9. 始末
スフイトの繁華街の酒場で、シートは仲間たちと飲んでいた。彼らは陽気で仲がよく、大いに食べて飲んでいるように見えた。しかしシートは、酒の量を慎重に抑えていた。あまり酔っ払いたくはなかったのだ。そして皆がシートのことをそれほど気にかけなくなった頃、一人で酒場を出た。
スフイトの繁華街は夜が更けても明るく輝いて見えた。そんな大通りを、シートは背中を丸めて歩いていった。明日も朝早くに出発する予定なので、早めに寝ておきたいと思っていたのだ。シートは繁華街を抜け、宿のある方角へ足を向けた。
路地の影に人がいるのに気づいたのは、その人物に腕をつかまれたときだった。あっと思ったときには、その路地の奥へ引っ張り込まれていた。シートは護身用の短剣を抜いて凄もうとしたが、みぞおちに膝蹴りを食らってしまい、抵抗する間もなく地べたに這い蹲った。それから身体をまさぐる腕が伸びてきて、隠し持っていた武器をすべて取り上げられた。シートは呻きながら、相手の顔を見上げた。
「ぐ、ぐ、お前、何者だ……」
「久しぶりだな」
ドルイはシートの短剣を右手に構え、油断なく彼を睨みつけながら、唸るようにそう言った。ルーガーはシートの背後にいて彼を見下ろしていた。二人はシートが酒場を出てから、ずっと尾行していたのだ。
「お、お前ら、生きていたのか!? よく無事でいたな……」
シートはそういってごまかしながら考える時間を稼ごうとしたが、ドルイは簡単には乗らなかった。ドルイは腹の底から響く低い声でこう言った。
「元気そうで何よりだな」
「う、ああ、その、お前たちは? いったいなぜここに?」
「ほんと、ちょっとした偶然なんだが、飲み屋に入っていくお前を見かけたんだよ。だから挨拶しておこうと思ってな、今まで待ってたんだ」
ドルイはにやりと笑って先を続けた。
「百人隊長殿から連絡なかったのか?」
「百人隊長? 誰?」
「そもそもお前はどっちなんだ、軍属か? 雇われか?」
「何のことだかさっぱり……」
そう言ってシートは立ち上がろうとしたが、ドルイが先に動いた。その顎を足で蹴り上げたのだ。シートは引っくり返ってもがき苦しんだ。
「お前がトラックの配管に細工をしたんだ。あの山道で故障して止まるように仕向けたんだろう? 分かってるんだよ」
突然の暴力と告発で頭が混乱したシートは思わず叫んだ。
「ちょっと待ってくれ、何を言っているのか分からない……」
「とぼけないで質問に答えろよ。あの後、グリオーはどうした? 殺したのか?」
その名前を聞いて、シートは真っ青になった。しどろもどろになりながら、シートは言葉を搾り出した。
「山賊たちに殺された。残念ながら……」
「お前はどうなんだよ。のうのうと生きてやがって」
「おれは大変な目にあったんだ。命からがら逃げだして、それから……」
「違うだろ、お前は最初から山賊とグルだった。仲間を裏切って足止めして、山賊に襲われるように仕向けたんだ。捕まって連れて行かれたのはごまかしだ。グリオーを始末した後、お前だけケレックに戻されたんだろ」
「ちがう! グリオーは隙を逃げようとしたんだが、奴らに見つかったんだ。おれは奴らに拷問されたんだが、その後身代金を払う約束をして開放されたんだ。途方もない借金を背負わされて、それで……」
「ディカースに全部聞いたんだよ」
ドルイは短剣を相手に突きつけながらはったりをかけた。シートは嘘が通用しないと悟ってますます青くなった。
「いや、待ってくれ、おれだって好きでこんなことやってるわけじゃないんだ」
「おいおい、おれが好きでこんなことやってると思うか?」
ドルイはシートに向かって凄みながら言ったが、目は明らかに楽しんでいるようだった。ドルイはさらに先を続けた。
「配管の継ぎ目に傷をつけたろ」
「ほんのわずかだ。水漏れを起こす程度だ」
「そのせいで冷却系が加熱して爆発したんだ。それでどうなったか覚えてるだろ。一人死んだぞ」
「お前が言っていたじゃないか! 水をかけたあいつが悪いって」
「そうだっけか。そうだったな。でも結果としてあいつが死んだのは、お前のせいだろ」
「違う、違う! おれはただちょっと足止めするだけだったんだ。後のことは奴らがやったんだ」
「お前みたいなマヌケがザイーツとは到底思えないな。さすがの百人隊長もお前を部下にはしない」
「違う! 誓っていうが、おれはザイーツじゃない! ちょっと金を貰っただけだ。百人隊長って何のことだ?」
「金を貰ったってのは、誰からだ?」
「分からない、知らないんだ、名前は。貿易都市にいる」
「そこで仕事をもらうのか」
「そうだ」
「どこで?」
シートは落ち合う場所と、相手の特徴をべらべらとしゃべった。ドルイは興味なさそうに黙って聞いていたが、最後にこう言った。
「よし、いいだろう」
シートは懇願して言った。
「許してくれるのか? 何と言ったらいいか分からないが……」
「許すだと? バカいうなよ」
そう言ってドルイは、短剣でシートの胸を一突きにした。
「グリオーの分の借りを返しておくぜ。まあ、あいつに義理はないけどな」
ドルイとルーガーは暗闇に紛れて素早く立ち去った。シートは口をぱくぱくと開きながら三歩後ろに下がった。路地の壁に背中をつけ、ずるずると腰を下ろした。胸に突き立てられた剣に手をかけたが、抜いてしまったら何が起こるのか、恐ろしくて何もすることができなかった。しかしそのうちに、じくじくと血が染み出してきて、どうにも止めることができなくなった。
シートは助けを呼ぼうとしたが、声を上げようとした途端、胸に激痛が走って何も言えなくなってしまった。呼吸ができなくなって、そこで初めて喉から血があふれ出ていることに気づいた。シートは両手で口を押えた。何とかして、誰かがいる場所まで行くしかない。シートは立ち上がろうとしたが、その両足はまるで言うことをきかず、ただ空しく地面をひっかくだけだった。その動きは少しずつ遅くなっていき、やがて動かなくなった。
おわり
■参考文献
□Wikipedia 滑車
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%91%E8%BB%8A
□Wikipedia 同期発電機
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%8C%E6%9C%9F%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%A9%9F
作中のドルイの発言は、彼の個人的見解によるものです。