第21話
夕方の更新です('ω')
※バッソ視点です
「まったく、何なんだ! あの浮浪者は!」
何度目かとなる台詞を俺──バッソ=ブレッソ──は苦笑いで聞き流した。
金払いはいいが、考えとしてはあの少年に賛成だ。
人の命を蔑ろにする施政者はいずれ大きなしっぺ返しをもらう羽目になる。
それに、ああいう物言いからして、おそらく俺達『鬼灯兵団』のことも使い捨てのコマ程度にしか考えていないだろう。
「明日にでもまた彼のもとを訪れます。このまま中に入れないというわけにはいかないでしょう?」
「放っておけ、入りたくない浮浪者の命の保証までしてやる必要などない」
それをすると、『鬼灯兵団』と諍いを起こして追いやられた少年が死ぬ羽目になったという、不名誉な不評被害が広がりかねない。
「我々『鬼灯兵団』の客として迎えます。いいですね? そうでないと迷惑をかけた手前、メンツにかかわりますから」
「バッソ殿がそこまで言うなら好きにしていただいてよい」
言質はとった。
今日中にでも向かって、都市内へ避難させよう
下っ端の新人とはいえ、ウチの団員三人を叩いて見せたんだ。
おそらく、相当の手練れだ。
うまくやれば、防衛戦できっと戦力になってくれるに違いない。
「では、俺はここで」
「町を頼みましたぞ」
テイラーズ市長と噴水のある広場で別れ、宿舎としている商館へ向かう。
例年なら、そろそろ異変が起き始めるころらしいが、今日のところはまだもちそうか……?
「バッソ大隊長!」
俺のもとへ、素早い動きで駆けてくる者がいる。
「ミリィ。どうした、そんなに急いで」
「大暴走です!」
事態を聞いて、走りながら報告を受ける。
「場所は!?」
「西門、到達まで数分ってところです」
西門!
あの少年がいるところじゃないか。
何だってこうもピンポイントにくるんだ。
「種類と数は?」
「突撃猪です。数はおよそ百、王級の変異種が率いているということです」
この猫族の獣人女性はなかなか優秀なやつだ。
この都市に来て初めて面識を持ったが、なるほど、使えるやつだと副官にプッシュされるわけだ。
「お前の所属する……オウデ隊を準備させろ」
「もう、そろっております」
本当によくできたヤツだ。
「バッソ大隊長、出撃準備整いました!」
到着するなり、キツネ獣人の百人隊長オウデが敬礼をする。
百人隊長からの報告を受け、俺は頷く。
準備はしていたので行動はいたって迅速だ。
「よし、出撃。相手は突撃猪だ……油断はするなよ!」
俺の号令で、百人規模の部隊が一斉に動き出す。
鐘がなってからまだ、そう経っていない。
さて、ネルキドでの初戦闘といこうじゃないか。
意気揚々と完全武装し、『鬼灯兵団』を率いて門を出た俺が見たものは、積み重なった魔物の死体の山と、焼けた大地だけだった。
「どうしたことだ……これは?」
大暴走と聞いて急いで出撃したものの、現場に着いてみたら全てが終わっていた……そんなことがあり得るのか?
冒険者ギルドにしても対応が早すぎる。
「どういうことか! 説明を頼む!」
城壁の見張り番に怒声に近い声で訊ねる。
ギクリとした様子の見張り番の顔色は悪い。
常軌を逸したこの状況からして何かが起こったことは間違いないのだ。
「わ、わかりません。城壁に入らない少年がいて、気が付いたらその少年が魔法のようなもので……何もかも……。おそらく夢です……! 怖すぎて幻覚を見たに違いありません…。王級の突撃猪を素手で……ばらばらに……」
報告を聞いて絶句せざるを得なかった。
小規模とはいえ王級クラスの魔物に率いられた大暴走を、たった一人で、しかも素手で制圧するなど俺にだって無理だ。
たとえ、俺が稀代の戦士だと噂されるほど強く、若くして千人隊長を任ぜられるほど戦功を積んでいたとしても、である。
「そいつはどこへ行った?」
「森に消えました」
「なんだと?」
くそ、と俺は舌打ちした。
大暴走が被害なく未然に防がれたのは喜ばしいことだ。
しかし、それを殲滅できてしまう誰かがここにいたことは確かなのだ。
さらに上位のモンスターがつぶし合った、というならまだ納得も行く。
それが少年姿の魔法使いで、報告によると素手で王級クラスの魔物を叩き潰した、と。
つまり、そんなことが可能な高位の魔族が第四層大陸から上がって来た可能性を考慮しなくてはならなくなった。
竜族に次ぐ脅威である魔族、しかもその上位種を相手にできるかといわれれば……人員的には難しいかもしれない。
このような辺境の地方都市に割ける人員では対処しきれない可能性がある。
「おい、そいつはどんな格好だった? 翼や角は? 瞳は?」
俺は、見張りの憲兵を問い詰める。
もしかしたらネルキド市に入り込まれている可能性がある。
すぐに触れを出して見つけ出さなければならない。
「黒髪で黒い瞳、安物っぽい革鎧にショートソードをもってました。角や翼はなく、普通の人族に酷似していました」
──アイツだ……!
俺はピンときた。
もっと引き止めて徹底的に調べるべきだった。
納得できる点もある。
なるほど、高位魔族ならば百人隊長を騙ったあのバカ程度なら、瞬く間に制圧できるだろう。
第四層大陸から登ってきたというなら、驚くほどのものの知らなさも理解できる。
そして、その強さがあれば、歩いて塔都市まで行くと答えてもおかしくはない。
つまり、我々を歯牙にかけるほどの脅威とは見ていないということだ。
だが、いささか油断が過ぎるようだぞ?
辺境としては珍しく、ネルキドには武装僧兵団が常駐している教会もある。
十分に準備して待ち伏せし、一気に決めてしまえば勝機はある。
「どういうことですかね」
キツネ獣人の百人隊長、オウデが俺を見る。
「高位魔族の仕業ではないかと疑っているが、どう見る?」
「高位魔族が大暴走を止める理由が思いつきませんね」
だが、何か理由があって、町を混乱させようとしているに違いない。
例えば、他の魔族を呼び込むなどは町の中にいたほうが都合が良いだろう。
「昨日騒ぎを起こした奴が魔族だったのかもしれない」
魔物の死体を回収屋にまかせて俺たちは踵を返した。
あの三人から、再度詳しい話を聞かなくては。
いかがでしたでしょうか('ω')