第32話
今日も更新頑張りマウス('ω')
三話分、お付き合いくださいませ
辺りがうっすらと暗くなり始める頃、僕たちは目的の『踊るアヒル亭』に到着した。
木造二階建てのかなり大きな建物。
入り口には腰ほどの大きさのアヒルの置物が設置され、口から『いらっしゃいませ』と大きく書かれた札を下げている。
なかなかにかわいい。
灯りの漏れるウェスタンドアをくぐると、そこは喧騒に包まれる酒場兼食堂に光景が広がっており、仕事終わりの男達が酒を酌み交わし、家族連れらしい者達が食事を楽しんでいた。
いかにもファンタジーな酒場……といった風情に、僕は少しばかり心をときめかせた。
所狭しと並べられたテーブルに空いた席は一つもなく、この店の盛況さがうかがえる。
「あいよー。おまちー!」
奥のカウンターからは、聞き覚えのある活気のいい声が響いている。
どうやら、ミッサさんは元気なようだ。
「すいません、ミリィさん。今いっぱいで……あーーッ!」
新たな客の存在に気づいた給仕の少女──マーサが駆け寄ってきて……叫んだ。
突然の少女の大声に注目が集まる。
マーサちゃん、やめてくれないかな。
僕は注目を浴びるのがとても苦手なんだ。
「なんだいマーサ! 大きい声だすんじゃないよ! お客さんがびっくりしてるじゃないか!」
マーサの絶叫にに負けず劣らず大きな声が奥から聞こえる。
ほどなくしてミッサも、僕たちの前に姿を現した。
エプロン姿が決まっている。
こう……「おっかさん」て呼びたくなる感じだ。
「母さん、あのおにーさんだよ! 私達を助けてくれた!」
「なんだってぇ! 大丈夫だったのかい?」
親子して僕に注目を集めるのはやめてくれないだろうか。
「あ、ご無沙汰してます。いろいろあって無事に町に入れたので挨拶にきました」
「あんた、本当に大丈夫だったのかい……? 入れずにいたって聞いて心配してたんだよ」
心配顔のミッサに、僕は乾いた笑いを見せるしかなかった。
大暴走を蹴散らして、ついでに『鬼灯兵団』も叩いてやりましたよ!
……なんて不謹慎な軽口を叩けるはずもない。
「彼を『鬼灯兵団』の客分として扱うことになりました。それで、こちらで部屋を準備していると聞いたので連れてきましたが……」
話が進まないと判断したのか、ミリィがややかしこまって説明する。
「ええ、ええ、大丈夫ともさ! この子のために一つ部屋を空けてあるよ。今日からだって泊まれる様にしてある」
ミッサのとなりではマーサが嬉しそうにもじもじしている。
「では今日からお世話になります。それで宿賃のほうなんですが……」
先立つものがないので、ツケにしてもらえないか聞いておこう。
「そんなのもらう訳にはいかないよ!」
「『鬼灯兵団』に請求をまわしてください」
「手持ちがないので後払いでいいですか?」
声がきれいに重なる。
「「「えっ」」」
顔を見合わせる中、ミリィが口火を切る。
「ユウ。あなたは『鬼灯兵団』の客分として迎えたわけだから、滞在費はこちらで負担するのがスジよ。お金の心配なんかしなくて大丈夫よ」
次に口を開いたのはミッサだ。
「命の恩人から金をとろうなんて不義理を考えるほど、あたしゃケチじゃないよ! 何日でも何ヶ月でもここに居ておくれ」
これはどうしたものか。
滞在費を誰かに負担させてしまうなんて、なんだか悪いような気がする。
換金するまで持ち合わせがないのも確かなのだが。
「おにーちゃん、モテモテだね!」
マーサがとても可愛かったのでリンゴを一つ与えておく。
しかし、このままではいつまでたっても話がまとまらない。
しかたないので妥協案を出すことにしよう。
「ええと、じゃあ……ミッサさん、『鬼灯兵団』に必要経費分だけを請求するって言うのはどうですか?」
「どういうことだい?」
ミッサが腕組みして僕に訊ねる。
「僕のせいでミッサさんが損するのは心苦しいし、僕からお金をとるのがあんまりいい気分しないなら損しない、商売じゃない分だけ請求してください。例えばかかった食費とかだけ『鬼灯兵団』に請求すれば、お互い納得できるのでは?」
ミッサとミリィは顔を見合わせて頷く。
「それで僕は『鬼灯兵団』の雇われとして、必要経費分くらいは働いてみせます」
「いいわ。それでいきましょう」
なんとか話がまとまった。
「若いのに賢いねぇ、アンタ。マーサの婿に来るかい?」
「ダメですよ、おかみさん。ユウは『鬼灯旅団』を背負って立つ人材になるんですから」
僕は苦笑して頭を掻く。
こんな風に言ってもらえることは今までなかったので、少しこそばゆい。
「おにーちゃん、私と結婚するの?」
純真な瞳が、少し心に痛い。
「マーサ、とりあえず兄ちゃんを部屋に案内してやんな」
「うん、こっちへどうぞ。おにーちゃん」
端に備え付けられた階段の前で、マーサが体全体を使って手招きしている。
大変かわいらしい。
妹がいたらこんな感じなのだろうか。
「じゃ、私は帰るわね。明日の朝、また迎えに来るわ」
ミリィはそうと言い残すと、手を軽く振って帰っていった。
「おにーちゃんの部屋は一番奥の部屋だよ。階段から少し遠いけど、景色のいいお部屋だから気に入ってくれると嬉しいな」
階段を上りながら、マーサが笑う。
外で会った時よりも、だいぶ顔色がいい。
渡した【生命の丸薬】が効いたかな。
僕は単純に飴のつもりで渡したんだけど。
僕の手を引いて、階段を上るマーサ。
小さいのに働き者だ。
そんな僕らを横目に見て、声を荒げる客が一人。
食堂で食事をしている、浅黒い肌をした少女だった。
「おいッ! 部屋あまってるんやんけ! なんでそいつだけ特別扱いなんや!」
いかがでしたでしょうか('ω')