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1. 故障

 トラックの隊列は、山道をのろのろと登っていた。荷物を満載した大型トラックは、あまり速くは進めない。速度と力と燃料の消費はトレードオフの関係にあり、ひとつを優先すると別のものが犠牲になる。もっとも貴重なのは燃料なので、必然的に速度が遅くなるのだ。今のトラックは、人が歩いているのと大差ない速度しか出ていなかった。

 ドルイとルーガーのトラックは、五台の隊列の真ん中、三台目にいた。運転席にいるのはルーガーで、助手席でふんぞり返っているのはドルイのほうだ。二人は交代しながら運転しているが、操縦桿を握っている時間はルーガーの方が長くなりがちだった。特にスフイトを出てから山道に差し掛かり、トラックの速度が落ちてしまってからはそうだった。ドルイは飽きっぽい性格で、狭い山道をのろのろ運転で進んでいくのが苦痛で仕方ない。一方ルーガーはそういうことは気にしない。前を走るトラックに合わせて、のんびりと速度を調整しながら進むのが得意だ。そういうわけで、ここ八日間はほとんどの時間をルーガーが運転していた。

 ドルイは腕を頭の後ろで組み、目をつぶって居眠りをしている様子だったが、突然鼻をくんくんと鳴らし始めた。


「なあおい、なんか臭わないか」


 ドルイに言われて、ルーガーは自分の服の袖口を自分の顔に近づけてみた。それを見たドルイは顔をしかめた。


「お前じゃないよ。なんか焦げ臭くないかって言ってんだよ」

「へぇ、そうかなあ」


 二人は臭いの正体を探ろうと、あちこち嗅ぎ始めた。ドルイは助手席の下を、ルーガーは自分のトラックの右後ろを振り向いてみた。特に異常は見当たらない。次にドルイはトラックの左後ろを、ルーガーは運転席の下を見てみた。何もなかった。


 ドルイは言った。


「待てよ、前の方だな」


 二人は身を乗り出して、前を走るトラックのほうを見た。すると左側の側面から、細くたなびく煙が見えた。


「やべえ、なんか出てるぞ、止めろ止めろ!」


 ドルイは叫んだ。ルーガーは首にぶら下げていた笛を引っ張り出すと、大きく吹き鳴らし始めた。そして笛を吹きながら、ゆっくりとトラックを路上に停めた。他のトラックも、笛の合図を聞いてそれぞれ停車した。


 ドルイは運転席から飛び降りると、前に向かって走り出した。停車したトラックからは、より濃くなった煙が噴出し始めていた。しかし運転手はそれに気づいておらず、ドルイに向かってのんびりと返事をした。


「なんだあ、どうかしたか?」

「お前の機体が火を噴いてるぞ! 機関を止めろ!!」


 ドルイが叫ぶのを聞いて、運転手はあわてて動力を止めた。トラックの機体が、ごつんと路面に着地した。


 ドルイは煙を吹いている機体のパネルの前までいったが、外すか否か躊躇した。というのも、すでにかなりの熱が感じられたからだ。まずはパネルを抑えている羽ネジに触れてみた。そこは熱を持っておらず、回すことができそうだった。ドルイはベルトに差したプライヤーを取ると、羽ネジを止めているワイヤーを捻じ切り、手早くネジを取り外した。


 ルーガーがやってきて、ドルイを手伝い始めた。煙を吐いているトラックの運転手の二人と、警備担当のシートという男も様子を見に来た。ネジを外し終えたドルイとルーガーは、パネルを足で蹴り飛ばして外した。


 パネルが外れると黒い煙が噴出して、ドルイは咳き込んで新鮮な空気を求めて背中を向けた。一方ルーガーの方は手で煙を払いながら、パネルの奥の機体の中を覗き込んだ。


「ああ、冷却パイプか、燃料パイプかな、真っ黒になってるのがある。っていうか、加熱して真っ赤になってる部品があるよ」


 後ろの方で様子を見ていたシートが聞いた。


「どうだ、直せそうか?」

「うーん、この煙は燃料が焦げたんじゃないかと思うんだけれど……。そうなると少々厄介なことになるね。いずれにしてもとにかく冷ましてみて、それからダメージがどれぐらいか確かめないと」

「まずいな、このあたりでは止まりたくない」


 シートは周囲を見渡していった。トラックの隊列は、ちょうど山の谷間の曲がりくねった道を進んでいるところで、周囲は深い森に囲まれていた。このあたりはザイーツの国境に近く、山賊がよく出る物騒な場所だった。だからこそシートのような警備担当が同行しているのだ。しかし、このように見通しが利かず、警備しにくい場所で足止めを食うのはありがたくない。


「そうはいっても、様子を見てみないと直しようがない。冷めるまで待つしかないよ」

「どれぐらいかかる?」

「うーん、冷ましてから様子を見て、燃料漏れなら穴をふさいで……。ざっと一刻ぐらいかな」

「分かった、隊長と相談してくる」


 シートは先頭のトラックに乗り込んでいる隊商隊長の方へ歩いていった。ルーガーは煙が収まるまで、風上に避難して待つことにした。ドルイを探してみると、他の運転手と一緒になって、道の端の方でしかめっ面をして立っていた。ルーガーが近づくと、ドルイは毒気づいた。


「なんだよまったく、整備不良か? おれらが見てるのにそんなことあるか?」

「さあね、加熱した配管が破れたみたいだけど、圧力で破裂したのか傷がついて裂けたのか、よく分からなかった」

「どっちも有り得ないじゃないか」

「ぶつけるとか叩くとかすると壊れることはあるけど」

「そんな風には見えなかったがな。あんたら、何か気づかなかったか?」


 ドルイが問題のトラックを運転していた者たちに向かって訪ねたが、二人は心当たりがないと首を振った。


「いや、さっぱりだ。特に変な音もしていなかったしなあ」

「そもそも煙まみれで何も見えなかったよ」

「まあそうだ」

「内側はかなりの熱だったし、しばらく近づけそうにないなあ」

「まあほっときゃ冷めるだろ……」


 運転手同士でぶつくさとしゃべっているところへ、警備担当のサイオペという女が近づいてきた。シートから事情を聞いて様子を見に来たようだった。彼女は運転手たちには目もくれず、ぶらりとトラックの方へ歩いていった。ドルイもルーガーも彼女に注意を払っていなかったので、サイオペが手に水の入ったバケツを持っていることに気づいていなかった。ルーガーの肩越しに彼女を見ていたドルイが言った。


「なんだよあいつ、何しに来た?」


 ルーガーがくるりと振り向いた。そして、サイオペがバケツの水をトラックに向けて浴びせようとしていることに気づいた。


「ああっ、だめだめ! やめろ!」


 ルーガーは叫んで彼女を引きとめようと走り出した。ドルイは大声で叫んだ。


「おいバカ、止まれ!」


 ドルイが叫んでも、ルーガーは止まらなかった。ルーガーはサイオペを背中から引きとめようとしたが届かなかった。サイオペはバケツを後ろへ引き、水を勢いよくかけた。その途端、灼熱していた配管が爆音を立てて破れ、中から水蒸気が勢いよく噴出した。大小の破片が、大量の湯気にまぎれて回りに飛び散った。


 サイオペの悲鳴と配管からの噴出音が響き、近くにいた全員が白い煙に覆われてしまった。ドルイはルーガーを助けようとして手探りで前へ進もうとしたが、手ごたえが何も無い。離れていたドルイですら、蒸気の熱気を感じるほどだったので、うかつに身動きがとれない状態になってしまった。そのまま、湯気が風に吹かれて消えるのを待つしかなかった。


 霧が晴れると、ルーガーが手足をついて伏せているのが見えた。ドルイはすぐに駆け寄った。


「おい! 大丈夫か?」

「うー、なんとか」


 ドルイはルーガーの肩を抱えるとまっすぐに立ち上がらせ、急いで身体全体を調べた。ルーガーの頬には、破片でできたらしい切り傷がひとつあったが、他に怪我はないようだった。


「呼吸は? 熱気を吸い込んでいないか?」

「大丈夫、喉は大丈夫……」


 ルーガーは首を振りながらそういった。


 しかしサイオペの方は無事ではなかった。他の者が介抱しようとして抱き上げた途端、彼女は悲鳴を上げた。顔面にはひどい熱傷を負っていた。高温の水蒸気を正面からまともに浴びてしまったのだ。しかも身体には飛び散った破片がいくつも突き刺さっていた。


「大変だ、救急箱を取って来い!」


 隊商の皆が口々に叫んだ。ルーガーは手助けに行こうと一歩踏み出したが、ドルイが肘を引いて止めた。


「お前は怪我してるんだから、あっちで治療だ」

「大丈夫だよ、これぐらい……」

「あんなやつはほっとけ、自分の心配をしろよ。とにかくあっちへ行こうぜ。ここはうるさくてかなわん」



 ルーガーの傷の手当てをした後、ドルイは半刻ほどかけてトラックの状態を確認した。一目見ただけで、冷却パイプが破断して水がすべてなくなってしまっていることが分かった。燃料パイプも破損しており、かなりの量が漏れていた。どちらも、水をかけたときに起こった爆発のせいだった。ドルイは唸り声をあげた。


「引火しなくてよかったな。さもなきゃ荷物ごと丸焼けだ」


 爆発のおかげで、トラックを元通り走れるようにするには、燃料系と冷却系の二つの配管をすべて修理する必要ができてしまった。これは大掛かりな作業になるぞ、とドルイは言った。


 ドルイとルーガーはこの修理を引き受けることになった。もともと二人は、フライヤーの整備担当を引き受ける条件で隊商に加わっていたからだ。長い運送の旅では、フライヤーの整備と修理が欠かせない。そんなとき、機材の面倒が見られることは非常に貴重な技能だった。二人は相応の給金を条件に、操縦の他に整備の仕事を引き受けていたのだ。


 だが問題は、この場所が安全とはいえないということだった。本来の予定では、夜になるまでに峠を越え、次の村にたどり着いているはずだった。爆発事故のお陰で、すでに相当な時間を無駄にしてしまった上、修理をしなければならない。徹夜で作業を続けたとしても、動けるようになるのは明日の朝までかかりそうだった。


 隊商隊長と警備班長のグリオーは、この点について長いこと話し合いをした。そして、故障したトラックは修理のためにここに残し、他の者は先へ行くと宣言した。ドルイはこれを聞いて怒り出した。


「こんなところで修理なんて自殺行為だ。山賊が出てきたら一巻の終わりじゃねえか」

「警備班は全員残す。それで問題なかろう」


 警備班はグリオーやシート、他に三人の合計五人だった。


「警備なんてしてたって無駄だろう、山賊が十人も出てきたら、こんな人数で守りきれるもんか」

「警備班はみんな優秀な者ばかりだ、ちゃんと仕事はする」

「優秀? よくいうぜ。水をぶっかけて死んだのはどこのどいつだ」


 サイオペは爆発のあと、うめき声をあげながら死んでいった。火傷と破片で受けた外傷でショック死したのだ。結果として、警備担当が一人減ってしまっていた。ドルイの皮肉に、全員が顔をしかめた。特に警備担当者たちは恨めしそうにドルイを睨んだ。グリオーが言った。


「そもそもお前の整備がまずいから、こんな事故になったんじゃないか」

「そんなわけないだろ。加熱した熱交換器に水をぶっかけるバカがどこにいる? あれが大爆発しなかっただけでも、ありがたいと思えよ。さもなきゃ荷物ごと吹き飛んで、周りにいた奴ら全員死んでたぞ。あれは水をかけたからああなったんだ。水さえかけなきゃこうはならなかった(・・・・・・・・・)

「最初に煙を吹いて止まったのは何だったんだ。あれはお前のせいだろう、違うか」

「知ったことか、バカ野郎が爆発させたおかげで全部吹き飛んじまったよ。何が原因かなんて分かりゃしない……。言っとくが、おれが一番知りたいんだぜ」

「お前がヘマをやったからだ」

「違うって言ってるだろ!」


 グリオーとドルイの喧嘩を、隊商隊長が黙らせた。


「やめろ、お前たち、いい加減にしろ! とにかくトラックは修理してもらわなければならん。それはお前の仕事だ」


 そういって、隊商隊長はドルイの胸を指で小突いた。ドルイはその小突かれたところを、嫌そうに手で払った。しかしルーガーが手を引っ張るので、それ以上反抗をやめて(きびす)を返した。


 隊商隊長はグリオーに向き直って言った。


「お前は無事にトラックを連れてくるんだ。頼んだぞ」


 グリオーは不承不承返事をした。


「分かりました」

「よし、他の者は出発の準備だ。夜になる前に村に着かねばならんぞ!」

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