第39話
夕方の更新です('ω')!
翌朝、ノックの音で僕は目を覚ました。
扉の向こう側からは「迎えに来たわよー」と、やや間延びした猫族の女戦士の声。
「すいません、今起きました」
慌てて返事し、ベッドから体を起こす。
頭がガンガン痛む上に喉はカラカラで、なんだかぼーっとする。
(あれ、昨日いつ寝たんだっけ? ん? ベッド?)
そうベッド。
二人用のダブルベッドである。
呆ける頭で、ベッドの上に散乱した服を手繰り寄せる。
下着を手にしたところで、ふと考える。
(なんで服が散乱してるんだ?)
それは僕が何も着ていないからである。
何故着ていないのか。
そもそも、いつ脱いだのか。
手繰り寄せた服の中には、見覚えのある破れてぼろぼろの麻製シャツ。
やや不穏な空気に包まれながら隣を見やると、そこには昨日親しくなったドワーフが小さな寝息を立てていた。
じわりと汗が噴出す。
「ん……」
隣で眠っていたヤールンが僕の起床の気配に気づいてか、ゴロリと寝返りを打って僕の腰に抱きつく。
滑らかで柔らかな、女の子の体温と感触が、吐息が、僕の胸を高鳴らせる。
このままではイケナイ場所の血の巡りがよくなってしまいそうだ。
「ミリィさん…ちょーっと下の食堂で待っててもらっていいですか?」
「いいけど、どうしたの?」
なるたけ、落ち着いた声でお願いする。
「準備に手間取りそうで……」
「あら……うふふ、そうね。待ってるわ」
色々察した声で返事をした後、ミリィの気配は遠ざかっていった。
「これは……どうしたものか」
激しい動悸を抑えながら、とりあえず隣のヤールンを起こすことにした。
露わになった浅黒い肌をとんとん、と叩いてみる。
「んー」と呻るものの、一向に起きる気配はない。
いや、すごくかわいいんですけどね……。
でも、今は起きてもらわないと困る。
「ヤールンさん、ヤールンさん。 朝です、起きてください」
呼びかけながらゆする。
「アタシはヤールンサンじゃないです。サンは余計や……太陽かちゅーねん」
「失礼しました。ヤールンムーン、ヤールンムーン、起きてください」
「月ともちゃうわ!」
ツッコミと同時に、がばっと寝ぼけ眼で起き上がるヤールン。
毛布に隠されていた一糸纏わぬ姿が露になる。
とっさに両目を手で隠したが、一瞬の美しい残光が脳に焼き付いた。
「ああ、おはよう……にーさん」
「お、おはようございます」
「なんで目隠しんの?」
「一身上の都合というか、ヤールンさんが服を着てないから?」
「にーさんも着てへんやん」
「……ええ、なぜか」
沈黙する部屋。
「し、下でミリィさんが待ってるので、まずは着替えましょうか」
「せ、せやな。洗面、先に借りるで」
ペタペタとはだしの足音が遠ざかるの聞いてから、目隠しをしている手をどけた。
どうしてこうなった?
記憶が全然ない!
酷い頭痛が思考を邪魔するので考えることをやめて、僕は手繰り寄せた服を着ていく。
(そういえば、こういう生活用品の手持ちは物凄く少ないんだよな)
今日は冒険者登録と換金、生活用品の買出しをしよう。
そして、この朝のことは深く考えずに、落ち着いたら考えよう。
……問題の先送りに他ならないけど。
顔色の悪い僕が、やけにスッキリした顔のヤールンを伴って食堂に下りてきたのは、そろそろミッサがモーニングメニューを片付けようかという時間で、ミリィがきてから半時間ほどたっていた。
僕はいつもの革鎧姿だったが、ヤールンは昨日とうって変わって、ドワーフの民族衣装らしい赤と黒の複雑な模様のワンピース(鉄糸と鎖が編みこんであって、とても丈夫らしい)を着ている。
四肢と胸部には金属製の部分甲冑。
そして背中にはゴツい戦斧。
これがヤールンの冒険者としての正装なのだろう。
「おはよう、ユウ。昨日はお楽しみだったわね」
「そういう伝統的な反応はいいです……」
ぎりぎり間に合ったモーニングメニュー──じゃがいものポタージュスープとパン、それに香草入りソーセージ──をそろそろと口に運び入れながら、僕は内心で頭を抱える。
(やってしまった……!)
これが正直な心境である。
「安心しろ」なんて自信満々に言っておいて、その舌が乾かないうちから同衾するなど愚の骨頂である。どの口が安全な男と豪語していたのか。
黒竜王であれば、間違いなく「さすが我が半身よな」などとカラカラと笑うだろうが、少し良心に呵責も覚える。
ヤールンの機嫌がいいのだけが救いだ。
「さて、ユウ。今日の予定は? 決めてあるならそれに付き合うし、決まってないならおまかせコースもあるわよ」
湯気の立つコーヒーを飲みながらミリィが尋ねる。猫舌ではないのだろうか。
気持ちを切り替えて、僕は答える。
「そうですね。まずは冒険者ギルドの登録に手間がかかりそうなので先にこれから。次に手持ちを換金して、生活用品を買い揃えたいと思います」
「ああ、下着とかね」
「ええ、下着とかですけど……それを誇張する必要ありますかね」
意地の悪い顔で笑う猫族の戦士の横で、顔を真っ赤にしたヤールンが朝のエールを飲み干した。ちらりと視線を逸らすと、その先でミッサが生暖かい視線を向けてくる。
逃げ場などない。
いたたまれなくなった僕は、朝食を急いでかきこむと、三人で連れ立って『踊るアヒル亭』を後にした。
つまり、こうです('ω')!