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2. 蒸留

 ドルイとルーガーは、ここまで操縦してきたトラックから自分たちの荷物と工具を降ろし、故障したトラックに乗っていた運転手と交代した。そして隊商の皆を見送ると、残されたトラックの修理に取り掛かった。二人はまず、トラックから壊れて使えなくなった部品を取り外した。幸いにして、破断した二本のパイプ以外に、致命的な破損カ所はないようだった。熱交換器は焦げてはいたが、見たところダメージはどこにもなかった。ただ、水を流して動かしてみないと、本当に動くかどうかは分からなかった。分解整備ができない現状では、いくら考え込んでも始まらないので、ドルイとルーガーは目の前にある二つの問題に集中することにした。一つは壊れたパイプを交換すること、もう一つは冷却水の確保だ。


 パイプは交換部品があったが、破断部分をすべて直すには足りなかった。不足分を何とかしなければならない。二人は機体の底を這いまわって、配管をずらしたり引っ張ったりして寄せれば、なんとかつなぐことが出来ると判断した。この作業にだいたい四、五刻ぐらいの時間が必要そうだった。


 もう一つの水は難題だった。必要なのは純水なのだが、そんなものの蓄えはないからだ。そこで二人は、炊事用の鍋と蓋、ホースと余った継ぎ手を駆使して、簡素で粗末だが何とか動作する蒸留器を作り出した。そして警備班の連中に、鍋で水を煮た上で、凝縮して蒸留水を作る方法を教えた。このやり方で何刻かかるか分かったものではないが、とにかくできるだけ純粋な水が欲しい。どうしても足りないときは故障覚悟で普通の水を給水するしかない。そう説明して、全員で作業に取り掛かった。


 ドルイとルーガーは、冷却パイプの方から修理を始めた。こちらのほうが圧力が高く、念入りな修理が必要だからだ。予備のパイプの長さを慎重に測り、継手を工作し、樹脂を薄く塗ってパイプをつなぎ合わせた。パイプを切るのには金切鋸、継手とパイプのねじ切にはタップとダイスを使い、すべて手作業だったが、こちらは順調に作業が進んだ。


 次に燃料パイプのやりくりが大変だった。最初にだいたい見積もってみた通り、足りない分をよそから寄せて繋いでしまうことにした。寄せるために配管を緩めたり曲げたりする必要があるし、継手を入れるために分解しなければならないし、作業は非常に面倒が多かった。パイプを普通に加工してつなぐよりも、何倍も手間をかけて、二人は燃料系の配管を終わらせた。


 結局、この修理を終えた頃に夜になってしまった。この時点になっても、必要な水は半分ほどしか作れていなかった。そこでドルイとルーガーは火の番をしながら水を煮て蒸留水を作り、どんどんタンクへ戻す仕事をした。警備班の連中は、それぞれ持ち場を与えられ、見張りに立っていた。グリオーが彼らの間を行ったりきたりして様子を見つつ、ついでに薪を集めてくるという具合だった。


 ドルイとルーガーは、焚き火のついでに調理した携帯食を食べ、煮え立った湯を拝借して作った熱い茶を飲んでいた。ドルイはやることもなく、ぼーっと凝縮器 ―― 鍋蓋の中心にホースを通して集めた湯気を、冷却槽がわりの別の鍋に通して、最後にバケツに落ちるようにしたもの ―― を眺めていた。ルーガーは破断したパイプの継ぎ手の端を、火の明かりにかざして調べていた。ときどき目を細めては、油を染み込ませた布で磨いて汚れを落とそうとしていた。


「うーん」

「なんだよ、どうかしたか」

「これ、どう思う?」


 ルーガーはパイプをドルイに向かって差し出した。ドルイはちらりと目をやったが、興味なさそうに目を伏せた。


「パイプだろ」

「そうじゃなくて。この傷、どう思う?」

「破片が飛び散ったときにできた傷だろ」

「ちゃんと見て欲しいんだけど」

「なんだよ、面倒だな……」


 ドルイはパイプを受け取ろうとして、ルーガーに向かって手を伸ばした。そのとき真っ暗な道の遠くの方で、金属ががちっと鳴る音が響いた。ドルイもルーガーもその音に聞き覚えがあった。剣か槍か、何かの武器が地面を叩いた音だ。


「敵襲だ! 敵襲!」


 警備担当の叫び声が聞こえた。反対側にいた者たちが二人、慌ててトラックのほうに走ってきた。山側にいたグリオーも戻ってきた。


「二人はあっちを見に行け! シートはこちら側を守れ! 行け!」


 襲い掛かってきたのは、手に手に武器を持ち、松明やライトを掲げた山賊だった。山道の上の方から、五、六人ほどの賊がやってきて、最初に叫んだ警備の者を取り囲んだ。警備の男はたった一人で剣を振り回していたが、正面の賊を相手に切り結んだ途端、側面から槍で串刺しにされてしまった。


 グリオーと、他に二人が駆けつけて賊と対峙した。三人はうまく連携して、山賊の一人に傷を負わせた。ひるんだ相手を押し返そうと、三人はさらに圧力をかけた。しかし賊の槍使いが巧みな技を繰り出し、それに騙されて一人が誘い出されてしまった。膝を叩ききられて倒れた味方を助けようとして、さらにもう一人が犠牲になった。こうしてグリオーは、たった一人で多数の相手に囲まれてしまった。


 ドルイとルーガーは焚き火のそばを離れ、暗がりを求めてトラックの影へ逃げ込んだ。そして切り合いを続けているグリオーたちから離れて、藪の中へ逃がれようと隙を(うかが)った。ルーガーは森の中へ飛び込むために立ち上がろうとしたが、ドルイが肩を引っ張って止めた。夜目の利くドルイが、谷の上の藪の奥から山賊の別の一味が出てくるのを見つけたのだ。二人は連中に見つからないよう、腹ばいのまま息を殺して戦況を見守るしかなかった。


 グリオーは次々に繰り出されてくる剣先を避けるのが精一杯だった。そしてとうとう、背後から棍棒で肩を殴られ、自分の剣を取り落とした。そうなるともう抵抗を続けることはできず、両手を挙げて降参した。山道の反対側を守っていたシートも山賊たちに捕らえられ、武器を奪われて引っ張られてきた。それを見たドルイとルーガーは顔を見合わせると、両手を挙げて立ち上がった。


 山賊たちは若い男女で、人数は合わせて十二人もいた。全員が槍や剣で武装していて、目をぎらぎらと光らせていた。ドルイとルーガーも山賊たちに捕まり、後ろ手に回されて身体中を調べられた。あちこち小突き回された挙句、ドルイは工具を、ルーガーは隠し持っていたナイフをすべて取り上げられた。


 山賊のリーダーと思しき男が叫んだ。


「首尾はどうだ?」


 一味の一人が返事をした。


「こちらは怪我人が一人です」

「どんな具合だ、見せてみろ……。大したことはないな、手当てをして、そっちで休んでろ。他の者は積荷を降ろせ! 準備ができた物から運び出すんだ!」


 そしてリーダーは、引っ立てられてきたグリオーに向かって言った。


「こんなところで立ち往生とは運がないな」


 グリオーは相手を睨みつけたが何も言わなかった。リーダーは止まったままのトラックの側面を手で叩いて言った。


「さて、一体どうなっているんだ? こいつはなぜ動かない?」


 グリオーもシートも返事をしなかった。ドルイとルーガーも、とりあえず口を開かない。


「お前ら、何か言ったほうがいいぞ。さもなきゃお前たち全員を片付けて、さっさと帰るだけだからな」


 それを聞いて、ドルイが答えた。


「冷却水が抜けたんで、蒸留水を作ってるところだ」

「ほう、水か。水なんざ、さっさと入れておけばいいだろう?」

「そうしたら、まあしばらくは動くがな、熱交換器が目詰まりして壊れて止まっちまう。交換器は壊れると高くつくぜ」


 山賊のリーダーはドルイをじっと見た。それからグリオーとシート、ルーガーを順番に睨み付けた。そして最後にまたドルイに視線を戻した。


「お前、直せるのか?」

「まあな。おれと」ドルイはルーガーを指差して言った。「こいつは修理屋だ」

「ほう。フライヤーの修理ができるのか?」

「修理とか、改造とか、いろいろだ」

「ほほう」


 山賊のリーダーは、しばらくのあいだ思案顔をしていた。大きなトラックを見上げ、それからドルイとルーガーの顔を見た。そしてまた、トラックの方を見てじっと考えていた。彼は長いこと黙って考えていたが、やがて一人でうなずくと、山賊の一味に耳打ちをした。すると手下たちは、グリオーとシートを縄でぐるぐる巻きに縛り上げ連れていってしまった。ルーガーは不安な気持ちで一杯だったが、ドルイに調子を合わせるしかない。おとなしくドルイの横に立っていた。


 山賊のリーダーはドルイとルーガーに向かって言い放った。


「よし、お前たちは急いでフライヤーを直すんだ。隊商の奴らが取り返しに来る前に逃げ出したい。さもないとお前らの命も保証できん」


 するとドルイが厚かましくもこう言った。


「それなら頼みたいんだが、薪を集めるのを手伝ってくれよ。ガンガン燃やして湯を沸かしたら、仕事も早く進むぜ。それと、もっと水が欲しいね。飲み水も全部使ってるが、どうも足りないみたいでね」


 リーダーは歯をむき出しにして笑った。


「いいだろう、手伝ってやる」


 リーダーは手下たちに再び耳打ちをして、あれこれ指示を出した。一味はてきぱきと仕事を始めた。それを見ながら、ルーガーはぽつりと呟いた。


「これって、すごくややこしいことになってない……?」


 ドルイは涼しい顔で答えた。


「難しく考えるなよ」



 山賊たちはトラックの荷台から荷物を降ろし、それをどこからともなく現れた小型フライヤーに小分けにして積み込み、どこかへ運び去って行った。山賊のうちの数人が、薪を集めて山積みにした。ルーガーの見立てでも、ちょっと量が多すぎるのではないかと思うぐらいだった。それから別の誰かが、空になったタンクに水を一杯に詰めて戻ってきた。どこかに川か、水源があるのだろう。どうやら山賊たちは、周囲の地理を完全に知り尽くしているらしい。仮に逃げ出せたとしても、山の中で追いかけられたら逃げ切れないだろう。彼らの手際のよさを見て、ルーガーはそう思った。


 ドルイは山賊の手伝いを得てからというもの、目に見えてやる気を出し始めた。集まった薪を遠慮なく()べ、湯を沸かし続けた。蒸留器からほとばしる(・・・・・)ほどの水が流れ落ちた。ルーガーは山賊たちに協力するのは嫌だったが、ドルイに言われるままに手伝った。他にやりようがなかったからだ。二人は出来上がった蒸留水を次々にトラックのタンクに入れていき、どれぐらいの容量になったかを確認した。ドルイはチェックを終えて、ルーガーにしか聞こえないように小さく囁いた。


「なんだか早く終わりそうだな」

「この後どうするつもり?」

「たぶんどこかに連れてかれるだろうな」

「で?」

「一緒に行くしかないだろ」

「えっ」

「あとどれぐらいか、お前が行って話してこい。そっちの方がいいからな」


 それからドルイは意地悪く付け加えた。


「もうちょっと愛想よくしろよ」


 ドルイはそれだけ言って蒸留器の方へ戻ってしまった。ルーガーはため息をついて、言われたとおり山賊のリーダーのところへ行った。


「水の用意はもうすぐ終わるよ。じきに試運転できる」

「そうか、待ちくたびれたぞ」

「言っとくけど、一度爆発してるから、本当に動くかどうかは分からないよ。試してみないと」

「ダメなら全部(・・)おいていくしかないな」


 山賊のリーダーはにやりと笑って言った。ルーガーは仏頂面で仕事に戻った。


 ほどなく、冷却水のタンクは満杯になった。ドルイはルーガーを運転席に座らせ、まず機関を起動させた。起動と同時に配管ががたがたと音を立てたが、すぐに静かになった。熱交換器がごろごろと音を立て、水の循環が始まった。ドルイはパイプに手を当てて温度を確かめながらルーガーに向かって聞いた。


「圧はどうだ?」

「上昇中」

「燃料は?」

「少ないね」

「いっけね、予備を移すのを忘れてたな」

「爆発すると嫌だから後にしたのかと思ってた」

「そういうことにしとこう」


 ドルイの負け惜しみに苦笑いしながら、ルーガーは計器に目を走らせて言った。


「冷却水の圧は上昇中。……まだ低いけれど、ぼちぼち安定したかな。温度も大して上がってない」

「どうやら大丈夫みたいだな。これ以上は走らせてみないと分からんな」

「そうだねえ」


 ドルイは振り向いて、山賊たちに向かって言った。


「燃料を足したら移動できる。圧と温度をチェックしながら行けば、今晩中は走れると思う。だが、できたら設備のある場所で分解整備したいね」


 リーダーは言った。


「朝まで動けば上出来だ。よし、片付けて全員乗り込め。そのガラクタはほっといてかまわん」


 山賊たちは即席の蒸留器をひっくり返し、残った水で手っ取り早く火を消した。死骸となった者たちも放置して、そのままトラックの荷室へ乗り込んだ。運転席にはルーガーが座り、山賊の一人が道案内と監視を兼ねて助手席に居座った。ドルイはリーダーに連れられて、荷室へ上がった。そこには縛られて床に直に座らされたグリオーとシートもいたが、ドルイは山賊たちと同じように木箱を椅子代わりに座らされた。


 トラックが動き出して、道なりに進み始めた。左右へ揺れる機体のせいでますます居心地が悪くなって、グリオーとシートがうめき声を漏らした。ドルイはそれを見下すように眺めた。グリオーがその視線に気づいて、ドルイをぎろりと睨み返した。


 ドルイの向かいに座った山賊のリーダーが、そのやり取りに気づいて笑い出した。


「お前たち、どうやら気が合わないようだな」

「さてね。おれはやるべき事をやった。だがそいつは出来なかった。因果応報っていうのはこういうことだと思うがな」


 それを聞いてグリオーが吼えた。


「くそ、お前が少しは協力したら結果は違ったはずだ」

「そうかい? あんたは自分の仕事にプライドはないのか? 山賊からトラックを守ると約束したのはお前たちだ。それがこのザマだろ。違うか? おれのような修理屋は有利な方につくしかないんだからな」

「覚えておけ、自由になったら真っ先にお前から片付けてやる」

「へえ、となると、ますますあんたを助けるわけにはいかなくなったな。まったくおれの味方はどこにいるんだろうな?」


 グリオーは黙ってしまった。リーダーはこのやり取りを見てまた笑った。ドルイは苛立たしげに山賊のリーダーに向かって言った。


「言っとくが、あんたの事を好きになったってわけじゃないんだぜ。見返りがあると期待してるからこそ協力してるんだ。おれと相棒は無事に帰りたいし、本来得られたはずの利益は最低限(・・・)取り返したい。あんたとなら取引ができると思って協力してやってるんだ」

「お前はどこから来た? ケレックの者じゃないな。帝国か?」

「そうだ」

「こんな辺境まで何しに来た?」

「運送業ってのは金になるんだよ。特に便利屋を兼ねてるとな」

「なるほどな、確かに便利(・・)だ」

「おいおい、人をいいように使おうとするなよ。もう一度言うが、見返りがあるからこその協力だ。なければないで、こっちも考えがある」

「ずいぶん強気だな? さっきは自分の身を守れないと言ったように聞こえたが」

「自分の仕事をきっちり果たした、と言ったんだ。やろうと思えばなんだってできるぞ」


 ドルイはじっと相手の目を見つめた。山賊のリーダーは、その目を見つめ返した。視線が絡み合い、二人はしばらくの間何も言わなかった。やがて、山賊は口の端を上げてこう言った。


「いいだろう、お前のようなやつは嫌いじゃない……。お前さんと相棒には、やってもらいたいことがある。見返りも、ある」

「どんな?」

「その話は後にしよう」


 リーダーはそこまでで話を切ると、ドルイから離れて手下たちと小声で話を始めた。ドルイは低い位置に座ったままのグリオーに目を向けた。彼はずっと床を見つめたまま、怒りを抑えて静かに黙っていた。ドルイはシートの方も見た。シートはドルイの横、グリオーの向かいに座らされていたが、グリオーとは違って不安そうに目をぎょろぎょろさせているだけだった。ドルイは二人にはちょっかいを出さず、黙ってトラックに揺られるのに身体を任せた。


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