第38話
今日も頑張って三話更新していきますよ('ω')!
「えーっと、それで……どういうことなんでしょうか」
問いかけるものの、ヤールンは俯いたまま一言も話さない。
あまりの気まずさに、僕の額に一筋の冷や汗が伝う。
これまでの人生で気がつかなかったが、どうやら僕は誰かに泣かれるのがとても苦手らしい。
そもそも、人との触れ合いが非常に少なかったのも原因だけど。
「あのな……」
俯いたままのヤールンが口を開いた。
「アタシ、今日にーさんに会うまで、すごい不安で仕方なかった」
うつむき加減に、少し涙声で語る。
「でも、怒鳴ったアタシを、にーさんは部屋に入れて心配してくれた。傷の手当てもしてくれたし、部屋も譲ってくれる言うて……一緒に荷物まで取りに行ってくれた」
まくしたてるように口を開いたあと、今度はもじもじしながら指を遊ばせ始めるヤールン。少しとがった耳が、真っ赤になっている。
「それは人として当然のことですよ。困ってる時はお互い様です」
「それに、自分のもんや……なんていうから……」
風向きがおかしくなってきた。
確かに言ったが、それはあの愚連隊に対する方便であり、本気でそんな不遜を考えていたわけじゃない。
「だから……その、な? てっきり……」
ここで流石の僕もピンときた。
そしてヤールンと同じに赤面せざるを得なくなってしまう。
あの時は気にも留めなかったが、よく考えたら往来であのように『俺のモノ宣言』してしまえば勘違いされても仕方がないかもしれない。
「ち、違うんですよ! ああ言えば、今後ヤールンさんに手出ししなくなるだろうって! 彼らに向けたちょっとした牽制のつもりで……」
「ミリィはんも、そう違うかって言うてはった。アタシが勘違いしただけやねん。困らせてすまんやったな」
お互いがペコペコと頭を下げあう、何とも不思議な時間がしばしあって、ふとヤールンが僕をじっと見る。
「にーさんやったら怖ないし、ええかなって……ちょっと思ってん。でもにーさん、アタシのこと女としてまったく見てへんみたいやし、なんか情けのうなってしもて」
再び小刻みに震えて目じりに涙をためるヤールン。
「僕が……僕が悪かったですから。ちゃんと女性として魅力を感じてますよ! 大丈夫です!」
「ほんまか?」
「ホントですよ! その正直、目のやり場に困るというかなんというか」
ごにょごにょと、とんでもないことを口走っている気がする。
ちらっと豊満なふくらみに目が行ったのは秘密だ。
台詞か視線か、どちらが彼女の琴線に触れたかはわからないが、ヤールンが涙目ながら笑顔を見せる。
ああ、やっぱり女の子は笑顔が一番だ。
……実際のところは、きっととんでもなく年上なんだろうけど。
ドワーフだし。
「にーさん、ありがと」
「どういたしまして」
僕たちは笑いあって、よくわからないやり取りをする。
しばらく無言のあと、ヤールンは持ち帰ってきた荷物から、おずおずと土壺を取り出して、テーブルのうえにドンと乗せた。
この存在感は……魔法道具だ。
どんな効果のものかはわからないが、結構強い魔力を感じる。
ここまでの会話の恥ずかしさか、顔が真っ赤になっている。
「にーさん座って。呑もう」
ドワーフの流儀だろうか。
僕は半ば反射的に対面に腰を下ろしたものの、戸惑ってしまった。
「いや、僕は未成年なのでお酒はちょっと」
「みせーねん? 聞いたことない言葉やな。人族でもにーさん位の図体になったら呑むやろ?」
ヤールンが不思議そうな顔をする。
そうだった、ここは異世界だった。
飲酒に関する法律も、おそらくないに等しいのだろう。
それに、なんと言っても、この世界での自分は極度の世間知らずである。
ドワーフの酒を断るのが、とんでもない失礼に当たる可能性もある──それすら判断がつかないのだ。
「世間知らずなもんで聞きますけど、これ断るのは結構失礼だったり……します?」
ヤールンは少し考えた後、ニコリと笑って答えた。
「せやな、注がれた酒をほさへんのはドワーフの間では禁忌や」
そう言って、酒壺とセットらしい小さめの杯にキラキラと光る液体を注ぐ。
「この酒は普通はドワーフにしかふるまわへん。祝い事とか、人生の節目にだすような特別な酒やさかい、人族の口に入ることはほとんどないはずや」
ずいっと差し出された杯を受け取る。
柑橘系のすっきりした香りが鼻孔をくすぐる。
これならなんだか飲めるような気がしなくもない。
杯も小さいし、一口位なら大丈夫か?
何より、竜族の体は毒にも強いらしい。
アルコールを毒と考えれば、半分竜族の僕が多少飲んだところで、大きな問題はないだろう。
「今、アタシができる最大限のお礼のつもりや。呑んでくれへんか?」
そこまで言われてしまっては、断るのも悪い。
一口だけ頂いて義理を通そう。
「わかりました。じゃあ、ヤールンさんとの出会いを祝して」
杯を軽く上げてクイっと小さく含むように飲む。
想ったとおり、口当たりは軽く、アルコールの印象はまったくない。
うん、これは酒じゃないな。
レモンとオレンジを足したようなスッキリした味わいのジュースだ。
「これなら、飲めるみたいです。おいしいですネ、これ」
「せやろ、アタシもこれがいっとう好きなんや。さぁ、もう一杯」
手に持っている杯にヤールンが液体を注ぎ入れてくれる。
柑橘の香りがさらにふわりと広がって、いい気分だ。
今度は一口に、ぐいっと飲み干す。
喉越しもいい。
「うん、こレ、すごくおイしいよ」
「さよか、どんどん飲みなはれ」
なんだかしゃべりにくくなったが、気分はすごくいい。
ふわふわして夢見心地だ。
笑顔で酌をしてくれるヤールンがすごく可愛い。
屈むと谷間を作る、あの美しい双丘……やわらかそうだなぁ……。
もしかすると頼み込めば、少し触らせてくれたりしないだろうか?
無理だろうなー。
ダメだろうなー。
いや……ダメ元で後で頼んでみよう……!
何事もチャレンジが必要だって、ミカちゃんも言ってたし……。
「ねェ、ヤールンさン……」
雲行きが怪しくなってまいりました……('ω')