第3話
みっつめー('ω')!
音が聞こえた直後、突如として、だだっ広い空間に整理整頓されたアイテムがずらりと並ぶイメージが不意に浮かんだ。
金や銀と思われる各種インゴットや宝石、金貨。数々の正体不明の道具。
剣や槍、鎧。書物、服、マント……毛皮や薬のようなものまである。
「これは……ッ」
「久方ぶりに使ってみたが、問題ないようじゃの」
試しに金貨を1枚つまんで出すと、それは指先につままれたまま現実世界に顕現した。
「うまくいったようじゃの。中身もお前にくれてやろう。今の今まで忘れていたものじゃし、我にとってさして重要なものは収納されておらんからの」
「ありがとうございます。しかし、これは……本当にすごいですね」
中のものを出したり引っ込めたりしている僕に、黒竜王が柔らかな笑みを向ける。
「初めて空を飛んだ幼竜のような顔をしおって。愛いヤツじゃのう」
「え、えっと。感極まってしまって」
はしゃぐ僕の目を覗き込んで、黒竜王が問う。
「頭が痛むとか、だるいとかはないかの? 初めて魔力を使ったのだろう?」
「ないですね」
「ふむ……よしよし」
黒竜王が小さくうなずく。
その顔には少し陰りがあるようにも見えた。
「あの……」
「む、なんじゃ?」
「ちょっと難しい顔をしていたので」
「うむ。お前をどうしてやろうかと考えておったのよ」
美少女黒竜王は僕に向き直り、なんとも言えない寂しげな表情を見せた。
「どういうことです?」
「いやなに、理由があってな、我はこの迷宮から動けんのでな」
妙に歯切れの悪い黒龍王の物言いに、やや不安を掻き立てられる。
僕はここを出ねばならないのだろうか?
「雑用が終われば、お主は帰るための方法を探すためにここを出ねばならんだろう?」
「ずっといますよ。ここに」
「馬鹿を言うものではない。ここは人の住む場所ではないよ、カドマ」
言葉とは裏腹な表情を見せる黒竜王に、僕はどんな顔をすればいいのだろう。
「しかし、外もお主にとって危険が多かろうということじゃ」
目の前にブラックドラゴンがいる以上の危険などないと思うのだが。
「たしかに……僕はこの世界の常識もわかりませんし、貧弱な一般人ですから。うろうろしていてはそこらの獣に襲われて、あっという間にやられてしまうかもしれませんね」
「そうやもしれぬ。長らくここを出ておらぬので、外がどうなっておるかもわからぬしの」
ふいっと顔を天井に向ける黒竜王。
一体いつからこの真っ暗な迷宮にいるのだろうか。
「それに、の」
「……?」
一拍おいて、黒竜王が口を開く。
「お前の記憶を覗かせてもらったことはさっき伝えたがの、ミカとかいうお主の友人……こちらに来ておる可能性があるのではないか?」
「……えっ?」
あえて考えないようにしていた事実を、突きつけられた気がした。
ずっと意識的にそのことを考えないようにしていたのに。
なにせ、こうしてここに飛ばされてきたのは僕のみなのだから、他の誰も来ていないはずだ。
「お主が死の間際に見たあの光……次元重複の干渉に見えた。周囲一帯が、こちらに飲まれている可能性がある」
「そんな……!」
実は、薄々考えてはいたのだ。
だが、何かの拍子に実はクラスごと転移していて、他のどこかに飛ばされた……なんて可能性からは目を逸らしていたかった。
あの瞬間……蹴られたことで僕だけが、正常な異世界転移に失敗した可能性なんて、ないはずだと。
「この部屋のいずこかに【探索の羅針盤】という魔法道具があるはずじゃ。それを使えばこちら側の世界に来ているかだけでもハッキリさせることができるはずじゃ」
俯く僕の肩を、黒竜王が叩く。
「アナハイム様……すいません。僕は……」
「よい。カドマよ、お前の成すべきこと、成したいことを考えるべきじゃ。元の世界に戻る方法も、外に出ねば見つけることは叶わないじゃろう」
美少女黒竜王は儚げに笑う。
ここまでしてもらって、僕は黒竜王に何も返せない。
「ほれ、探すがよい。雑用も出来て一石二鳥じゃろ?」
「はい」
促され、再び玉座の間の掃除に取り掛かる。
しかし、それにしてもこの広大な玉座の間から、一体どうやって目当てのものを見つければいいのか。
【探索の羅針盤】を捜すために【探索の羅針盤】が欲しいくらいだ。
明確な目的が示されたことで、多少気を取り直して雑用業務をこなしていたが……僕の動きは徐々に鈍くなり、玉座の間の一角を整理したところで、いよいよへたり込んでしまった。
新たに取り掛かろうとした財宝の山を目の前に目を回して尻餅をつき、そのまま仰ぐように僕はゆっくり倒れこむ。
黒竜王の使う不思議な青い炎に周囲は照らされているが、天井は暗闇に覆われて見えない。
何故、生き残ったのか。
どうしてここに来たのか。
ミカちゃんは無事なのだろうか。
よくよく考えれば、妙なテンションと緊張感だけで、丸一日は飲まず食わずかつ、寝ずに動いていたような気がする。
騙し騙しやっていたが、流石に心も体も限界に近いようだ。
「どうしたのじゃ」
倒れた僕を覗きこんだアナハイムに、目をつぶったまま呻く様に告げる。
「アナハイム様、ご相談が……」
「何かの?」
「とても……疲れました。あと、何か食べ物と、水が……欲しいです」
「む……そうであった。人の子は二、三日喰わぬだけで弱ってしまうのをすっかり忘れておったわ」
本当にうっかり、といった口調で黒竜王は言った。
(ドラゴンはどのくらい食べなくていいんだろう……)
などと考えているうちに僕の意識はゆっくりと闇に沈んでいった。