第102話
結果からすると僕の予想はわずかにはずれ、ウォン学園長との面会は二日後の朝に設定された。
それでも、かなり早い。この規模の都市の長ともなれば王にも等しい立場の人間で、普通に面会するには相当な手間と時間がかかるはずなのだ。
ちなみに僕がやったことといえば、ギルドからその足で学園へ向かい、受付の女性にイェンから預かった指輪を見せて「アナハイムの弟子が緊急の要件で来たと伝えてください」と伝えただけだが……どうやら、これが効果てきめんであったようだ。
驚いた様子で「確認します」といったん奥へ引っ込んだ受付の女性が、数人の緊張した面立ちの教授たちを連れて戻ってくるのにそう時間はかからなかった。
イェンから預かった指輪を教授たちに示してみせると、彼等は黙ったままお互い頷き合って「少し待っているように」と僕たちに告げて駆け足でその場を去っていった。
しばしして、もどってきた壮年の教授が「学園長は外せない予定があるので、もう一度訪ねてくれるだろうか?」との提案。
それに対し、僕は「わかりました。でも、先を急いでいるので、明々後日にはここを発ちます」と笑顔で返答すると、その場で日程が明日に決まったという訳だ。
教授のややひきつった顔に、少しばかり申し訳ないわがままをしてしまったと反省している。
──そして、現在。
僕たちはまた『ヴォルタック市場』へ引き返してきていた。
先ほどよりも、さらに人通りは減っていて、市場自体は歩きやすくなっているものの昼休憩に入ってしまったのか、いくつかの店は『休憩中』の札がかかって閉まってしまっていた。
「ねぇ、ユウ。どういうことなのか説明してくれるかしら?」
「ええと……」
ルリエーンがいよいよ我慢できなくなった様子で僕を問い詰める。
その真っすぐな視線から少し目を逸らして、僕は口を開いた。
「学園長さんは僕のお師匠さんの知り合いなんだよ」
「え?」
「五百年以上前のね。名前を聞いて思いだしたんだ。師匠にウォンってハイエルフが戦いを挑んで負けたって」
「え?」
「しかも、いろいろやらかして師匠には頭が上がらない、みたいな話は聞いてた。だから今回、師匠の名前を出せばきっといい反応が返ってくると思ったんだ。それにイェンの指輪には竜を表す古代文字が彫られてるから、聡明な学者さんたちは僕が何を言わんとしてるか分かったはずだよ」
「え~……ちょっと、ショックかも」
ルリエーン曰く、〝学園長〟ことウォンはエルフの中でも上位に位置するハイエルフであり、ルリエーンをはじめとするエルフの中では生ける伝説として憧憬の対象であるらしい。
現在千歳は超えてなおその力は絶大で、様々な国や勢力が群雄割拠する第二層大陸において、学園都市が侵攻対象にならない理由の一つが彼の存在なのだとか。
だが、僕は知っている。
そんな彼にも若い時の失敗談はあるのだ。
黒竜王の墳墓迷宮に挑み、そしてその攻略に失敗したというのは、歴史に記載されない若気の至りに違いない。
実力は当時から高かったのだろう。なにせ、黒竜王の墳墓迷宮の最奥に辿り着けるほどだったのだから。
きっと、プライドも高かったはずだ。色鱗竜を侮るほどに。
なまじ実力があったが故に、彼は黒竜王の墳墓迷宮の最奥にたどり着いてしまった。
そこで彼は、イラついていた黒竜王に完膚なきまでに叩きのめされ、小便を漏らしながら命乞いをし、ため息交じりに黒竜王に赦された過去がある。
黒竜王の口から直接聞いたことだから確かだ。
……このことはルリエーンにも話さないでおこう。
エルフの英雄だと信じられている人物の情けない話など、きっと聞きたくはないだろう。
「ところで、ユウが目立ったおかげで誰かにつけられてるけど、どうする?」
ルリエーンが昼食のメニューでも聞くような雰囲気で僕に問いかける。
「あ……薄々気づいてたけど、やっぱりですか……」
「やっぱりなのよ」
二人で露店の果物を品定めしながら話す。
追跡者からすれば全く気が付いていないようにみえるだろう。
「ちなみに学園都市での戦闘行為は?」
「もう、入国したときに確認しておかなきゃダメでしょ。そうでなくても突発的に戦っちゃう性質なんだから」
とんでもない言われようだ、と苦笑する。
僕だってやりたくてやっているわけじゃない。
「すいません。善処します」
「正当防衛は認められてるけど、現状での先制攻撃はそう認められないと思うわ」
「身元はどうですかね」
「十中八九、学園の人だと思うけど」
「じゃあ、このまま無視して買い物を続けましょう。せっかくなので僕たちが旅立とうとしていることをしっかりと確認してもらわなくっちゃ」
「そうね、そうしましょう。追跡能力からしてさほど手練れとも思えないし」
そう結論を出した僕たちは、露天が立ち並ぶ『ヴォルタック市場』での買い物を楽しむことにした。
◇
『六子亭』へ帰った僕とルリエーンは、部屋で本日の戦利品を整理していた。
まず、刀帯は僕好みのいいものが見つかった。
体にぴったりとつけることができるので、動いても邪魔にならない優れものだ。
次に治癒の魔法薬や治癒の塗薬などの薬品類。
これは並んでいる在庫をかなり片っ端から買った。
白魔法が使えない僕らは、これが命綱になる。
あと、僕は新しい鎧も購入することができた。
きっかけは『ヴォルタック市場』の片隅にあった、小さな露店である。
店には胸当てや手甲などの部分鎧が所せましとならび、看板には『武具全般・全身鎧のオーダー承ります ロウェン』と書かれていた。
僕とルリエーンが鎧を物色していたところ、店番らしき女性が声をかけてきたのだ。
「お客様はおそらく、速度を重視した近接戦闘を多くされる方でしょう? でしたら体の動きを阻害しない、こちら組み合わせと……そうですね、このベルトと下衣でいかがですか。このベルトは幅広で背部と腹部を広めにカバーできますし、この下衣は真銀製の糸を編み込んであるので動きやすく、かなり丈夫です。脚部甲はこのブーツで代用されれば平常時も戦闘時も兼用できます」
次々と部分鎧を選んでいく女性に促されるまま試着してみると、しっくりといった言葉が体現されたように僕の体にぴったりだった。
値段は想定よりやや高くなってしまったが、胸当てやブーツは魔法道具を手直ししたもので、相対的にはお買い得だったのかもしれない。
ルリエーンもいくつか見立ててもらい、僕たちは店を後にした。
その後は尾行を適度に連れまわしながら観光し、日が傾いてきたころに宿に戻ってきたわけである。
「これで準備はほぼ整った、かな」
「ええ。十分だと思うわ」
ウォンと面会したらすぐにでも西へ旅立つことができる。
『白の教団』に関しては、新興の宗教でそれなりの勢力だという以外は特に目新しい情報はなかった。
単純に詳しい情報が流れてきていないか、あるいは情報が秘匿されているか。
どちらか判断はつかないが、やることは変わらない。
そういえば、と僕は二通の手紙を取り出す。
ばたばたしていて後回しにした結果、すっかり開けるのを忘れていた。
どちらの封筒にも差出人の署名はない。
まずは一通を開けてみる。
中身は、黒いカードとメモ。
メモにはただ「健闘を祈る」としか書いていない。
なんだろう、これ。
「これ、なんでしょうか?」
「これ……学園戦の参加チケットじゃない?」
「学園戦?」
「そう、ここ学園都市で毎年行われるトーナメント制の闘技大会よ」
「なんで僕に?」
「わからないわ。でもそのチケット、ユウの名前がちゃんと記載してある。誰かの差し金ってことは間違いなさそう」
「ううん、無視しよう。次、あけますよ」
次の封筒には中の手紙に差出人の記名があった。
漢字で大和田健吾、と書かれている。
中身も日本語で書かれており、ルリエーンが怪訝な顔で手紙を覗き込んでいる。
『門真へ 念のために、この手紙を残しておく。『白の教団』の総本山はこの都市から西に行ったローレリア王国にある。ここから馬車で第二層大陸横断街道を二週間ほどの距離だ。本題はここからだが、連絡員の話によると教団員全てに召集がかかっているらしい。何か大きな動きがあったのかもしれない。お前のことは途中で保護した『渡り歩く者』という名目で神殿に入れるようにしておくので、ローレリアに到着したら冒険者ギルドに顔を出しておいてくれ 大和田健吾』
大和田はそれなりに約束を守ってくれているようだ、と僕はやや安堵した。
正直、裏切るだろうなと思っていたので、律儀に寄越されたこの手紙には少々驚かされたが。
それにしても、『白の教団』で大きな動き?
これは少々気がかりだ。
「どうする、ユウ? 急いだほうがいいなら私はすぐにでも出られるよ」
「いえ、予定通りウォン学園長に会ってから向かいましょう。この情報が今後の僕たちに重要となる可能性が高いですし」
「そ。じゃあ今日はゆっくりしましょ」
まずは学園長ウォンから情報を引き出すことが先決だ。
僕はベッドにごろりと横になりながら、今後の計画を組み立て始める。
しかし……そんな僕の予定を鮮やかにぶち壊し、あざ笑うかのように、『六子亭』の外で騒ぎが起きていた。