第15話
夕方の更新です('ω')b
第三層大陸が最接近するまでの短い間、気は逸るものの僕と黒竜王の訓練は続いていた。
時に『竜牙兵』を相手に魔法を織り交ぜて戦う方法を練習したり、複数の『竜牙兵』を相手に効率のいい戦術を模索してみたりと、厳しいなりに充実した訓練だったと思う。
『塔』を突破できないかと考えないでもなかったが、諦めるしかなかった。
最深部である黒竜王の玉座から墳墓迷宮内部を上層出口まで突破し、『竜牙兵』や『屍竜』、下手をすれば低級竜族すらがうろついているであろう墳墓迷宮周辺に広がる最悪の荒野地域を、旅慣れない僕が突破して『塔』に到達することは困難だ。
いや、困難という言葉すら生ぬるい。
おそらく死ぬ。
第三層大陸が付近にあるならばやりようはある、と黒竜王が言った為、素直にそれに期待することにした。
普通の魔法の訓練に加え、竜魔法の訓練も行ったが、やはりうまくはいかなかった。
竜魔法はそもそも自然に修得されていくもので、例えば人間で言えば、走れるようになったとか、自転車に乗れるようになったとか、そういった竜としての成長の中で培っていくもので一朝一夕に修得できるものではない。
結局、できたのは腕を鋼のように硬質化させることと、申し訳程度の竜の吐息が使える程度にとどまった。
僕に適性があり、修得が早かったのは、やはり『自傷魔術』である。
発想次第で様々な活用法がある自由な魔術。
それが『自傷魔術』の特徴だった。
その最大の利点は、強力な魔法を行使する際に必要な、『詠唱』『儀式』『供物』『触媒』の破棄である。
全てを『自傷行為』という魔術的な既成事実によって詠唱と儀式をスキップし、流した血を供物と触媒に見立ててあがない、代償することで魔法を行使することができる。
誰でもできるというわけではない。
黒竜王の血によってしか行えない強力な裏技である。
「もしかすると我よりも巧く使いこなしておるかもしれんな」
発案者がそうぼやいたが、彼女と僕の絆であるような気がして、僕としてはうれしいことだった。
それに、五大魔法の実力に関しても、僕は黒竜王を大いに感嘆させた。
その理由は、「アンが僕の記憶を覗けるなら、僕も覗けるんじゃないの?」というアイデアから着想を得て、アナハイムが僕に使える五大魔法の術式を直接頭に次々流し込んだからだ。
さすがに魔力量の差や経験則、そしておそらく僕の性質的なものから、いくつか継承不可能な魔法もあったが、赤魔法はほぼ全て、黒と青も七割程度は継承することがきていた。
あとは修練あるのみ、と日々、魔力枯渇を起こすまで魔法を使い、立てなくなっては寝椅子で黒竜王の膝枕のご相伴に預かりながらこの世界のことを聞いてみたり、眠ったりした。
その間、僕とアナハイムは恋人の様であり、家族の様であり、親子の様であった。
お互いが必要な存在だと確かめ合いながら、僕等は時間を過ごした。
──そして旅立ちの日。
僕は目立たぬよう駆け出しの冒険者のような出で立ちで玉座の間に立つ。
「革鎧に小剣でバッチリ決まっておる。馬子にも衣装というやつよな」
アナハイムはそう言って笑う。
笑顔に寂しさが滲んでいるが、きっと僕の顔も同じように見えているだろう。
アナハイムはひとしきり笑い終えた後、僕をそっと抱きしめ、僕もまた抱きしめた。
「気をつけての」
「はい」
「待っておるゆえ、必ず帰って来ってくるのじゃぞ」
「すぐに帰ってきますよ。しばらく待っていてください」
「うむ」
「散らかしちゃダメですよ」
「む……」
「また片付けますけどね」
二人で笑いあった。
お互いに再会することを約束して、軽いキスをする。
友達以上恋人未満が聞いてあきれる、誰かが見ていたらこぼすだろう。
あるいは赤魔法を駆使して<爆発しろ>を放つかもしれない。
「そろそろじゃな」
「そろそろ?」
玉座の間に、色彩豊かな光が満ち……それが収束して、螺旋階段を作り上げてゆく。
「よし、行くがよい。ユウ。あれを上れば、第三層大陸トロアナへ移ることができる」
「これって……」
「【虹の階段】じゃ。今この時期しか使えぬ、魔法道具じゃ」
僕の背中をそっと押して、アナハイムが旅立ちを促す。
「アン、いってきます。待っていてください」
「待っておる。いつまでも待つ故……死ぬことだけは許さんぞ?」
「はい。必ず」
もう一度抱きしめて、口づけする。
僕の人生で、彼女ほど僕に深く踏み込んだ者はいない。
もう、僕にとってアナハイム唯一無二の、『家族』となっていた。
そこに血の円環などなくても、僕等はお互いに気持ちが通じ合っている。
だから、かつての僕の借りを返して、必ず帰ってくる。
そう誓って、僕は【虹の階段】を上った。
墳墓迷宮編はここまで('ω')
次はネルキド編に移ってまいります……