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5. 重荷

 山賊一味、あるいはザイーツの不正規活動軍は、大半が盗品や戦利品を運ぶためにフライヤーで先に行ってしまった。ドルイとルーガーが仕上げた大型トラックに同行するのは、レトニ率いる荷揚げ班の五人と、警備を兼ねた手伝いの兵士が三人、他にディカースとマーカンの十人だけだった。こんな荷物を運ぶ任務に少佐が同行するとは、いったいどういうことだろうとルーガーは思った。彼らは物資と燃料を積み込んだ小ぶりのトラックと、小回りの効く一人乗りのフライヤー二機に分乗した。彼ら一行が、のろのろとしか進めない重くて大きなトラックについていくのだ。


 キャンプ跡を出発して、一行は深い森の中に分け入って行った。そこは山脈の間にある小さな盆地で、起伏はないが人の手がほとんど入っておらず、大型トラックでは一度入り込んだら二度と抜け出せないのではないかと思わせるような場所だった。しかしディカースはこの場所に、巧妙に通り道を作っているようだった。彼は小型フライヤーを斥候に送り出し、前方と後方に油断なく目を配っていた。そしてしきりに地図を確認しながら、薄暗い森の中を迷わずに進んでいた。大型トラックを運転しながら、ルーガーは彼の的確な誘導に感心した。


 一カ所だけ、大型トラックでは通れない場所があり、一行は立ち往生した。ディカースとレトニが短く相談をしたかと思うと部下たちに命令を下して、邪魔になっている木を二本、すばやく切り倒した。トラックをまっすぐ進めさせたディカースは、続いて切り倒した木を適当な大きさにばらばらにした挙句、切り株を根から掘り起こし、すべて埋めさせた。途方もない労働だったが、山賊たちは斧とシャベルだけで、あっという間に埋め立てを終えた。ルーガーが意外に思ったのは、ディカースが部下たちと混じって作業をしていることだった。階級からいって他の兵士たちとは明らかに格が違うのだが、彼は道具を振るうことを厭わず、道具も率先して使いこなす。命令するだけで威張り散らすばかりのリーダーでないのは明らかだった。


 ここはまだケレック王国領内であり、国軍に見つかれば面倒なことになるのは間違いなかった。そのためディカースは、夜になって暗くなるとすぐに野宿するように命じ、夜の暗闇の中では完全な灯火管制を布いた。夜間に明かりを使うと、遠くからでも発見される恐れがあるからだ。さらにディカースは、常に斥候を出して周囲の警戒を怠らなかった。ルーガーは、その徹底した用心と隠蔽工作を見て、おそらく今後もこの経路を通ってケレックに戻るつもりなのだろうと察しをつけた。


 夜になると、真っ暗闇の中で何もやることがなくなってしまうので、兵士たちはトラックの荷台や木陰に場所を見つけて休んだ。ドルイとルーガーは、もっぱら大型トラックの運転席で過ごした。二人とも周囲をザイーツの人間に囲まれて自由にものが言えず、当たり障りのない無駄話をするほかに時間を潰す方法がなかった。そこでドルイが延々(えんえん)と、旅のあちこちで食べた不味い飯の話をし続けた。ルーガーは最初は興味深げに聞いていたが、どれもこれも本当にひどい料理の話ばかりなので、だんだん気味が悪くなってきて興味を失ってしまった。ところが逆に、若いザイーツの兵士の一人がドルイの話を面白がって、もっとしてくれとせがむようになってしまった。二人はルーガーが耳を塞いで寝入ってしまっても、ずっと遅くまで話し込んでいた。


 鈍重なトラックと昼間にしか移動しない方針のため、一行が森を抜けるのには三日間かかった。そしてようやくザイーツ領へ続く山脈の麓にたどり着いた。そこは岩ばかりの荒れた土地で、長い斜面が峰まで続いていた。麓の辺りは傾斜も緩やかで、重くて大きなトラックでも進めそうだが、奥に見える山は急峻で、とても越えられそうにない。ルーガーは思わずドルイと顔を見合わせたが、ディカースが促すままに前へ進むしかなかった。


 それから長い間、単調な上り坂が続いた。目の前の大きな山は徐々に近づいてきて、やがて一行に覆いかぶさるようになってきた。そこで一行はつづら折に斜面を登り始めた。斜面を横に登って行き、折り返してまた登るのだ。そうしてさらに長い距離を、一行は登り続けた。しかしとうとう、トラックの操縦桿を握っていたルーガーが異変に気づいた。トラックが横滑りを始めたのだ。ルーガーは大声で怒鳴った。


「おおい! そろそろ限界なんだけど!」

「止まれ!」


 ディカースの号令で、一行はその場に停車した。ルーガーはトラックを係留しようとしたが、横滑りが止められないので、係留をあきらめて左右に機体を揺らしながらディカースに向かって言った。


「斜面がきつすぎて、横滑りしているんだ。坂を登るどころか、落ちないように支えるのも難しいぐらいだよ」

「もう少し先に平坦な場所がある。今晩はそこで休むつもりだ」

「どれぐらい先?」

「あとほんの少しだ」

「それって本当に少しだよね?」

「ああ、ほんの二、三十歩だよ」

「じゃあ勢いつけて登っちゃおう……」


 ルーガーは小型フライヤーに道を空けさせると、操縦桿を前に倒して最大速度で坂を登らせた。といってもせいぜい人が走るぐらいの速度だったが、勢いよく進んだ大型トラックは最後の距離を何とか走破して、予定の休憩地にたどり着いた。ルーガーはトラックを係留して、大きくため息をついた。


「ふーう、最後に後ろ側が滑ったときは本当に危なかったなあ。横転するかと思った」

「おれはもう飛び降りるつもりだったけどな」


 ドルイは軽口を言ってルーガーの肩を叩いた。


 一行は大型トラックの回りに集まって野宿の準備を始めた。夜になるまでにはあと二、三刻ある。山並が闇に飲まれる前に、ディカースがルーガーとドルイを呼んだ。


「これから目指すのはあの峰の北側にある谷間だ。そこに国境まで続く小道がある。そこならこのトラックでも越えられる」


 ドルイは疑わしそうに言った。


「ホントかよ」

「まあ、実際のところは分からん。前にも言ったが五分五分だ」

「ここまで来るのもギリギリだぞ。これ以上先に行けるかも難しいな」

「何が問題だ?」

「さっきも言ったが斜面がきつすぎる。フライヤーってのは平らでないと飛べないんだよ。さもなきゃもっと軽くしないとだめだ」

「軽くする方法はあるか?」

「今でも限界まで軽くしたよ」

「そうか……。何かよい案を思いついたら言ってくれ。なんでも協力する」


 ディカースはそう言って、兵士たちに指示を出す仕事へ戻っていった。ドルイはルーガーに向かって小声で言った。


「これ以上進めなくなったら、連中どうするつもりかね? ここに捨てていくのか?」

「そうなったら僕たちはどうなるんだろう」

「あんまり考えたくないな」


 ドルイはじっと目を伏せて考えた後、こういった。


「ひとつ試してみたいことがあるんだけどな」


 ルーガーはぎょっとして小声で言った。


「まさか皆殺しとか言わないよね」

「バカ言うなよ。トラックにちょっと改造してみたい所があるんだ」

「……どんな?」

「ようするに、横滑りを止めたいわけだ。荷重に余裕があるときは、出力は斜面に対して勝手に分散するから問題ないが、今みたいにぎりぎりだと、山側がひっかかるか、谷側が落っこちて滑るわけだ。そうだろ?」

「うん」

「そこで谷側の出力を上げて、逆にバランスを崩してやれば、横滑りは止められるんじゃないかと思うんだ」

「うーん、まあ理屈ではそうだけど……。どうやって片側だけ出力を上げるの?」

「動力から配線をいじってやれば上がる」

「今でも限界まで上げちゃってるからなあ。もうこれ以上は無理かも」

「山側を下げたら相対的に谷側が上がる」

「落っこちて動かなくなるんじゃないかな」

「うーむ」


 ドルイは再び考え込んだ。


「それじゃ、谷側の安定板の向きをこう変えて」ドルイは手の平をひらひらとさせて、ルーガーに向かって説明した。「角度を下向きに変えてやったらどうだ? 出力は変えなくても、荷重に対して高度は取れるようになる」

「どうだろう、試したことがないから分からない……。バランスが崩れて倒れるか、その場でくるくる回りだすような気がする」

「そこはお前の操縦次第だな」

「そうなのかな? 操縦の問題じゃないような気がするけれど」

「バランスはある程度分散するんだ。それはさっき言っただろ。回転の問題は操縦で何とかするんだよ。こいつにはコツがある。ちょっと慣れればなんとかなるはずだ」

「はず、ねえ……。そもそも安定板の角度を変えたとして、斜面が変わったらまた調整するわけ?」

「そこはまあ、どれぐらい変わるかによるな」

「一度、道を確かめに行った方がいいような気がしてきた」

「それもいいかもしれん。百人隊長殿に相談してみるか」

「しっ」


 ドルイはディカースを捕まえると、改造の内容と、これから先の道のりを見ておきたいというアイディアを話した。ディカースは提案を黙って聞いていたが、肩をすくめてこう言った。


「反対する理由はないな。偵察はどちらが行く? ドルイか?」


 ルーガーが黙って手を挙げたので、ディカースは部下を一人付けて、二人で斥候として送り出した。


 ルーガーが行ってしまうと、ドルイは安定板をどうするかを一人で考え始めた。彼はトラックの側面下にもぐりこんだ。安定板は車台に直接作りつけられていて、外したり曲げたりできるようには出来ていない。ただ、角度を変えるといってもほんのわずかに外側に曲げたいだけだ。根元の部分を加熱して内から叩けば、だいたい狙った角度にできるかもしれない。そう考えては見たものの、手持ちの道具と材料では到底出来そうになかった。キャンプでレトニが貸してくれたトーチは、処分してしまってここには持ってきていなかったのだ。


 ドルイは、内部の構造を確かめるために安定板を覆っている保護カバーを取り外した。ネジを取ってカバーを外すと、薄くて長い板状の安定板が出てきた。長さは一(ひろ)ほどあり、幅は手の平を一杯に広げたよりも大きい。根元の部分が金属製のフレームで固定されていて、動力から繋がれた電線が溶接されている。接続部分は特有の青い色をした結晶が層になっていて、動力が入ったままの今は、淡い光を放っていた。


 ドルイは回路に手を触れないように、じっくりとその構造を眺めた。そして、安定板の根本を支えているフレームならば、比較的容易に曲げられそうだと見込みをつけた。後はどれぐらいの角度にすべきかだが、それはルーガーの意見を聞かねばならない。果たしてうまくいくだろうか……。ドルイは考え事をしながら、そのまま地面の上にあぐらをかいた。


 興味を引かれたのか、レトニが近づいてきた。彼女は邪魔をしないように、ドルイの背中越しに内部の構造を見た。


「その内側を見るのは初めて」

「中は意外に単純だろ」

「そうね。その板が動力の源なの?」

「そういうわけじゃない。こいつは浮力を生み出しているんだ。地面に対して一定の距離を保とうとする性質がある」

「ふうん。いったい何をするつもり?」

「分からん。今考えているところだ」


 横に立っていたレトニは、ドルイが荷台の上に視線を向けていることに気づいて、自分もつられて荷台を見上げた。そこには太いロープでがちがちに固定された巨大な荷物が鎮座していた。彼が何も言わず、じっと荷台の上の荷物を睨みつけているので、レトニはドルイに遠慮して、そっとその場を離れた。


 ルーガーと斥候が戻ってきたのは一刻ほど後のことだった。ルーガーがドルイの元へ来ると、ディカースとマーカン、そしてレトニもついてきた。ディカースが聞いた。


「それで?」

「この先は斜面がよりきつくて、今のままじゃトラックは間違いなく立ち往生する。何かしら手を打たないとだめだね。ドルイが言うように出力バランスを変えるのは一手かもしれない」


 ドルイが言った。


「それしかないだろ」

「問題は、その先の道のりで、さらに急な坂があって、そこはどうにも越えられないってことなんだ。幅が足りない」

「幅?」

「うん。その場所は、北側は谷になっていて、回り込めないんだ。ドルイのアイディアは、トラックを斜面に対して横向きに上げることで、段差を最小にしようってことなんだけど、その場所では旋回させて正面からじゃないと入れない……。谷間の入り口が頂点だから、その先は下りなんだけれどね」

「入り口まではいけそうか?」

「まあなんとか……、いや、それすら難しいね。改造したとしても」

「やってみなきゃ分からないってか」

「だめなら引っ張るしかないかもね」

「引っ張る用意はあるのかよ」


 ドルイの言葉を聞いて、ディカースは黙ってレトニのほうを見た。彼女は答えた。


「手持ちはロープと滑車だけ。上に引くのは無理だけれど、入り口に向かって引き上げるのは何とか」

「ロープはどれぐらい?」

「それほど長くはない。重量にも耐えられないかも」

「谷の向こうはザイーツだと言ったな。先発隊に何か持ってこさせるとか、斥候を遣って物資を取ってくるとか、何かできないのか」


 ディカースが答えた。


「先発隊が戻ってくるとしても四、五日かかる。こちらから人を()ったら丸々一週間だ。それを待っていられるような余裕はない。ここは見通しが利く場所で、遠くからでも姿が見えてしまう。見つかったら追手が来て、戦闘になるだろう。そうなれば荷はあきらめなければならなくなる。それは絶対に避けなければならん」

「へえ、そうかい。どう考えても物資が足りないと思うがな」

「やむを得ん、今ここで、できる限りのことをするだけだ」


 ディカースは両手を叩いた。


「今夜は休憩にしよう。この場所で明かりをつけて作業をすると余計に目立ってしまう。今夜は寝てしまうに限る。朝になったら作業開始だ。いいな?」


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