第23話
土曜日も更新頑張ります……('ω')!
ゆっくりと、腰のショートソードを抜く。
生き残るために、この戦場を血で雪がねばならない。
殺意には殺意をもって応える……それが伏見の流儀だ。
「抵抗する気か?」
「はい」
バッソの声に、短く答える。
「このままでは殺されてしまいますから」
僕が武器を抜いたことにバッソの一団は緊張を見せたが、次の瞬間それは唖然とした顔へと変わった。
僕が、左手首を自傷したためだ。
深く切った手首から、ぱっと動脈血が噴き出す。
「何をしている……?」
「あなた方を、殺す準備を」
噴き出す血は地面を濡らすことなく、するすると滑るように僕の周囲で空中に漂う。
「──“さぁ、戦いを始めよう”」
僕の魔力ある言葉に呼応して、溢れる血液が周囲で円環を構築する。
「な……ッ!」
──『血陣魔法』。
『自傷魔術』を応用して創り出した、僕の『原典版』であるこれは、剣でもあり、盾でもある。
僕の思うままに動き回る武器にして魔法触媒。
「行きます」
礼儀として一言断っておいてから、跳ぶ。
【捕縛結界】とやらは、『血陣魔法』の出力に耐えられなかったらしい、少しばかり身動きしたら粉々に壊れてしまった。
脆い道具だ。こんなもので僕を延々拘束しようなんて、バカにされているに違いない。
集団に飛び込んで、横薙ぎにショートソードを振るう。
剣の心得があるわけではないが、曲がりなりにも魔法の剣だ……触れれば切れるし、赤の魔力で燃えあがりもする。
次いで、『血陣魔法』を鞭のようにしならせて、石垣の上に立つ者達の足を払う。
何人かは落下し……ひどいケガを負ったようだ。
『自傷魔術』の力で、詠唱棄却した赤魔法で周囲を焼き散らし、同様に呪いの病と毒を撒き散らす。
あっという間に、集団は瓦解した。
周囲はむごい有様だ。
魔族でもここまでするか怪しいところだと、思わず自嘲する。
「ば……ッ、化け物め!」
千人隊長の後方にいたキツネ獣人の弓兵が、僕に向かって矢を放った。
その矢を腕で払い落として、槍のようにした『血陣魔法』をキツネ獣人へと放つ。
腹部を貫かれながら石垣に縫い付けられる弓兵。
血をどくどく流しているが、誰かが治癒魔法をかけている。
死にはしないだろう。
呪いの毒煙を充満させた石垣の上は阿鼻叫喚の様相だが、地上にいる部隊もひどい有様だ。
「バッソさん。僕が何者だって思われても構いやしません。魔族だろうが、浮浪者だろうが、好きに呼べばいいんです。敵意を向けて罵倒するのもいいでしょう。怖れて避けるのも気にしません」
一歩ずつ、歩を進める。
背後は石垣と門でこれ以上後に下がれるはずもないのに、じりりと傭兵たちが下がる。
背中をつけた石垣、その上からは呪いの毒に侵された者達の苦悶の声。
「……でもね」
僕は再び歩を進める。
千人隊長は恐怖の為か、あるいは隊長としての意地か一歩も動かない。
「殺意を向けるのだけは、よくない」
それは殺し合いの合図だ。
それは命のやり取りの合図だ。
「な、何モンなんだよ……お前……。ありえないだろ! ドラゴンすら相手にできるんだぞ俺らは……」
「この程度で? あなた達なんて、相手にもなりませんよ」
千人隊長の目をじっと見る。
その瞳に映る僕の目は、金色に輝いていた。
竜眼の中でも、強力な効果をもつ黄金の双眸。
黒竜王につらなる血族の証。
根源的な死の恐怖を、全ての生命に惹起させる絶対強者の視線。
「まだ、続けますか?」
「あ……ああ……」
僕の問いに、千人隊長は剣を取り落とし、白目をむいてその場に崩れ落ちた。
バッソの惨状を見た集団は固まったまま動かない。その顔は全員、恐怖で歪んでいる。
さて、攻撃は止んだが……彼らを一人残らず殺してしまうべきだろうか?
伏見の流儀としては『全員殺してぶちまける』が正しいんだろうけど。
とりあえず、集団のトップがこれじゃまだやりあうのか判断もつかないな。
すっかり気を削がれてしまったし。
バッソを指差して一団に訊ねる。
「この人の次に偉い人は?」
数人がだまって上を指差す。
石垣の上に居たなら今は話ができる状態ではあるまい。
「じゃあその次に偉い人?」
今度は城壁に貼り付けにされたキツネの獣人族を指差した。
「もう誰でもいいよ……。まだ、やるかどうか判断してくれないかな。やりあうなら相手になるし、終わりにしたいならさっさと引っ込んでくれ」
「オ、オレたちは……降参する。だから、もう、許してくれ。頼む」
おずおずとドワーフらしい男が声をあげると、一団は我先にと門扉の奥に消えた。
おいおい、扉は開けっ放しでいいのか?
「やれやれ、面倒な。どうして人の話を聞いてくれないんだろう」
ため息をつきながら、鞄から取り出した包帯で左手の止血をする。
目の前には気絶中の千人隊長。
この人を生かしておくべきか否か。
「うーむ」
考えた結果、面倒なので放置することにした。
今回の件について始終説明できる人間が居たほうがいいし、それは地位の高い人間のほうがいいだろう。
戦意の無い人を敵と呼んですり潰すというのは、僕にはまだ荷が重い。
おそらくしんがりを勤めるつもりであろう、広場に居残る猫型獣人を僕は手招きして呼ぶ。
「こ、殺すなら殺しなさい!」
山猫のような顔をした獣人族は、腰の短剣を引き抜くと決意を込めた目でじりじりと近寄った。声からして女性のようだ。
よく見るとしなやかな肢体に女性らしさを感じる。
「戦いは終わりました。武器を収めてください」
僕はつとめて穏やかな声で言いながら、手に持った武器を猫族の女戦士の足元に放り投げ、両手を開いて見せた。
この世界で通じるかどうかはわからないが、戦闘意思のないことを示したつもりだ。
意図を汲んだのか、猫族の女戦士は短剣を収め、警戒しながらも近寄ってきた。
「この隊長さんをちゃんと連れて帰ってくれませんか?」
いかがでしたでしょうか('ω')
警告を受けた時よりもちょっと被害を減らしております……