第4話
四つ目です('ω')
「カドマ……カドマよ。目を覚まさねば一息に焼いてしまうぞ」
とんでもない言葉で僕は起床を促された。
しかも、相手が相手だ。
やろうと思えばできてしまうだけに、うっかりすると本気で火葬されかねない。
「起きます、起きますとも! ……すいません。眠ってしまったようです」
「よい。生きている人間の脆弱さを忘れておった我にも落ち度があった。許せよ」
勢いよく起き上がった僕の傍らには、整理した覚えのある銀食器にどどんと分厚い湯気が立ち上る肉料理が乗っており、同じく銀の杯に水がなみなみと注がれていた。
僕が何か答える前に、腹が「ぐう」と勝手な返事をする。
「何もないゆえ、これで腹を満たすがよい。葉の物も人には必要だと聞いたが、あいにくここにはないでな」
「十分です、十二分です!」
とにかく肉にかぶりついた。
肉には調味料などの味付けはなく、ただただ焼いてあるだけだが、『空腹は最大の調味料』とはよく言ったもので、とんでもなく美味く感じられた。
黒竜王は、そんな僕の姿をどこからか引っ張り出してきた黄金の玉座に足を組んで座りながら、満足げにニヤニヤと見ていた。
あっという間に肉を食べつくし、やけに清涼な水を一息に飲みつくす。
腕にあった擦り傷が一瞬で消えたような気がしたが、この際飲み水の中身については気にしないことにしよう。
人心地ついて、黒竜王に頭を下げる。
「ごちそうさまでした。……食べ物なんてあったんですね。片付けている最中にはまったく気がつきませんでした」
瓶のようなものはいくつか見つけていたが、やれ『屍霊化の秘薬』だの、やれ『魔物を突然変異させる秘薬』だのと危険なものばかりで、食料らしい物は一度も見当たらなかったハズなのだが。
「おぬしが今しがた食ったのはな……我の肉よ! なかなか美味であったろう?」
「えっ」
「えっ」
「今の、おニク……アナハイム様の……?」
「喜べ、カドマ。黒竜王たる我の肉を喰らった人間は、お主が史上初じゃぞ?」
「えええッ!?」
うまいうまいと肉を食っていたら、肉はご主人様の一部でした。
「そもそもお主、我を見て『食べちゃいたい!』と思っていたではないか」
「えっ」
「えっ」
そういう意味では……ないんですよ?
物理的・実際的に摂食したいというわけではないのですよ?
心の中で妙な言い訳をしつつ、またも記憶を覗かれたことに気付いた。
「我の肉にがっつく姿などなかなかクるものがあったの。我もすこし火照ってしまったわ」
艶やかに笑う美少女黒竜王を前に、思わず前屈みだ。
健康な男子高校生ならこうもなる。
「勘弁してください、アナハイム様」
「……話し相手がいるというのはいいの。長らく墳墓迷宮から出ずにいるせいか、すっかり人恋しくなってしまったようじゃ」
「人に姿を変えられるなら、人里に出ることも可能なのではないですか?」
「それがの、ここを離れられぬワケがある。このさらに地下にの、付きっきりで見張りを必要とするモノが、在る」
その物言いはやけに重い。
軽々しく質問するべきではないと思いつつも、口からはすでに言葉が出ていた。
「何が、あるんですか?」
「──……神よ」
黒竜王の短い答えの中には、それがいわゆる一般的な『神様』ではないということを直感させる響きがあった。
「ちょうどよい、食後の休憩がてらに話してやろう」
この世界は階層世界と呼ばれている。
それは空に浮かぶ代表的な大陸がおおよそ四つの異なる高さを飛行するためである。
驚いたことに、全ての陸地は空に浮いているのだという。
最も上空にあり、水と肥沃な大地に満ちた第一層大陸が『アンネ』。
その一層下を森と草原で覆われた第二層大陸『ドゥナ』が飛行する。
そのさらに下は、山岳地帯の多く、最も巨大な第三層大陸『トロアナ』。
そして最下層が、山と荒野、砂漠で満たされた第四層大陸……ここ『クアロト』である。
それら四層のさらに下には、通称『黒海』とよばれる黒色の海原が存在するが、それは生物の住む領域ではない。
それぞれの大陸は異なる高さを異なる周期で飛行し、それに追従する形で小大陸や島々が各層を飛行している。
各層間の移動は、陸同士が近づいたタイミングで飛空船などの飛行系魔法道具などを利用するか『塔』と呼ばれる古代の転送装置を利用するしかない。
では、大陸のさらに下、そこに在る『黒海』とはなにか。
それは、魔法汚染された大量の水──僕の世界でいう海、であるらしい。
近づけばまるで意志があるかのように、生物を襲い、捕食するばかりか、触れたものを変質させバケモノに変えてしまう力がある、邪悪なる領域。
陸地が全て浮いているのではない。
『黒海』の影響下にある全てが飲み込まれただけだと、黒竜王は説明した。
「そして、その『黒海』を生み出した者こそが、この地下墳墓に封印された『神』なのじゃ」
小さく、首を振った黒竜王が続ける。
「我が幼竜頃はまだ、大地はこのように浮いておらなんだ。あの黒海と命ある者たちを隔離するために、神々が地上から大地を切り離し、空に浮かべたのよ」
「なぜ、その『神』とやらは、そんなことを?」
「最初はの、小さな小さな争いじゃったと聞いておる……」
曰く、竜は最強の生物である。
それは過去も現在も変わらぬ事実で、当たり前のことだ。
翼竜や蛇竜であれば、名のある冒険者レベルであれば数人で相手取れば勝利できる。
褐色竜でもさらに力をつけた者が連携すれば打ち倒すことが可能だろう。
しかし、それでもこの世界の生物の頂点は竜──特に色鱗竜達であった。
例えば多数の国が連携し、大部隊で戦闘に挑んだとしてもおそらく色鱗竜に勝利することは相当に困難だろう。
それは、世界の管理者である神々にしても同じことで、年経た色鱗竜に単独で挑めば神とて敗北する可能性がある。
それが竜族という『絶対強者』なのだ。
しかし、それに異を唱える者がいた。
当時は下位の神の一柱であり、現在は封印され、名を消された邪神。
自ら管理する種族が、竜族との諍いにより滅ぼされたことが発端となって、竜族への憎しみを募らせ、歪んでしまったモノ。
その神は反竜族を掲げ、竜を忌み嫌う全ての人間や魔族、亜人、あげくには竜族に本能的恐怖をもつ獣すらからも信仰という信仰をかき集めた。
結果、その神は──竜族の半数を死に至らしめた。
やがてそれは、竜を許容する生物、大地、他の神々……つまり、世界の全てを殺戮し始めた。
他の神々がそれに気づき止めようとしたが、その神は信仰と恐怖を集め過ぎており、すでに力強く狂ってしまっていた。
腐った魔力が生み出す死と悪夢を体現する黒いバケモノたちを率いて、竜が存在する世界そのものを破壊せしめんとしたのである。
「全ての竜…それこそ竜族としては末端の竜人までも集めての戦争……いや、生存戦になった」
竜族に加えこの世界を構成し、管理する神々もその戦いに加わった。
自ら顕現する者、新たな種族を戦力として生み出した者、己の従属種族に強力な加護を与える者、戦い方はさまざまであったが世界が一丸となって“世界の敵”と戦った。
長い長い戦いの、始まりだった。