第24話
夕方の更新('ω')
サービスしてちょっと長めです。
白目をむいて痙攣する千人隊長を指差す。
「殺さないというの?」
と猫族。
「命のやり取りの落とし前を、どうしてもつけたいなら殺しますけどね」
「魔族に生かされたと知ったら彼きっと自決するわ」
「僕は魔族じゃないですよ」
「えっ」
「えっ」
さっきも思ったけど、その飛躍した誤解はどこから生まれるのか。
「僕はれっきとした人間です。ちょっと特別な訓練をしただけのね」
「そんな……ありえないわよ。あんな力を持った人間なんて見たことないわ」
この世界の平均がいまいちピンとこない。
「この世界……?」
うっかり口から出てしまっていたようだ。
「あなた、もしかして『渡り歩く者』なの?」
また知らない単語が出てきたぞ。
「『渡り歩く者』とは?」
「別の世界から来たり、行ったりできる人たちのことだけど、あなたは違うの?」
猫族は「知らないの?」とでもいいたげな口調だったが僕は気にもならなかった。
それよりも重要な言葉があった。
──『行ったりできる』
つまりこの世界から、もとの世界へ戻る方法の手がかりになる可能性がある。
「詳しく話が聞きたいのですが」
「私と隊長を生かしておいてくれるなら、いいわ」
撤退の終わった門前広場を見やり、猫族の女戦士は頷く。
「もうやりあう気はないですよ」
「ありがとう。殺さないでいてくれて」
緊張を解いたらしい猫獣人が小さく頭を下げる。
「先ほどの話を詳しく聞かせてください。ええと……」
「ミリィよ。『鬼灯兵団』十人隊長」
そこそこ偉い人、かな?
「では、ミリィさん。その『渡り歩く者』について聞かせてください」
「『渡り歩く者』はさっき言ったとおり、別の世界からこちらに来た人々、あるいはこの世界と別の世界を行き来する人を指す言葉よ」
そういう人間もいる、とわかれば多少希望が見えて来た。
「それは珍しい存在ですか?」
「とても珍しいけど、存在自体は認知されているわ」
猫族の女戦士はうなずいて答える。
「そうなんですか?」
「例えば私たち獣人族の開祖は『渡り歩く者』だったといわれているし、もっとも有名な話では邪神戦争伝説に登場する勇者は、『渡り歩く者』だったといわれているわ。それに……」
猫族の女戦士は少し考える様子で間をはさむ。
「それに?」
「最近は『渡り歩く者』と思われる人たちが各地で現れているの。近年ありえない頻度でね」
おそらく『次元重複』の影響だ。
その渡り歩く者達の中には、僕のクラスメートもきっと含まれている。
ミカちゃんも。
「あなたも『渡り歩く者』なのでしょう?」
下手に誤魔化すより、真実を話したほうがスムーズかもしれない。
ヘタに魔族だなんだとレッテルを貼られて、指名手配でもされれば身動きが難しくなる可能性だってある。
「おそらく。あなたの言うとおり、僕は別の世界から来た人間です。それを『渡り歩く者』と呼ぶのであればそうなのでしょう」
僕の言葉に、猫族の女戦士は首を振る。
「でもそれだけじゃ、あなたの恐ろしい力の説明はできない。『渡り歩く者』の中にはすごい力を持った人も多く居るけど、多くは普通の人って話だから。それにあなたが使ったのは、この世界の魔法だわ。見たことない魔法もあったけど」
「実は一つ下の大陸から上ってきました」
僕の言葉に猫族の女戦士が息をのむのが分かった。
第四層大陸からの来訪者というのはそれほどまでに警戒されるのかと、僕は内心ため息をつく。
「その話、俺も聞かせてもらいたい」
顔色の悪いバッソが白目から戻ってきていた。
意識を取り戻したようで何よりだ。
「第四層大陸から来たというのは本当か?」
「えぇ、魔族ではありませんけどね」
「第四層大陸に人の集落があるなんて話、聞いたことないぞ」
質問口調だが、広場に居た時のような険のこもったものではない。
「えぇ……突然、元の世界から飛ばされた僕は、その影響で一度死にました。そして第四層大陸に隠遁する古代の魔法使いの力によって蘇生されたんです」
「まさか。死者蘇生のなど御伽噺だろう」
「なんでも【再生させる紅玉】とかいう秘宝を使ったそうですよ」
二人がぎょっとした顔を見せる。
あれ、これも言っちゃダメな奴だったか?
「ばかな……存在自体が伝説の古代遺物だぞ?」
バッソが疑わしそうな目を向ける。
「今、僕が生きていることが何よりの証拠です。それで、僕と同じ世界の友達が、僕と同じにこの世界に居ることがこれでわかりましてね」
僕は【探索の羅針盤】を取り出してみせる。
念じると東に向かって青い軌跡を描く。
ミカは東にいるらしい。少なくとも、この都市の中にはいなさそうだ。
「【探索の羅針盤】……ッ! 現物はじめて見たわ」
ミリィが目を輝かせる。
やはり、これも相当レアモノらしい。
「友人を探すために、許可をもらって旅に出ました。これが僕の素性の全てです」
口を閉じて、二人の反応を見る。
「高名な魔術師の名を聞いてもいいかしら?」
「アナハイム」
これも正直に答える。
しかし、二人は考え込む様子で反応は芳しくない。
「聞いたことないわね」
「本人は千年以上隠遁してるといってましたからね」
「千年も……?」
「邪神戦争も体験したといっていましたよ」
バッソとミリィが顔を見合わせて目を白黒させている。
「信じがたいけど、信じざるを得ないわね。魔大陸でよっぽど高度な訓練をしたと思えば、納得できなくはないし……」
「実際にこのざまだからな……」
「元の世界に戻るために『渡り歩く者』を探したいのですが、お知り合いに居たりしますか?」
僕の質問に、ミリィは「いないわね」と端的に答えた。
項垂れる僕に、バッソが言葉を継ぐ。
「だが、探す方法がないこともない」
「ほんとですか?」
「『鬼灯兵団』のツテをつかえば、人探しは容易になるだろう。魔大陸以外のどこにでもそれなりのパイプがあるからな。それに相手は渡り歩く者だ。きっと探し出すのは容易い」
なるほど。
『鬼灯兵団』は高名な傭兵団だと聞いた。大規模な組織ならば、各地で人探しをするにはうってつけかもしれない。
一人で【探索の羅針盤】片手に動き回るよりも、ずっと効率はいいはずだ。
「依頼料はどのくらいかかりますか」
僕の答えに、バッソとミリィが顔を見合わせる。
「本当に、さっきの悪魔みたいなのが?」
「ギャップがすごすぎないかしら」
「殺す相手とそうでない相手に同じ対応はしませんよ」
何気なく答えたつもりだったが、バッソは顔を蒼くしている。
ミリィは……わからないな。
「命の借りもある……タダと言いたいが、さすがに全軍使うとなると俺の一存じゃ決められないな」
「それとこれとは別ですよ。助けてくれるなら、代価はお支払いします」
タダより高いモノはない。
金で動く傭兵をタダで動かす方がずっとリスキーではないだろうか。
「じゃあ、『鬼灯兵団』に入るのはどうだ?」
「それはいいわね! あなたのような強い魔法使いがいれば力強いわ!」
「折角ですが、お断りさせていただきます。人探しが終われば第四層大陸に戻るつもりですし、大きな組織に入ると自由が利かなくなりますからね」
バッソとミリィは残念がったがこれは譲れない。
大きな組織に入ってその責任を果たすなど、僕には無理な話だ。
ミカちゃんを見つけて、元の世界に送り返す。
その後は、黒竜王の元へ戻って隠遁生活の続きを再開する。
これが、今の僕が望むすべてだ。
「それに、反撃とはいえ命のやり取りになりました。きっと、僕のやったことに怒りを覚えたりする人もいるでしょう? 僕がもっとうまく……バッソさんに説明できていればよかったんですが」
これは、正直な感想だ。
実際、あそこまでする必要はなかったかもしれない。
向けられた殺意に、あまりに敏感に反応してしまったという自覚がある。
もっとスマートに制圧することもできたはずだし、あのようにしなくても無理やり立ち去ることもできたのではないかと思う、
「正式な依頼をするか少し考えてみます。明日、昼ごろにまた城門前に行きますので、その時にお答えすることにしていいですか?」
それと、と僕は頭を軽く下げる。
「わかった。気が変わって『鬼灯兵団』に入団したいという返事でもいいからな。たとえ、戦死者が出ていたとしても、俺の責任だ。君が気にすることじゃない」
「僕が『渡り歩く者』であるということは伏せてください。余計な厄介ごとのもとになるかもしれませんし」
それに承諾する二人を見送って、僕は再び森の中で【安息の我が家】を使った。
いかがでしたでしょうか('ω')