第1話
リブート版、開始('ω')
以前よりも読みやすく、マイルドにしております……!
「ここは……?」
真っ暗闇の中、僕は目を覚ました。
口の中はからからに乾いているし、喉もひりひりする。
でも、僕の口から最初に出た言葉はこれだった。
全身がひどく痛む。
しかし、逆にその痛みが僕に生きているという実感をもたらした。
何が起こったかはわからないけど、僕は運良く生きているらしい。
それにしても、ここはどこだろう?
目に映るのは暗闇ばかりで、何も見えやしない。
周囲はやけにヒンヤリとしているが、ひそやかな空気の流れは感じる。
「ほう……驚いた」
うなるような低く、くぐもった声が周囲に反響した。
その声に、全身が粟立つ。
「誰か、いるんですか?」
「いるとも……小さき者よ。お主のすぐそばにの」
すぐそばに気配は感じるが、声が反響してどこにいるかはわからない上に、探そうにも周囲は完全な暗闇。
さらに言うと、自分の状況もわからない。
「暗くて、よく……見えないんですが」
「そうであろうな。我に灯りは必要ないからの」
痛む体を無理矢理に起こし、ぐるりと周囲を見回してみる。
そして、目が……合う。
完全な暗闇の中、金色に輝く大きな双眸がこちらを見据えていた。
僕は一瞬たじろいだが、向けられる視線に敵意も殺意もまったく感じられない。
むしろ、その瞳の光はやさしいとすら思えた。
「あなたは……?」
「異郷の小さき者よ。名を請う時は自分から、という決まりはこの世界だけのものかの」
「あ、……っと。失礼しました。僕は門真──門真勇と言います」
「重畳重畳……礼儀をわきまえた異郷の小さき者、カドマよ。我が名はアナハイム」
ごう、と大気が震えて、真っ暗闇だった洞窟が炎の灯りに照らされる。
映しだされたのは、ゲームや本などの空想世界ではよく見る、あの魔物の姿だった。
「見てのとおり、ドラゴンよ!」
黒く、テラテラひかる鱗に覆われた巨大な体躯。
それに見合った巨大で鋭い爪、強靭そうな顎を持つ口、そこから覗く連なった大小の牙。
そして黄金の双眸。
なるほど、たしかにドラゴン以外の何者でもなかった。
「ほう……驚かんのだな? 大体の者は恐怖して逃げ出すか、叫びだすかするものだが」
「い……いえ、驚いてますし、失礼かもしれませんが恐ろしいですよ」
「そうであろう、そうであろう」
満足そうに鷹揚に頷く巨大なドラゴンを見上げながら、このドラゴンに妙な気安さを感じた。
気安さついでと言ってはなんだが、目の前の黒竜に疑問に思っていたことを問いかけてみる。
「あの、僕……どうなったんですか?」
「うむ、死んでおった。心臓も止まっておったし、肩は半ばもぎ取れていたし、骨も内臓もズッタズッタじゃったな」
聞かなきゃよかった!
……しかし、それならそれで、次の質問が必要だ。
「なぜ、僕は生きているのでしょうか?」
「どこから来て、どこへ行くのか……。お主はなかなかに高尚な哲学を嗜む様じゃな」
「いえ、そういう意味ではなく」
思わずツッコミを入れてしまったが、相手はドラゴンである。
機嫌の一つも損ねれば、一瞬で二度目の死亡を体験するハメになるのは明白だったが、あまりのボケっぷりにツッコミを入れざるを得なかった。
自分の半分に流れる関西の血が憎い。
「その件に関しては、お主の了承を得ずにやったことだ。もし、今すぐ死にたいというならすぐにでも屍に変えてやれるがの」
黒竜の口元からちろちろと青い炎が見える。
「……? いえ、いえいえいえいえいえいえ! けっして、そんなことは!」
後ずさる僕を見て黒竜王はにやりと笑う。
ドラゴンの表情などわかるはずもないのに、何故か確かに笑ったと感じられた。
「カドマよ、お主は異郷から落ちてきたのじゃろう。越界の影響でお主はボロボロになってな、我の目の前に落ちてきたのよ」
「そんな……!」
「世界が重なったときに、足を踏み外す者はたまにおる。お主もの、その一人ということよ」
異世界転移……?
そんな安っぽいライトノベルみたいなことが自分の身に起こるなんて。
いや、現実として目の間にドラゴンがいるのだ、無理やりにでも信じるしかない。
「その、最初の質問に戻りますけど、どうして僕はまだ生きてる……いえ、生き返ったんですか?」
しかも、五体満足で。
体は痛むが、先ほど告げられた状況とはまるで違う。
「我の戯れの結果よ。許せ」
「どういうことですか……?」
「怒るでないぞ? ……お主の屍にな、死霊魔法を使ってみたのじゃがな……」
「えっ」
「えっ」
「いえ、失礼しました」
「何故かうまくいかなくての。何度か試しておったら、しまいにはブリッジしたまま走り回る始末よ」
「えっ」
「えっ」
閑話休題。
……話を要約すれば、こうだ。
いきなり降ってきた新鮮な屍を、雑用係にするべくアンデッド化の魔法を施そうとしたが、誤作用が多く、うまくいかなかった。
ならば、半分生き返らせてから竜眼の力で従属させよう(あの金の双眸はそういう魔力があるそうだ)と考え、戯れに再生の力を持った魔法道具を埋め込み、自分の血をぶっ掛けてみたら、今度は効果がありすぎて完全に生き返ってしまった、と。
「……ということで間違いないでしょうか」
「その通りよ。お主はなかなか理解がよいのう」
どうにもこのアナハイムという御仁は、大雑把に過ぎるらしい。
「もやっとするところが多々ありますが、命をもらったことに変わりありません。ありがとうございます」
正座し、深々と頭を下げる。
今はこれが精いっぱいだ。
「して、どうする? 故郷に返してやりたいのは山々だが、あいにくと我もこのような場所に引きこもっておるでな、方法がとんとわからぬ」
「そうですか……」
思ったよりも、がっかりしない。
僕はあの世界では『いらない人間』だったから。
僕、門真 勇という人間は、世間一般に言うところの『いじめられっ子』というやつだ。
両親に生まれて早々に見限られて捨てられた僕は、児童保護施設で育ち……順当に孤立し、当たり前に虐げられた。
やることがなくて、図書室で勉強ばかりしていた僕の成績の方はそこそこによく、特別推薦で高校に入ることができたのは、幸いではあった。
努力が認められるのは、何もない僕にとってうれしいことではある。
しかし、残念なことに……それは僕を迂闊に目立たせる結果になってしまい、結果として僕は高校という閉鎖空間の中で再び孤立し、虐げられた。
これまで通りに。いつも通りに。当たり前に。
あの日は、どうだったか。
クラスメートで唯一普通に接してくれる幼馴染──ミカちゃん──と少し話をしたことを覚えている。
何故か、僕を良く気にかけてくれ……時には守ってくれるあのクラス委員長さんと、文化祭の出し物について少しだけ話をしたんだった。僕が、文化祭委員だったから。
そして、そのやりとりをやっかんだ誰かに「生意気だ」と背中を蹴られて、周囲が急に光に包まれて……そこから記憶がない。
おそらく、そこで死んだか何かしてここに来たのだろう。
そうに違いない。
「……」
よくよく見渡せば、黒竜の鎮座するこの空間は、かなり広いにもかかわらずゴミとも財宝ともつかない物が雑然と散らばっている。
あまりの散らかしっぷりに、頭が痛くなりそうだ。
「僕は命をもらった身です。しばらくはお望みの通り雑用係としてお仕えします」
「帰還のことはよいのかの?」
「正直、あまり。僕は、必要とされない人間でしたから」
僕の言葉に、巨大な黒竜王が小さく目を閉じて、鼻先を寄せる。
「そのようなことを言うものではないよ、カドマ。少なくとも、我は久方ぶりの客人を嬉しく思う」
「助けてもらったのに、すみません」
「よい。じゃが、寂しいことを言ってくれるなよ?」
僕が言ったのは、命を救ってくれた黒竜王に対する冒涜だろう。
黒竜に頷いて立ち上がる。
「アナハイム様、とお呼びしても?」
「好きに呼ぶがよい。カドマよ。……して、本当にここにおるのか?」
「恩人に何の御礼もせずに帰るわけにはいきませんよ。身の振り方は後々考えていきます」
僕の返答に、黒竜王が少しうれしげに笑う。
何故それがわかってしまうのか、わからないけど。
しかし、思ったよりも……心地いい。誰かに、必要とされるのは。
──こうして僕は、黒竜の雑用係としての生活を始めることとなった。
いかがでしたでしょうか('ω')
しばらくは、ごりごり改稿してガンガン放り投げていきます……