第11話
お昼の更新です('ω')
僕が目を覚ますと、心配そうな顔のアナハイムが僕を覗き込んでいた。
「ただいま、アン」
「びっくりさせるでない。呪われておったのかのう?」
ある意味、呪いのアイテムだとは思う。
記憶の中で、僕はゆうに千回は死んだ。殺された。
だが、この身体に確かに追憶で得た力が宿っているのを感じた。
何度も戦い、戦い、戦い……殺されて、ようやく……あの男を殺して、手に入れた。
最後は満足そうにしていたが、結局あの男は多くを教えてくれなかった。
教わったのは、戦い方と心構え……それと、たった一つの技だけだ。
「英雄から、何か得られたかの?」
すっかり色を失った『追憶の結晶』を片手に、アナハイムが問う。
「戦い方を教えてもらいました」
「確かに、今のお主はやや佇まいが違うの」
そう頷きながら、アナハイムが僕の親指ほどもある真っ白い牙を取り出す。
「これは我の抜け落ちた牙じゃ」
「虫歯ですか?」
「竜の牙は定期的に抜けるのじゃよ。これを……こうする」
その牙の鋭い切っ先で美少女黒竜王は自らの掌にキズをつけた。
「アン……ッ!?」
「よう見ておれ」
黒竜王は自らの血に塗れた牙を無造作に床に放り投げた。
「……起きよ」
その短い呪文の中に、極めて強力な魔力の奔流を感じる。
背筋がゾワリとするような、波動が床の牙から溢れて、変化は即座に起こった。
床に転がった黒竜王の牙は、その形も質量もことごとく変化させ、やがて昨日見た、剣と盾を携えたマネキン型の魔物に変化していく。
「おお……!」
「<竜牙兵作成>と呼ばれる魔法じゃ。今のは我の原典版じゃがな」
「原典版?」
「うむ。<竜牙兵作成>は竜魔法と呼ばれる魔法体形の一つなんじゃが、本来はいくつかの手順と儀式、詠唱が必要となるのよ」
曰く、本来『竜牙兵』を作るには、満月の夜に抜け落ちた齢三百を超える竜族の牙を用意し、その牙を特別な魔法の炎に十日間くべる作業が必要になるらしい。
その中でも、赤く変色したものだけがこの魔法の触媒となり、加えて、長々とした呪文と多量の魔力を注ぎ込んで、ようやく『竜牙兵』が完成するのだという。
対して、今しがた黒竜王が行った特別な方法の場合、必要な触媒は自前の竜の牙と自前の血液だけ。
儀式もなしに、即座に通常よりも強力な『竜牙兵』を作成できる。
「竜族であれば、そもそも必要ないのでは?」
「単純に人足としても使えるし、住処に放っておけば侵入者の排除を自動でやってくれる上、殆ど永久に動き続けるのでな。便利なのよ」
「なるほど……」
魔法というものは奥が深い。
「……で、今作ったこやつじゃが」
命令がないので、ただただ立ったままの『竜牙兵』をアナハイムが指差す。
「お主の鍛錬用にくれてやろう」
にやり、とアナハイムが笑う。
「えっ」
突然の申し出に、思わず固まってしまった。
「ほれ、向かってくるぞ」
「アン! 洒落になってないよ!」
『竜牙兵』がアナハイムの命令に従って抜刀、即座に僕に向かってくる。
本当に無駄に優秀なヤツ!
「なに、大丈夫じゃ。お主が整理してくれたおかげで、今度は治癒の魔法薬もすぐに準備できるでな」
そうだとして、いくら何でもいきなりけしかけることはないんじゃないだろうか?
そんな僕の意見をまるっと無視して、純粋な殺意を振りかざしながら、『竜牙兵』が迫ってくる。
「うわっと!」
昨日同様、鋭い剣撃が『竜牙兵』から繰り出される。
出来立てほやほやとは思えない、無駄に洗練された殺すための動き。
これをよく見て躱す。
突き出された切っ先を、あるいは横なぎの斬撃を、丁寧に一つ一つ躱し、いなしていく。
半分竜族になったせいだろうか、それともあの男との訓練のおかげか。
いずれにせよ、以前の僕とは違い、相手の動きが良く見える。
フェイントを入れられようが、意表を突いたような攻撃だろうが、今の僕なら回避可能だ。
「ほれほれ、無傷で仕留めれば言うことを何でも一つだけ聞いてやるぞ」
攻めあぐねていると思ったのか、アナハイムがニヤリと笑いつつ、なかなか魅力的な提案を持ちかける。
「その誘い、乗った!」
次なる攻撃のために、剣を大きく振りかぶった『竜牙兵』の懐へ踏み込む。
踏み込みの勢いそのままに腹部に掌打を一撃。
ぐらついた『竜牙兵』へ、ヒザ蹴りでさらに追撃する。
「オオオッ!」
体に刻み込まれた『伏見』が僕に火をつける。
殺意には殺意をもって応えるのが、伏見の流儀だ。
恨みはないが、僕の最初の敵として……敬意を示そう。
呼吸を整え、丹田に気を巡らせる。
生命の鼓動、血流、重力、空気圧。
それらを、混然一体にして体内で巡らせる。
今の僕なら、この感覚がわかる。
『回転』を『螺旋』に。
『螺旋』を『点』に。
そして、『点』を相手に向かって『線』に。
何度も僕を殺しておきながら「お前は守れ」と送り出してくれたあの男の教えを、忠実に実行していく。
呼吸を吐き出しながら、『竜牙兵』へ、“それ”を撃ち込む。
次の瞬間、破砕槌を打ち込んだような鈍い轟音とともに『竜牙兵』が吹き飛んだ。
きりもみ状に高速回転しつつ、腕と足を分離させながら勢いよく転がり、玉座の間の半分ほどいったところで、停止。
片手片足を失いながらも、しばらく立ち上がろうともがいていたが、それは徐々に灰のようになって散った。
「ほお……!」
驚いた顔で、黒竜王が声をあげる。
「酷いよ、アン」
「何が酷いものか。いくらか加減したとはいえ、我の作った『竜牙兵』が手も足もでぬとは! いささか驚いたの」
「自分でも驚いています」
手を握ったり開いたりして、感覚を確かめる。
全身をめぐる気の流れが、いまだにはっきりと感じ取れるほどに、調子がいい。
「アレをあれほど凌駕できるなら、この世界のどこへ行っても、そうそう危険なことはなさそうじゃな。それこそ竜族にでも会わん限りはの」
この世界での自分の実力を測りかねたが、黒竜王がそう言うのであればそうなのだろう。
何せ、そう評価したのは他ならぬ、世界最強の種族なのだから。
「外の世界に出ても、問題なさそうじゃのう」
僕が外界への不安の一つとして考えていた生存能力に関しては、どうやら自衛できるレベルにあるようだ。
肝心の【探索の羅針盤】はまだ見つからないわけだが。
長い年月で失われたか、あるいは見落としているか。
正直、そんなもの見つからなくてもいいと思い始めてもいたが、ミカちゃんがこちら側に飛ばされてきていない、という確証が──安心がほしかった。
「ユウ」
考えあぐねていると、アナハイムが手のひらに銀色の懐中時計のようなものを出現させた。
「これが【探索の羅針盤】じゃ」
「アン……見つけてくれたんですか? いつの間に」
握らされたそれとアナハイムを交互に見ながら、僕は何とも言えない不安に襲われる。
これを使ってしまえば……もしミカちゃんがこちら側に来ていたと知ってしまったら、もう後戻りはできないのだ。
「いいや、ユウ。見つけたのではない。隠しておったのよ。お主を引き止めるためにの」
「……アン」
アナハイムのは俯いたまま言葉をつなぐ。
「じゃが、お主ほど龍血となじみ、『竜牙兵』を難なく退ける力があれば、もう安心じゃ」
「……アン?」
絞り出すような、アナハイムの言葉がひどく重い。
「じゃから……お主は……お主は安心して同郷の女を探しに行くがよい。なんなら、そのまま──……」
「アン、少し黙って」
アナハイムをそっと抱き寄せる。
たびたび僕の記憶を読んでいるのだ。
ミカちゃんのために、僕が旅立つことを止められないことも、僕が本気でアナハイムのことを親しく感じていることも理解しているはず。
「昨日も言いましたけど、少しの間だけです。見つければすぐに戻ってきますよ」
「信じておる。信じてよいのじゃろう?」
「当然です。僕は黒竜王アナハイムの雑用係で友人ですよ?」
「ならば、よい。待つのは慣れておる」
お互いを抱きしめ合う。
お互いがお互いを理解しうる時、言葉を重ねる必要はあまりないのだから。
アナハイム編も後少しです('ω')