第101話
何もかもがスケール違いだ、と僕は驚きを隠せないでいた。
もしかすると、おのぼりさんに見えてしまうだろうか?
あたりをキョロキョロを見回す僕の姿はまさにその様相だっただろう。
ちなみにルリエーンはそんな僕を見ながらどこか微笑ましいものを見る顔をしている。
恥ずかしいからやめてもらえないだろうか。
だが、それほどに第二層大陸の冒険者ギルド本部は巨大で立派だった。
まるで小さな城のような大きさのそれは、僕の通っていた学校ほどの大きさに見える。
見たところ、建物は四階建てで一階部分には複数の出入り口が設置されており、それぞれの出入り口に案内係らしい人物がそろいの制服を着て立っている。
まるでホテルか百貨店のようだ。
「驚いた。こんな規模だとは思わなかったよ」
「驚いたでしょ? 学園都市のギルド本部は世界一だって言われてるくらいよ」
なるほど、とうなずくと僕はルリエーンとともに一番近い中央の扉に向かった。
扉は自動ドアなのか、人が通る度に開閉を繰り返している。
トロアナのどこか野蛮で素朴な冒険者ギルドが懐かしくなってしまうレベルで文化的だ。
「いらっしゃいませ、こちらに冒険者証をご提示願います」
入口に立っていた女性の案内係が笑顔で扉のわきに設置された小型の水晶板を指さす。
ルリエーンと二人、首から下げていた冒険者証を差し出された水晶板の上に置いた。
瞬間、なにやらポーンと音がして、扉が開く。
まるで自動改札みたいだ。
「ユウ・カドマ様ですね。連絡事項がございますので、二階サービスカウンター11番窓口のBへお寄りください」
入口に立っていた女性が、扉を通った僕に小さな金属の札を差し出す。
札には『2F-11B-331』との刻印。
なるほど、この自動改札もどきで個人情報も管理してるということか、と一人納得する。
実に合理的で機能的だと思う。
この文明的な様子は、僕のような甘ったれた日本人にはむしろなじみ深い。
「わかった、ありがとう」
札を受け取って、ルリエーンにうなずく。
「なんだかよくわからないけど、まずはここでいいかな?」
「ええ。用事は先に済ませちゃいましょ」
頷いたルリエーンが「階段はそこだよ」と指さす。
見ると、壁に沿って幅広の階段が設置されていた。
一階と二階は吹き抜けになっており、多くの冒険者でにぎわうその喧噪たるや、なかなかのものである。
壁に大きく提示された案内を見る限り、一階は依頼カウンター、二階は総合カウンターや個別の窓口、三階、四階は各種の事務部門などの専門フロアになっているらしい。
さらに地下は酒場と訓練場になっているとのこと。
本当に大規模だな、とただただ驚きながら階段を上っていく。
二階に上がりきると、ずらりとカウンターが所狭しと並び、天井からは番号を振った吊看板が見やすいようにかかっている。
カウンターの中では統一された制服を着たギルド員がそれぞれ訪れた冒険者や依頼者らしき一般人に対応しているのが見えた
一階の案内板を見た時から思っていたが……まるで役所のようだ。
トロアナで見てきたの冒険者ギルドにあった雑多な感じが非常に希薄で、整然とした風景は逆に違和感が強い。
しかも、闊歩しているのは鎧やローブを着た冒険者である。
脳がバグを起こしそうだ。
「えーと11番窓口は……、あった」
窓口は木製の仕切り板で席が二つに分かれており、そのうちの『B』と書かれた窓口にはちょこん、と表現するのにふさわしい小さなギルド員が座っていた。
ちらっとルリエーンを見るが、ルリエーンも首を小さく横に振ってこたえる。
「番号札を拝見」
「あ、はい」
そう促されて、僕は入口で渡された金属の札を目の前の小人サイズのカエルに渡す。
そう、カエルである。
いや、正確にはカエル型の獣人なのだろうが、あまりにもカエルだった。
「ちなみにオレは獣人じゃないからな」
僕の考えを見透かすように、受付のカエルが器用にウィンクする。
そして、奥の『331』と刻印された棚から、白い封筒と茶色い封筒、それと一枚の紙を取り出して席に戻ってきた。
「えーっと……手紙がまず2通。確認してくれ」
手渡された封筒を確認し「確かに」と返事した。
「それとこの書簡が1つ」
そういって丈夫そうな紙がくるくると巻かれたものを僕に手渡す。
それは指輪で閉じられており、指輪を固定する形で赤い蝋で封がされていた。
「これ、誰からですか?」
「手紙は預かった者が別なのでわからないな。書簡は開けりゃわかる」
カエル職員の物言いに、やや不思議さを感じつつ僕は頷く。
「とにかく、用件は以上だ。お前の冒険の無事を祈るよ」
「ええ、ありがとうございます」
カエルの職員に軽く会釈して、僕はその場を離れた。
カウンターから少し離れた休憩スペースに腰を落ち着けて、僕は手紙と書簡を見る。
「どうしよう?」
「手紙はともかく、伝言から先に確認してみたら?」
ルリエーンに促され、僕はメモを封印していた蝋をはがした。
広げた紙には達筆な文字が踊っていた。
『血の連なりを持つキミへ
ここに一つの提案であり、一つの忠告であり、一つの道を示す。
学園長ウォンに会いたまえ。
彼は隠された真実の一端と、君にとって重要な秘密を明かすだろう。
その際、この書簡に添えた指輪を託す。
この指輪を学園長に見せれば、聡明な彼はきっと気が付くはずだ。
いずれまた、縁が交わることを願って。
──白師』
「ごめん、ルー。どうやら予定ができてしまったみたいだ」
「イェンってあの……炎を使う子だったよね」
「そう。そしておそらくだけど、僕の師匠と同族だと思う」
うすうす感じている、この妙な感覚。
イェンはおそらく人に化けた色鱗竜だ。
しかも、黒竜王と同等クラスの。
なぜ、人の社会にいるのかは不明だが。
「とにかく、悪性変異関連のことだと思う。出発前に会っておきたい。もしかすると何か対策や情報ががあるのかもしれない」
「でも、学園都市の学園長って言ったら国王みたいなものよ。そうそう簡単に会えるのかしら?」
首をかしげるルリエーンに、僕は指輪を見せて小さく笑う。
「おそらく、簡単に会うことができると思うよ。それこそ今日、明日中にでもね」