第19話
本日ラストの更新('ω')
ちょび髭の男が声を荒げながら激昂した。
ここまでの流れで無視されたと思い込んだのか、まさに怒り心頭といった様子だ。
禿げ上がった頭とあわせてゆでだこのように見えなくもない。
「この街の防備のためにいくらかけて『鬼灯兵団』を呼んだと思っている! お前のような薄汚い浮浪者のせいで彼らに帰られてみろ! どれだけの被害が出ると思っているんだ!」
死の恐怖におびえるミッサとマーサの姿を思い出して、僕は自分の心が冷たくなるの感じた。
「一般市民が犠牲になっても?」
「『鬼灯兵団』が今の時期にいなくなることのほうが問題だ!」
その言葉に、僕は冷たい憎悪を覚えた。
こいつは、教師たちと同じことを言っている。
まるで大局を見ているかのように口にしながら、その実、何もわかってないやつの言葉だ。
「あなたは……何を守ろうとしているんです?」
「無論、ネルキド市だ。第三層大陸で都市というものがどれほど重要か、お前のような浮浪者にはわかるまい」
「市民もネルキド市の一部でしょう?」
「大のために小を犠牲にするのは仕方のないことだ」
つばを飛ばしながら熱弁するテイラーズ市長。
彼を今すぐにでも殴ってすり潰したい……そんな殺意に似た感情が沸き上がってくるのを感じた。
しかし、これ以上騒ぎを大きくするのも、僕の思うところじゃない。
しかたない。さっさとここを離れよう。
情報のことは残念だが、『塔』までいけば、別の都市があるだろうし。
「わかりました。そこまで言うならすぐにでも出発します」
それを聞いたバッソと……何故かちょび髭の男も驚いた顔をする。
「待て……この先は冒険者ギルドのあるような都市はないぞ。登録しに来たんじゃなかったのか?」
「まぁ、入れない、っていうのを無理やり通るワケにも行きませんし」
「それにどこに向かっているか知らないが、今は『活性化』が起きていて危険だ」
「野宿は慣れてるし大丈夫ですよ。食料もそこそこ手持ちがありますし。『塔』の麓にも都市があると聞きました。そこまで行くことにします」
さらに驚いた顔で絶句するバッソさん。
「おいおいおい……。この時期に徒歩じゃ一ヶ月もかかる塔都市まで行こうってのか? 頭大丈夫か?」
「まだ、耄碌していませんよ?」
「いや、一度教会できちんと施術してもらったほうがいい。呪いとかじゃあないなら、そんな考え浮かぶはずない」
バッソは僕に諭すように説明する。
曰く、今の時期は第四層大陸──通称『魔大陸』の五年に一度の最接近の影響によって、普段ではありえない魔物の大量発生や、特殊変異した魔物が出現しやすく、この周辺のみならず西部一帯は戒厳令が敷かれるらしい。
ネルキドも明日を最後に門を閉ざし、約一ヶ月間の篭城期間となるとのこと。
「それでも大暴走や大型魔獣の対応に『鬼灯兵団』のような傭兵団の力が必要なんだ。一人で旅するなんて、とんでもない。自殺行為だぞ」
「はあ」
気のない返事をしつつ、考える。
そんな危険な状態であるのに入国を許可しないちょび髭は、もしかして喧嘩を売っているのだろうか。
話を聞く限り、僕に死ねと言っているように聞こえるが。
「テイラーズさん、オレらのことはもういい。この少年の入国を許可するべきだ」
「バッソ殿がそういうなら、許可を出すのもやぶさかではないが……」
しぶしぶ、といった風にちょび髭の男がこちらをチラチラと見てくる。
本当に鬱陶しい。
「あ、いえ。本当にお構いなく。今すぐにでも出て行きますので」
「少年、いいか? 知らないみたいだから教えてやる。今のこの時期、西部一帯は防衛を外部の俺らが引き受けなきゃならんほど危ないんだ」
「それは聞きましたよ。その上で出て行けって言ってるんでしょう?」
「市長殿は今、少々気がたっているかもしれないが、寛大なお方だ。辺境を預かる身として、この程度の騒ぎで避難に訪れた子供を放り出すような人ではない」
意外に高評価なのか、それともよいしょが上手いのかはわからなかったが、ちょび髭の男の態度が軟化するのが見て取れた。
「まぁ、頭を下げて今回のことを謝罪するなら許してやらんこともない」
「えっ、嫌ですけど?」
「「「えっ」」」
微妙な空気が流れる。
なぜ、僕が頭を下げないといけないのか。
百歩譲って、ケガさせた部隊のバッソに謝罪を……というならまだわかる。
だが、このおっさんがしたことといえば、ただ「入れない」って喚いた上に、あの親子のことを切り捨てようとしたクズだ。
むしろ、この場所でぶん殴って清々とこの場所を去りたい。
「人一人の命が小さいなんて評価する人に、頭を下げるなんて御免こうむります。兵隊さん、荷物を返してください。僕は町を出ます」
近くに控える憲兵にそう伝えると、僕は席を立った。
「ご迷惑をおかけしたことだけは謝罪しましょう」
「待て、本気なのか?」
バッソが尚も僕を引きとめようとする。
「人の命を軽視するような人を僕は好みません。そんな人に頭を下げれば、僕まで同じだと思われてしまう」
じっとバッソさんを見つめる。
その意志の強さにバッソがため息をつく。
「……アイツらのことが片付くまでは、事情ももっと詳しく聞きたいし、しばらくは逗留してもらいたいがダメか?」
「どの位かかりますか? それまで都市の外で野営でもしていますよ」
僕の答えに、顔を引きつらせるバッソ。
「本気か? いや、正気か?」
「何度でも言いますが、頭を下げてまでここに留まる理由がありません」
ミカや他の『次元重複』に巻き込まれた人の情報が欲しいだけであって、絶対に冒険者になる必要があるわけでもなし、厄介ごとがあるならとっとと次の町へ向かったほうが気が楽だ。
憲兵が持ってきてくれた荷物を受け取る。
ちゃんとショートソードも返してもらえたし、準備万端だ。
ちょび髭の男は顔を真っ赤にしたり、心配顔でバッソの顔色を窺ったりと忙しそうにしていたので、特に声をかけずに僕は詰め所を後にした。
門の前には、いまだ検問を待つ列があり、出てきた僕には注目が集まってしまった。
「では、二、三日はこの辺りに居ますので。用があったらどうぞ。五日を過ぎれば出発します」
ついてきたバッソにそう告げて、僕はやや日の傾き始めた昼下がりの中、森林街道に向かって歩き出す。
適当な巨木を見つけて【安息の我が家】で休もう。
やれやれ、なんとなく気疲れしてしまった。
歩いていると、先ほどの騒ぎを見ていたらしい屋台の男が声をかけてきた。
「お、兄ちゃん災難だったな。最後尾から並びなおしか?」
「いえ、入国拒否されました」
その瞬間、周囲の者達の表情が凍りついた。
しまったと思ったが、もう口から出てしまっているし……後の祭りだ。
つまり、みんなの感覚としてはこうだ。
『目の前の年端も行かない駆け出しの冒険者らしい少年は、自衛しただけで死刑を言い渡された』
にわかにざわつきだす周囲。「辺境伯には辺境の人々の安全を守る義務があるはずだぞ」「どうしてそんなむごいことを」「町を守って人を守らないつもりか」「ちょび髭め」……そんなざわつきが周囲を満たしていく。
失言だった。
『テイラーズ辺境伯は貴族としての義務を放棄した』──その情報は列に並ぶ全ての者に瞬く間に広がり、その日のうちにネルキド市への不安と不信を撒き散らした。
そんなことを僕は知る由もなく、ただただ東に見える空に伸びる白く細い線……『塔』の方角を見て効率的に辿り着く方法だけを考えていた。
いかがでしたでしょうか('ω')
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