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3 邂逅

◇◇◇



「うわあっ!!?」



 突然耳元で発せられた大声に、健二は今度こそ悲鳴を上げた。慌てて横を向くと、思いのほか近くに人の顔がある。さらに驚いた健二は、全反射神経を使ってそこから飛びのいた。


 驚愕に見開かれた健二の眼に、楽しげに微笑むひとりの少年が映る。



「うんウん、良い反応ダね!」



 そう言って、少年は満足したように笑みを深める。


 彼は、先ほどまで健二がいた場所のすぐ隣にしゃがんでいた。ちょうど健二の顔の高さで、クセのある金髪が白い光を受けて輝く。

 一体いつから、という疑問はすぐさま喉奥に飲み込まれた。


 美の化身とはこういうことなんだろうか、と健二は回らない頭で考える。

 あどけなさを残しながらも、10人中10人が『美しい』と言うであろう、整った顔立ち。弓なりに細められた眼は、瞳こそ見えないものの、髪と同じ黄金(きん)で縁取られていた。


 黙って少年を観察すること約十秒、健二はやっと我に返った。



「え…っと、どなたでしょうか」

「えエー、覚えテないの? 仁科健二クン。心外だナぁ」



 冗談めいた口調でそう言う少年。彼の目立つ容姿は一度見れば忘れないはずで、もちろん、健二には覚えがなかった。



(どうして名前を……)



 きつく握りしめた拳に、汗がにじむ。健二には、少年が得体のしれない化け物のように思えた。

 しかしなぜか、警戒心がスルリと抜けていく。

 健二は自分が初対面の人間を信用しないことを、よく知っていた。困惑したまま、呆然とその場に座りなおす。


 そんな健二に少年は、困ったような、穏やかな笑顔を向けた。



「……おかエり」



 初対面のはずなのに、慈しむような優しい声。それに機械音が混ざっているのが、不思議と健二の心に焦燥を抱かせた。その理由も分からないまま、返事をする。



「ただいま、帰りました……」



 言ってから、健二は首をかしげる。少年の声を、最近どこかで聞いたような気がしたのだ。おぼろげな記憶を辿って、健二は「あ」と声を上げる。



「もしかして、さっき水の中で助けてくれましたか……?」

「そう、そウさ! よク覚えていタね!」



 健二がそう聞くと、少年は表情をぱあっと輝かせた。喜びか驚きか、笑っていた目が丸く開かれる。


 そこで初めて、健二は少年の瞳を目にした。



「ありが──、」



 礼を言いかけて、硬直する。健二の視線は、少年のそれに釘付けになった。見てはいけないものを見てしまったような、そんな恐ろしい感覚が健二を襲う。


 少年の目は、先ほど健二が溺れた不思議な青を、そのまま閉じ込めたような色をしていた。

 それだけではない。その奥、瞳孔にあたる部分が、菱形に白く抜けていた。空虚がじっと、健二を覗く。


 それはちょうど、どこまでも続くこの空間のようで。



(なんだ、これ)



 その異質な様相に、健二は無意識のうちに後ずさった。

 警戒する健二の視線に気がついたのか、少年は驚いたように目を見開く。一瞬だけ、その表情が固まったように見えた。そして、すぐに眉を下げる。



「ごメんよ、驚かせるツもりはなかったンだ。……キミはコレ、初めて見ルだろ?」



 彼の問いに、健二はぎこちなく頷く。



「だロうね。この目持っテるの、ボク以外に居ないカら覚えておいてクれたまえ。

 よいシょ、っと」



 少年が立ち上がると、彼の一挙一動に全神経を集中させていた健二は分かりやすく体を強ばらせた。そんな健二に一歩近づき、少年は耳に口を寄せる。

 まるで秘密を明かす子供のように、そっとささやいた。



「ボクね、神様なンだ。だから何デも知ってルよ」



 そう告げて、少年は無邪気に笑う。予想外の発言に、健二はぽかんと口を開けた。

 健二を置いて、少年は弾むようにスキップをして、くるくる回る。それはそれは楽しそうに続けた。



「コの目は、ボクが正当な神でアるという証。言っテしまえば血統書ノようなものサ。覚えてオきたマえ──って、信じてナいね?」

「それは、……はい」



 “神様”のじっとりとした視線に、健二は苦笑する。

 けれど内心、死後の世界ならこんなこともあり得るんだろう、と納得した。何より、『少年が自分の名前を知っていた』理由が分かったことで、健二は胸を撫でおろす。



「うーん、そレにしてもキミ、全然ココのこと聞カないね」

「っ!?」



 何気なさそうな少年の言葉に、健二はビシリと背筋を伸ばした。直前に考えていたことに関係しているだけに、心を見透かされたような心地を味わう。

 当の少年は、不思議そうにこちらを見ていた。



(……多分、違うな)



 そう判断して、健二はぎこちない笑みを浮かべる。何でもないです、と答えて、落ち着きを失った心臓を抑えようと胸に手を当てた。

 そこで、気づいた。



「………あの。心音、無いですね」

「マあ、そリゃね」



 何を今更、とでも言うように、少年はあっけらかんと答える。それからうってかわって、悪戯っぽい笑みを健二に向けた。



「それデ、ココがどこだかワかるのかい?」

「え、死後の世界……ですよね?」



 確かめるように答える彼に、少年は満面の笑みを浮かべる。それを見た健二が、正解ですか、と言い切る前に。


 大きく交差した両腕を、勢いよく突きつけた。



「ざァんねーん! 不正解、ダっ!!」



 バッテンを作って、少年はしたり顔で健二を見上げる。ニヨニヨと笑いながら、正解だと思った?正解だと思った?などと繰り返す。

 健二はパチリとまばたきをして、それから何ともいえない敗北感にこう悟った。



(あ、この(ひと)、ウザいタイプだ)と。



 表情をそぎ落とした健二を置いて、少年は偉そうに腕を組む。



「でもマぁ、“天国”っテ答えナかった点は評価できルね! うんウん、謙虚ハいいコトだ!」



 キラッキラの笑顔で親指を立てる“神”。健二の16年間の経験が、大げさに反応してはいけないと告げていた。こういうタイプは感情的になればなるほど喜ぶ。つまりとても面倒くさい。


 健二はそう結論づけ、努めて冷静に、できる限りの愛想笑いを浮かべた。



「そうですか」



 そう、ひとことだけ返した健二を、少年は無邪気な瞳で見つめる。コテンと首をかしげて、彼は口を開いた。



「えー、それダけ? いつの間にソんなつまんナい人間ニなったの、キミ」



 見えない刃が、ぐさっと刺さった音がした。

 予期せぬカウンターに、健二は思わず倒れ込んだ。傷もないのに、なぜだか痛む胸を押さえる。そのまま動かなくなってしまった健二を、上から少年が覗き込んだ。



「なーんテね。かラかってみタだけサ、冗談冗談」



 宝石のような目を細めて、少年はケラケラ笑う。その言動に自分を子供扱いしているような気配を感じて、健二は眉を寄せた。



「あの………いえ、なんでも」



 何かを言いかけて、口をつぐむ。すねた子供のように黙り込む健二を見て、少年は困ったように微笑んだ。

 彼の生前を考えれば、その反応も当然だろう。大人扱いされてきた人間を、急に甘やかすようなものなのだから。

 少年もそのことを察して、目を伏せた。



(うーん、やっぱりすぐには抜けないかぁ。ボクの落ち度でもあるよね、はぁーあ。……じゃあ、うん)



 少年は決意して、それから、座り込んだままの健二をつつく。顔を上げた健二に、手を差し出した。



「ホラ、」



 健二はしばらくの間その手と少年の顔を、珍しいもののように見比べる。やがて少年の意図を読み取ったのか、ぎこちなくそれを握った。



「……ありがとうございます」

「良イのさ良いのサ。よいしョ、っと」



 自身より背のある健二を引き上げて、少年はふう、とひと息つく。それからまた笑みを浮かべて、彼だけに聞こえるように囁いた。



「…打算トか、そういウことはマだキミには早い。もう背伸びシて大人ぶル必要は無いンだぜ?」



 戸惑う健二を見上げて、少年が言う。健二が不気味と感じたその目は、優しい光を湛えていた。



(眩しい)



 そう思って、反射的に横を向く。どうしてそうしたのか、健二自身にもわからない。ただなんとなく、少年に自分の顔を見られたくなかったのだ。何も喋らないまま、制服の裾を握る。

 なぜだか溢れそうなものを、精一杯飲み込む。



「……そう、ですか」



 押し出した声は、情けないほどに震えていた。



「うん、ソう。だからね…」



 慰めるように少年がぽん、と健二の肩に手を置く。本来なら、優しいはずのそれ。しかし、健二の鍛え抜かれたセンサーは嫌な予感を訴えた。



(…ん?なんで、)



 違和感を覚えて、咄嗟に健二は少年の顔を見る。目の前の少年は、にっこりと笑っていた。出会った時のそれとは少し違う、輝かんばかりの上機嫌な表情。


 たとえるなら……そう。ろくでもない人間が、新しい玩具(おもちゃ)を見つけた時のような。

 生前の思い出を嫌にでも思い出して、既視感に健二は顔を引きつらせた。



 完璧な笑顔で、少年はのたまう。



「モう一回、人生送ロうか!!」

「……………………は?」



 健二から、地の底から這い上がるような声が漏れる。

 生前の過酷な環境が彼に与えた、外面と内面の深い落差。ひた隠していた本来の地が今、表に出た。


 無理もない。そこに居るのは、純然たる“神”。



 すなわち、地球で常々語られるような、最強のロクデナシなのだから。


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