第10話
今日も更新頑張るぞい('ω')
本日は4話更新の予定です
沐浴をした翌朝(暗くて時間はわからないが、『目が覚めれば翌朝である』と僕は定義した)、隣で眠る美少女黒竜王を起こさないように、鷲獅子の寝椅子からそっと起き出した。
寝不足だ……。
アナハイムが「今日は一緒に寝るとしようかの……よもや拒みはせぬよな?」といって同衾を譲らなかったためだ。
「今まで一度もそんな事言わなかったじゃないですか」と軽く拒否すると、涙目になったアナハイムが右手に件の青い炎を構えたため、首を縦に振らざるを得なかったという事情もあるが。
ため息一つついて、準備運動をはじめる。
念入りに体をほぐし、深呼吸で息を整える。
昨日感じた違和感を確かめるためだ。
普通ならば、だ。
あのようなものに襲われた僕が助かるはずなどない。
体の調子が良すぎる。
しばし、走ったり跳んだりしてわかったことは……僕という人間は、人間という範疇を少しばかり超えてしまったという事実だ。
そもそも、魔法道具を楽々運べてしまう時点でおかしいと気がつくべきだった。
やはり、と僕は実感する。
以前は感じなかった、筋肉の漲る感触。
動きを制動する際のしなやかな体幹制御。
定型の動作であっても、速度やキレが以前と段違いになっている。
「ユウ」
いつの間にか起きていた美少女黒竜王が、あられもない姿で寝椅子から体を動かす僕を見ていた。
健全な男子高校生には少々刺激が強いので、隠すとか何とかしてほしい。
「おはよう、アン。起こしちゃったかな?」
「いいや、起きておったよ」
思わず、「ウソおっしゃい」と言いそうになったが、声にはださずアナハイムの横に腰を下ろす。
「アン、少し確認があるんだけど……」
「なんじゃ?」
「この世界に来た異世界人はみんな強くなるのかな?」
ライトノベルなんかの小説ではよくある設定。
下位世界がどうのこうので、地球出身だとやけに強い……みたいなの。
僕の質問に、アナハイムがギクリと一瞬固まり、目を泳がせ始める。
「そうかもしれんし、そうでないかもしれん」
「どっちなんですか?」
視線を雄弁に泳がせながら、アナハイムはじわりじわりと僕から離れようとする。
「今正直に答えると、25%OFFでポイント5倍ですよ。さらにダブルチャンスで温泉旅行宿泊券があたる抽選に参加できます」
「よくわからぬお得感を振りかざして我を追い詰めるのはやめよ」
もじもじとした様子のアナハイムが、こちらを上目遣いに見る。
何ともいじらしいことでドキリとする。
「怒るでないぞ?」
「もう何があっても怒りも驚きはしませんよ」
「本当かの?」
「ええ、誓って怒らないと宣言しましょう」
アナハイムが、作り笑いを浮かべて告げる。
「実はの……半分竜族にしたのじゃ」
「えっ」
「えっ」
「死霊魔法の影響などではなく?」
「お主に死霊魔法はかからなかった。命を拾い上げるのに肉体の賦活が必要だったのじゃが……」
と、アナハイムはしどろもどろに血の円環のことや竜人のことを説明した。
「なるほど。うん、納得できました」
「……怒らぬのか?」
「蘇生自体が奇跡みたいなものですし、全然気になりませんよ」
実際のところ、腐った体で意識があるほうが問題だろう、と僕は背筋をふるわせる。
危ないところだった。
「しかし、ふむ……いい動きをするのう。何か心得があるのかの?」
「いえ、特には」
「ならば、才能か……。そうじゃ、ならばこれを使ってみるかえ?」
整理された財宝の中から、アナハイムが拳大の宝石を一つ拾い上げる。
「それは?」
「【追憶の結晶】という。難しい説明は省くが……人の記憶が結晶化したものらしい」
「らしいとは?」
「我は竜じゃからの。これを使えぬのだ。かつて、邪神との戦いで活躍した英雄の記憶が封じられておると、先代からは聞いておる」
渡された紅い結晶を覗き込むと、内部では小さな光が明滅して、美しい幾何学模様を浮かび上がらせている。
直後、僕の意識はそれに吸い込まれるようにして、暗転した。
* * *
早送りで映像を見るように、高速で記憶が流れていく。
……実感を伴って。
僕は今、この人の人生をたどっている。
幼少期から修行漬けの日々。
苦難の末に得た小さな幸せ。
突如奪われた平穏。
戦士として、立ったあの日。
そして、命が散るその瞬間。
全てを終えて、僕は『彼』と向き合って立っていた。
「俺の人生は、どうだった?」
「とても、辛かったです」
「で、あろうな」
黒髪の若い男が笑う。
「だが、幸せもあった」
「でも、奪われた」
「そうだ。その時、俺は守り切れなかったんだ」
あの邪神が押し寄せる軍勢が、この男の何もかもを奪い去った。
復讐者として男は、戦士に立ちもどり、戦士として死んだ。
人の生きざまでなく、修羅としての生き様で生涯を終えた。
「さて。お前なら、俺のこれを何に使う?」
「──守る、ために」
「甘い」
男がぴしゃりと言い放つ。
「『伏見流交殺法』は、殺す為にある。森羅万象全てを殺して、常勝無敗の内に頂点へと至る『力』だ」
「知っています」
この男を追憶した僕にはわかる。
これは暴力の頂点ともいうべき力だ。
『──あらゆる戦場で殺し』
『──あらゆる戦場で活き』
『──あらゆる戦場で勝つ』
ありとあらゆる戦場で常勝し、力の限りを尽くして敵対するものを蹂躙する。
積み上がった死体を数えられるようでは、いまだ半人前。
それが判別できぬほどに殲滅蹂躙してこそ一人前。
奪う命の種類は人に限らず、敵対する者は何であれ伏見の流儀の範疇。
人であれ、獣であれ……それこそ、神であっても殺す。
僕が彼を通して追憶した『力』は、そんな物騒な古武術である。
「どう守る?」
「殺して」
僕の即答に、男が口角を上げる。
「なまっちょろいと思ったが、なかなかどうして……資格があるようだ」
「資格?」
「その言葉を躊躇わず言えるものだけが、『伏見』を得る資格がある」
僕の周りは、いつも敵だらけだった。
害されるのもいつも僕で、守られるのもいつも僕だ。
僕は自分の弱さを知っている。
だからこそ、躊躇いはしない。
この男と同じ状況になったらどうするか、とずっと考えていた。
無力な自分と無力ではなかったこの男を重ね合わせて得た答えが、それだ。
躊躇は必要ない。
討たれる前に、討たねばならない。
敵となるものを徹底的に蹂躙し、生存権を踏みにじり、慈悲をドブに捨てる。
それができなければ、この『力』を振るう権利はない。
その覚悟がなければ、守ることなどできやしない。
だから、殺す。
殺して、守る。
耐えるなんてもってのほかだ。
全部叩き潰して、ぶちまけて、その上でしか守れないものがある。
「いいだろう、貴様に俺の『伏見』を授ける。今この瞬間から、それは始まる」
男の言葉が終わった瞬間、腹に風穴があいた。
熱さの後に激痛が走り、口からは血の塊が吐き出される。
「安心しろ。ここで死ぬことはない。死ぬほどいたいだけだ」
「……!」
「いい目だ。さぁ、時間がないぞ、小僧。さわりだけ教えてやる……『伏見』が何たるかを、刻み込むがいい」
いかがでしたでしょうか('ω')