おじさんのオトギリソウ
___おじさん____
私は気がつけばそう呼ばれる年齢になっていた。
私には誰にもいえない秘密がある。
それは、1匹のぬいぐるみをとても大切にしていることだ。
お察しの通り私は独身だ。
しかし、こんな私にもかつて”彼女”と呼んでいた女性がたった1人存在した。
彼女はぬいぐるみが好きな女の子だった。
彼女が特に大切にしていたのはクマの大ちゃんだ。
大ちゃんは私達の子どもなのではないかと錯覚する程、どこにでも着いてきた。
ベットの上、ソファーの上は当たり前。
旅行先、海、車の中、大ちゃんは隙あらば私達カップルの間に割り込んできたのだ。
大ちゃんは彼女が大切にしていたものだったし、彼の存在を特に気に留めることもしなかった。__
「もう、別れたほうがいいよね。___」
うすうす感じていた危機が現実と化した日がやってきた。
私は人生の最初で最後の彼女と別れてしまった。それはつまり大ちゃんとの別れも意味していた。
別れた日の夜、ベットがとても広く感じた。
いつもは3人…いや、正確には2人と1匹で川の字になって寝ていた。
彼女のためにとセミダブルのベットを買ったのがずっと昔のように思えた。
大きくなって快適なはずのベットが、なぜか、夜の孤独を一層強いものにした。
___「ん?」
足に何かが当たる。毛布を剥がしそれを確認した。
「中次だ…」
中次。それは大ちゃんの2周り小さなくまのぬいぐるみだ。たまに彼女が家から持ってきていたのだ。
どうやら彼女は中次を忘れて行ってしまったらしい。
けれど、「中次が家にいました。」と連絡するのも気まずい…。
とりあえず、今日はこいつと寝よう。
その日、初めて中次と2人で一緒に寝た。
一人ではないと思えた安心感からかその後はすぐに眠りにつくことが出来た。
その日から私は中次と一緒に寝るようになった。
中次は大ちゃんとは違いクールな男だ。どこかしこにでもついてくるような真似はしない。
そんな中次を私は気に入った。
それから私と中次の2人暮らしが始まった。
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私は今日も中次がいる家へと帰るのだった。________