第100話
──ルーピンたちと別れた翌朝。
僕とルリエーンは、まず冒険者学園都市を知るために、歩き回っていた。
トロアナ大陸の都市よりもずっと都会じみており、階層が違えばこうも違うのかと驚くことばかりだ。
「人が多いね」
「ホント、どこもかしこも人だらけね。ドゥナの都市はどこもこうなのかしら?」
まずは市場調査と向かった冒険者通りは朝から賑わっていた。
いや、朝だから賑わっているのかもしれない。
この都市は冒険者学園都市だ。
聞く話によると、都市人口の半分近くが冒険者資格を持つ人間で、その七割ほどは現役の冒険者であるという。
つまり、この場所に買い物に来る客といえば、冒険者やら探索者やらの部類しかいないというわけだ。
彼らの多くは朝依頼を受諾し、太陽が中天にかかる前に準備を整えて出発するのがセオリーであるため、もしかすると僕らは最も混みあう時間に来てしまったのかもしれない。
「ユウ、とりあえず思いつく必要なものをリストアップしましょう」
「そうだね……ええと、何が必要だっけ?」
軽く唸りながら僕は、『小太刀用の刀帯』、『食料品』、『治癒の魔法薬』とひねり出すように口にしていく。
購入すべきものは、そう多くない。
塔攻略の際に準備したものの消耗が少なく、旅に必要なものはほとんど魔法のポーチに入っている状態だ。
「せっかくの『ヴェルタック市場』だっていうのに、ユウはマイペースね」
と、ルリエーンが困ったような笑顔をする。
『ヴェルタック市場』は冒険者学園都市において最も冒険者たちに愛される冒険者通りだ。
この通り自体が一つの商店として機能しており、数々の商店、露店、専門店、古物店が軒を連ね、およそ冒険に必要な道具のすべてがここで揃う、とすら言われているらしい。
とはいえ……『ゲームでいうところの隠しダンジョン』ともいえる『黒竜王の墳墓迷宮』の最深部出身の僕である。
普通、人の手に収まるはずのない高位古代遺物やら魔法道具を大量に手にしてしまっているわけで、そうそう目につくものがあるとも思えない。
今のところ、この市場通りにおいても必要なのは、消耗品と刀帯だけだろう。
「他に何か欲しい物はないの? 実用品でなくてもいいのよ?」
「ううむ……後は強いて言えば、僕の殺撃に耐えられるグローブがあれば」
「残念ながらそれは見つからなさそうね……」
「ですね。それに素手で困ってるわけでもないですし」
僕の苦笑に、ルリエーンが小さくため息を吐く。
少し困らせてしまったようだ。
「ね、ユウ。買い物があまりないなら、先に冒険者ギルドにいかない?」
「ギルドに?」
「えぇ、ここは第二層大陸のギルド本部がある場所だから、なにか情報があるかもしれないわ」
ルリエーンの言う事はもっともだ。
『白の教団』が第二層大陸においてどのような立ち位置にあるのか、危険視されているのかなどは、調べることができそうではある。
それに、もしかすれば自分と同じ『漂流者』の情報が手に入るかもしれない。
「では、そうしましょうか」
「えぇっと……ギルド本部は中央区ですって、馬車のる?」
「いいえ、歩いていきましょう」
「やっぱりね」
僕の返答ににこりと満足げな笑みを浮かべるルリエーン。
わかっていたが、聞いてみただけのようだ。
すっかり僕は彼女に隠し事ができなくなっている。
日本という比較的閉鎖的な世界の中で、高校生という不自由な場面を過ごしてきた僕にとって、こうやって見知らぬ世界を旅するというのはまるで想像もつかない現在である。
急ぐ旅ではあるが、知らない街を歩く楽しみを少しは満喫しておきたい……というのが、僕のささやかなわがままなのだ。
「ルーは市場で買うものはなかったの?」
しばらく歩いてから、僕は聞きそびれていたことを質問する。
僕という奴は気が利かない。普通は最初にそれを尋ねるべきだろうと後悔してしまう。
「私? 私は特に。それよりも、ユウのその革鎧。修理するか新しく買いなおさないといけないわね。ずいぶん傷だらけだし」
黒竜王にもらったこの革鎧を手放す気はない。
しかし、ルリエーンの言うとおり旅立ちからずっと装け続けたこれは、度重なる戦闘でかなり傷んでしまっていた。
壊してしまっては元も子もない。
「そうですね。治癒の魔法薬の追加も必要ですし、ギルドに寄ってからまたここで物色しましょう。修理と購入だったら、購入のほうが時間短縮になりますか?」
「そうね……革鎧なら、ある程度体に合ったものを選べば、少しの調整で大丈夫だから今日中に何とかなると思う」
ケイブが着ていたような全身金属鎧ならいざ知らず、革や布を土台とする防具の多くはサイズさえフィットしていれば、調整ベルトと部分パーツの取り換えで事足りることがほとんどだとルリエーンは説明してくれた。
そんな話しながら歩くと、必要な道具類やあったら便利なものが自然と思い浮かんだ。
(ここで買えるだけ買ってしまおう。この先、ゆっくりと補給できるかわからないし)
【隠された金庫室】や魔法のカバンに入れておけば邪魔にはならないし、いざとなれば【安息の我が家】にだって収納しておける。
ミカちゃんの状況にもよるが、帰りは三人になってる可能性だってある。
いや、場合によっては人数がさらに増えてる可能性もあるくらいだ。
甘っちょろい考えかもしれないが、大和田兄妹も『白の教団』から引きはがす必要があるかもしれないし、そうなれば消耗品はあるだけあったほうがいいかもしれない。
そして、懸念がもう一つ。
もし、『白の教団』が本当に『邪神』に由来するものであれば、そこに所属する『渡り歩く者』全員を相手取って戦うことになるかもしれない。
いや、そのとき……僕は戦うだろう。
──黒竜王のために。
黒竜王の千年の孤独を、無駄にさせるわけにはいかない。
「ユウ? 大丈夫?ちょっと怖い顔してたわ」
いつの間に考え込んでしまっていたようだ。
「あ……あぁ、すみません。この先、『渡り歩く者』と戦闘になる可能性が高いと思うと、ちょっと考えちゃって」
「そうならないためにオオワダを先行させたんでしょ? あまりネガティブに考えすぎないほうがいいわ」
「そう、だね。ありがとう、ルー。できることをやっていこうと思う」
「それがいいわ。ほら、見えてきた。冒険者ギルドよ」
ルリエーンの言葉に顔を上げると、目的の冒険者ギルド会館は、もう目の前だった。