第16話
本日ラストの更新('ω')!
第三層大陸。
その名の通りこの階層世界において、三つ目の層に浮遊する巨大な大地。
面積は四大陸ではもっとも広大で、東西を分断する中央大山脈を中心に山岳地帯が広域に存在し、東には巨大な密林地帯、西は森林地帯と丘陵地帯が広がり、ごく一部にポツリポツリと平野部が点在する。
そして、第四層大陸についで、未踏破地域の多い層でもある。
山岳地帯には鉱山を基盤とするドワーフの都市が点在し、その麓や数少ない平野部には少数の人間による都市国家が存在する。
また、西の森林地帯にはエルフの一部氏族が勢力を持っており、逆に東の密林では獣人をはじめとした亜人達が住まう。
黒竜王の話では、千年前は小鬼族の王国も存在していたとのことだが、今はどうだろうか。
そんなことを考えながら、木漏れ日の指す深い森の中を歩く。
まさか、階段を上った先がいきなり空の上とは予想外だった。
僕でなければ、落下時に命を落としていたかもしれない。
アナハイムも、なかなか大雑把な魔法道具を使ってくれたものだと、思わず笑ってしまう。
しかし、収穫もあった。
落下の際、遠目に都市らしきものが見えたのだ。
僕の勘が正しければ、あれは人族の開拓した場所が都市に発展したものだと思う。
となれば、まずはそこを目指して、この世界の現状を確認するのが最善だろう。
なにせ、僕の知識はアナハイムからの伝聞な上に何百年も前の話だ。
いざ都市についたら自動車が走っている……なんて可能性だってあるくらい、前時代の知識なのである。
「ふーむ」
そして、現在の周囲の景色は木、木、木。
本当に目的の方向へ向かえているのだろうか。
こんな深い森の中を歩き回るなど、現代の一般貧弱人である僕にとっては初めての経験で、確信なんて持てやしない。
歩きなれない森の中をしばらく歩く。
どこからか視線を感じる気がしないでもない。
「……?」
見回していると、足元に「ドスッ」と矢が突き刺さる音。
「動くな」
矢を放ったと思しき人物は、ゆっくりと大木の陰から姿を現し、よく通る声で僕を牽制した。
なめし皮の胸当てをした細身の男性。美形で背が高く、流れるような金髪。
そして……尖った、耳。
まごうことなきエルフだ。
もう少しで「エルフは本当にいるんだ!」とうっかり声に出してしまうところだった。
「何をじろじろ見ている! どんな用件でここに立ち入った? この一帯は“樫の黒枝”氏族の領域だぞ!」
「いえ、エルフというものを初めて目にしたもので……」
「質問に答えろ!」
「用事があって入ったわけでは……少し迷ってしまって。街に向かって歩いているはずなんですけど」
正直に答える。
意図せずとはいえ、縄張りに入ってしまったのは僕の失敗だ。
黒竜王から聞いた話によると、エルフというのはそういうことにとても厳しいらしい。
「怪しいな……」
「見ての通り旅の者でして。入ってはいけない場所だとは知りませんでした、すみません」
事情を話していると周囲にエルフたちが集まってきた。
男女ともに美しい顔立ちでスラリとしているが、全員革や木製の防具を着用と弓を持って武装している。
僕みたいな一般ピーポー相手に物々しいことだ。
集まってきたエルフの中の一人──おそらくリーダーと思われる男性エルフが僕にいく分か優し気に声をかけてきた。
「我々は『樫の黒枝』と呼ばれる氏族に属する者だ。旅人よ、名をきかせてもらおうか」
「ユウといいます」
「では、ユウ。この周辺は我々が自治管理する場所でみだりに立ち入れば、独自判断を下すと人側に伝えてあったはずだが、それは知っているか?」
「あいにく周知が徹底されていないみたいですね。僕のような流れには知らされていないのでは?」
そもそも、下の大陸から上がってきたばかりなので、そんなハウスルール聞いてない。
千年前に周知徹底してくれたら黒竜王が知っていたかもしれないけど。
そもそもここが西の森とわかったのも今しがた……エルフと出会ったからだ。
「そんなはずはないだろう。その出で立ち、冒険者だろう? まだ一度もネルキド市に立ち寄っていないのか?」
「つい最近一人になったもので……。食い扶持を稼ぐために、都市に向かっているところだったんです」
「このあたりに人の住む場所など西のネルキド市以外にないと思うが……ネルキドの生まれではないのか?」
「あいにく流れには流れの生活があったもので」
「なるほど」
なにが「なるほど」なのかはわからないが、なんとかごまかせたようだ。
「他意も敵意もないようだ。今回は見逃してやろう。次はないぞ?」
「ありがとうございます。今後は気をつけます」
この世界での正しい所作かはわからないが、腰を折って頭を下げる。
「このまま北に真っ直ぐ進めばネルキド市に至る『森林街道』に出る。それをたどれば三日ほどで到着するだろう」
エルフの男が僕が向かっていた方向を指して示す。
こう見えて、なかなか話のわかる人なのかもしれない。
「もうじきこの辺りは危険になる。命が惜しければ早々にネルキドへ入ることだ」
再度の親切に僕はただ頷き、指し示された方向に向かって歩き出した。
* * *
周囲が茜色に染まる頃まで歩いて、ようやく僕はエルフが言っていたらしい森の中を通る街道へと出た。
それほど疲れてはいなかったが、慣れない土地での夜間踏破を強行する気にはなれない。
……熊とか出たら怖いし。
近くの適当な巨木の影に向かって【安息の我が家】を向ける。
黒竜王からもらったこの強力な魔法道具は、安全な拠点を発生させる効果を持っている。
ピリっと魔力が走る感覚がして、次の瞬間にはちょっとした家くらいはある簡易拠点がそこに姿を現す。
内部にはリビング、キッチンに加え、四つの部屋と風呂もある。
家具などはすでに運び入れておいたので、内部は快適そのものだ。
「一日目、お疲れ様……っと」
リビングに設置した、お気に入りの鷲獅子の寝椅子に寝転がると、アナハイムの残り香がした。
昨日まではここでアナハイムと一緒に寝ていたのだ。
ふと寂しさがよぎる。
この世界に来てから、初めての一人の夜だ。
結構近くに見えていたあの都市……ネルキド市といったか、あそこまで三日。
やはり徒歩での移動は時間がかかる。
今後、ミカちゃんを探し回って都市を探し回るなら、何かしらの移動手段があったほうがいいかもしれない。
その方が、早くアナハイムとのとこにも帰れるし。
とはいえ、僕が乗れる乗り物と言えばせいぜい自転車くらいだし、馬にも乗ったことなどない。
竜魔法の<竜飛翔>が使えればよかったのだが、生憎習得できなかった。
翼のない僕には、特に修得困難な魔法であったらしい。
空を飛べれば、移動はずいぶん楽なんだけど。
何せ『森林街道』は曲がりくねっている。あれを徒歩で歩けば、そりゃ三日ほどもかかるだろう。
あるいは森を突っ切るかすれば、早いかもしれないが、またエルフたちに領域侵犯だと怒られるのもマズい。
それに、森は歩きなれないので逆に時間がかかったり迷ったりする可能性が高い。
……うーむ、どうしたものか。
いかがでしたでしょうか('ω')
明日も三話更新頑張ります……!
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