第36話
夕方の更新ですよ('ω')
なんだかイケナイことをしたような気持ちになってしまうが、きっと気のせいだろう。
そうに違いない。
一般男子高校生だもの。少しくらいそういう気持ちになったって不自然ではないはずだ。
雰囲気を誤魔化すべく、僕は机の上を片付けていく。
回復魔法が使えない僕にとって、治癒の魔法薬は生命線だ。
多少の傷なら【再生させる紅玉】がすぐに治してしまうけど、深手や他人の傷は癒すことができない。
「にーさん」
「なんです?」
「ありがとうな」
ベッドに寝たままの姿勢のヤールンを見やる。
少し泣いているようだ。
「特に改まってお礼を言われるようなことは、何もしてないですよ。僕は僕の好きにしてるだけですし」
しかし、ヤールンの服はボロボロで目のやり場に困る。
ちらりと盛り上がる胸部の山をみやり、さっと目をそらす。
「あ、今ちょっとやらしい視線を感じたで」
「ハハッ……そんなわけないじゃないですか」
半分ウソである。
健康な男子高校生であれば、視線の位置が一点に集中することだってままあるのだ。
そうならないために、一刻も早く健全な生活を取り戻す必要がある。
「ヤールンさん、僕が荷物取ってきますから、テントの場所教えてください」
「もう日が落ちとるし危ないで……明日に自分でいくからええよ」
「治安が悪いなら早めに荷物を回収したほうがいいでしょう?」
「言うても、にーさん。今日ネルキドにきたばっかりやし、説明しても場所わからへんやろ」
それもそうか。
どうしたものか。
「……だからアタシも一緒に行くわ」
「大丈夫ですか? 無理しなくてもいいですよ?」
「ついてきてくれるんやろ?」
「そりゃもちろんです」
ということで、日の落ちたネルキドの町を二人連れ立って横断する。
宿場区域を出ると昼間の喧騒はなく、人通りもまばらだ。
「北門のすぐそばや」
ヤールンは僕を先導するものの、全体的に動きが硬い。
やはり恐ろしいのだろうと思う。
戦斧を持つ右手に、力が入りすぎているのが見てわかる。
「ヤールンさん、そういえばドワーフ王国って中央山脈のほうにあるんですか?」
緊張を和らげようと、興味があった話題をふってみることにした。
「せや、塔都市のすぐ傍に地上部分があるけど、地下のほうが広いで」
「機会があれば一回行ってみたいですね。人間が行っても大丈夫ですか?」
「どうやろな、ちらほら見るけど、にーさんみたいな魔道士には面白くないかもしれんなぁ」
しばらく歩くと、北の城壁が近づいてくる。
この先はネルキド平原という平野部が広がっているそうだ。
テント街が近づくにつれ、ヤールンの口数も徐々に少なくなり、到着した時にはついに一言も発さなくなってしまった。
ちらりと見やると、細かく震えてるようだ。
「ヤールンさん。テント、どれですか?」
足が止まったので、訊ねる。
ヤールンが指差した先のテントには、数人の影が見えた。
物盗りの類だろうか?
僕はすたすたと、テント歩いていく。
ヤールンはそのあとを、少し遅い速度でついてきた。
「あのー、すみません。ここ知り合いのテントなんですが。今から撤収させてもらいますね」
たむろする人間と獣人族の混成のグループに声をかける。
春先になって暖かくなると、コンビニ前に増加する輩に雰囲気が激似だ。
そのうちの一人が、僕の後に隠れるヤールンを見て、それはそれは湿った笑いをするのが闇夜の中でもわかった。
「おい、ガキ。その女はオレらのだ。怪我したくなかったらそいつと有り金置いてさっさと失せな」
豚型獣人族の男が、大振りの短剣を抜きながらすごんできた。
闇夜の中で、月の光をチラチラと反射させるそれは、僕を相手にするにはいかにも心もとない武器ではないだろうか。
「いえね……あいにく金の持ち合わせも、女の持ち合わせもないもんでして」
ヘラヘラする僕をみて、男達は殺気立った目を一層ぎらつかせた。
「オメェ、死にてーのか? あ? 見るからにおのぼりさんみたいな格好しやがって」
その通りなのでぐうの音も出ない。
「先に言っておきますけど、僕に殺意を向けないでくださいね」
言うが早いか豚型獣人が短剣を突き出してきた。
こんな蚊が止まるかの様な漫然とした動きでよく凄めたものだ。
硬質化した左手で刃をつかみ取り、そのまま砕き折る。
「へぁ?」
間抜けな声をあげるオークじみた顔の豚型獣人に軽く、本当に軽く拳を撃つ。
当たり所が悪かったのか、僕が力加減を誤ったのか、豚型獣人の頭部は180度後方をむいて、そのまま足元に崩れ落ちた。
泡を吹いて痙攣する豚型獣人。
それを見て悲鳴を上げる取り巻き。
「見ての通り、それなりに嗜んでいます。今、黙ってここを去れば表示価格から25%OFFでポイント還元も2倍ですよ」
お得な感じで投降勧告をしてみる。
「な、なめんな! わけわかんねぇ事いいやがって。この北門あたりは昔から俺らの縄張りなんだよ! よそモンが口出すことじゃねぇよ! そのドワーフはリーダーが気に入ったんだ!」
「気に入ろうが気に入るまいがこの女はもう、僕のものだといってるんです。文句があるなら僕がお相手しますよ? 昼間なら『鬼灯兵団』の詰め所に居ると思うので、どうぞお気軽に呼び出してください」
多少の嘘は、ヤールンのためについておこう。
神様仏様、これは善意の嘘です。
お許しください。
「『鬼灯兵団』……ッ? オマエ、『鬼灯兵団』なのかよ! クソッ! おぼえてろ!」
「いえ、違います……って、ああ」
答える前に、男達は暗い通りをそれなりの速度で逃げていった。
流石地元民。
ちなみに昏倒している豚型獣人は捨て置かれたようだ。
ベーコンにされるといけないので、端っこにそっと寄せておく。
「さて、ヤールンさん。テントを片付けてしまいましょう。何か盗られてないか確認してください」
「せせせせ、せやな……」
どこか油の切れたブリキ人形のような動きで、時々僕をチラチラ見ながら片付けを始めるヤールンを傍目に、僕はアナハイムは住処を散らかしちゃいないだろうかと、少し心配になった。
ユウさん女誑し伝説開幕('ω')
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