第34話
本日、ラストの更新('ω')!
とりあえず、泣いたままの少女の手を引いて、『踊るアヒル亭』の扉をくぐった。
おかげでまた余計な注目を浴びてしまったが、仕方あるまい。
マーサの案内で廊下の一番奥にある部屋に案内される。
部屋はそこそこに広く、一人部屋としてはかなり上等な部屋を用意してくれたのが、一目でわかった。
すぐにミッサが手ぬぐいと水の入った木製のたらいを部屋に持ってきてくれたので、僕はそれを絞って少女に渡す。
ミッサは僕に鍵を渡すと「また後で様子を見に来る」とマーサを伴って階下の食堂に戻っていった。
「すんません」
汚れと血を拭き取って、少し落ち着いた少女が小さく言葉を漏らした。
さっきの苛烈を極める言葉とは、まったく違った小さな声。
投げられた影響で膝と肘はすりむけ、顔にも擦過傷があり、服はところどころ破れていた。
石畳に向かって放り投げられればこうもなるか。
「もう、大丈夫かな? 僕はユウ。事情があって今日、ネルキド市に来たばかりなんだけど、ミッサさんとはちょっとした縁があってね……僕の為に部屋を一つ用意してくれていたんだ。だからキミの宿泊を断ったんだと思う」
事情を説明すると、少女は小さくうなずく。
「アタシはヤールン。ここには冒険者として実績を稼ぎに来たんやけど、ちょっと色々あってな。……大声出してしもうて、悪かった。おかみさんにも謝らんとな」
浅黒い肌に、茶色の髪、低い背。斧。
うーん……。
「もしかしてヤールンさんってドワーフ?」
「それ以外の何に見えるんや?」
「ドワーフの女性に会うのは初めてなもので。田舎者なもので、世間知らずなんですよ」
「それは、アタシもや。人の都市がこないに怖いところとは知らんかった」
ベッドに座ったまま三角すわりに頭をうずめるヤールン。
「何かあったんですか?」
「寝込みを、襲われたんや」
ぽつりぽつりとヤールンは話す。
東にあるドワーフ王国で生まれ、冒険者になったこと。
冒険者としての実績を積むために、はじめて故郷を離れてネルキド防衛の為にここに来たこと。
到着した当日、宿がどこも取れなかったこと。
仕方なく、ほかのあぶれた者のように城門の外縁部にテントを張ったこと。
そして昨夜、数人の男達に寝込みを襲われたこと。
貞操は死守したが、怖くてテントに戻れないこと。
警邏の兵に訴えても、なしのつぶてだったこと。
「そういう事件はこの時期多いみたいだね」
いつの間にか入口に立っていたミッサが、二つ分の湯気の立ち上る椀を持って立っていた。
「今の時分は人が集まる分、治安も悪化する。でも防衛の為に兵士を割かなきゃいけないから警邏も一つ一つ取り合ってられないんだよ」
椀を僕たちに差し出す。
シチューだろうか、とてもいい匂いがする。
ヤールンはというと、またぐずりだしてしまった。
「ヤ、ヤールンさん?」
事情はわかるが、特別扱いしていいものだろうか?
まだ見ては居ないが、城壁の外縁部には相当数の宿難民がいるはずだ。
一人一人の安全を保障できるわけではない。
今ここで一人助けたところで……との思いはある。
しかし、それではあの辺境伯と変わらないではないか。
助けられる人は助けてしまおう。
見て見ぬふりを決め込むには、僕は少しばかり図太さが足りない。
「ミッサさん、この部屋、この子に譲ってあげてもいいですかね。僕、商館のほうに寝泊りしますんで」
ミッサをちらりと見ると、今にもため息をつきそうだ。
「ええの?」
ヤールンが僕を見上げる。
くわしい事情まで聞いておいて放り出すような、薄情な人間になりたくない。
「あんたの人の良さならそう言うと思って諦めてたよ」
とミッサはため息をつきつつも、笑顔を見せる。
「でも問題が一つあってね、さっきミリィがまた来て、商館を一時雇用冒険者の為に開放するって言ってた。もしかするともう部屋が余ってないかもしれないよ」
なんと間の悪い。
(まぁ……【安息の我が家】があれば寝泊りの問題はないし人目の少ないところに扉を設置すれば問題ないだろう)
「僕ならなんとでもしますよ。野営も慣れてますし」
鞄を肩にかける。
そのとき、すそが引っ張られるのを感じた。
「せやったら、この部屋二人で使たらええんちゃうかな。アタシ、別に床でもええし」
「そうだねぇ、あたしもミリィに預かるといった手前、あんたを放り出すわけには行かないね。そもそもこの部屋、二人部屋だし狭くはないはずだよ」
でも、ベッド一つしかないですよ、ミッサさん。
「いやいや、男女が同じ部屋とかないでしょう」
というよりも、男女二人で使うことを想定された、いわゆる夫婦部屋というやつなのだろう。
「ヤールンさんもよく考えてください。僕が居たら宿とる意味ないじゃないですか」
「よーわからんけど、にーさんは大丈夫みたいや。全然怖あらへん」
「そうだよ、そんなひょろっちいナリで、ドワーフの女の相手なんかできやしないよ!」
からからと笑いながら「食事ができてるから降りといで」と言い残してミッサは去っていった。
「えー……? えぇー?」
「嫌なんか? 怒鳴ったんは謝るから……。後生や」
そうヤールンに頭を下げられれば、もう観念するしかなかった。
いかがでしたでしょうか('ω')
明日も三話更新で参りますよ!
よろしければヤールンさんに愛の手を!
「別にうなぎにじゃないんだからね!」というツンデレもOK!
さぁ、感想・評価・ブクマ……カモンですよ('ω')!