を食べに行きましょう」
「せ、せや。いろいろ買い物あるって言うてたしな。は……はよいこか」
「え? あ、はい」
二人のもうプッシュに負けて、僕は引きずられるように冒険者ギルドを後にする。
後に残されたのは、出来事に喧騒を忘れて唖然とした空気の冒険者達と職員達だけだった。
ユウさんはお金持ちになってしまったんですよ…('ω')!