悪代官マローン
時は平安、世は乱れ、別の世界の昔の話。今日も屋敷で響く声。
「おやめ下さい、お代官様」
「良いではないか減るもんでも無し」
逃げる娘に追う男、やがてその手は帯へと届く。
「あーれー」
帯を引かれてクルクル回る。あれよあれよとはだける着物。
胸を抑える町娘、のぞく柔肌いと白く。
突如水差す足の音、声を掛けるは配下の侍。
「大変です、代官様」
「何だ騒々しい」
「侵入者です、屋敷に刀を持った男が!」
慌てて周りを見渡す代官。そこに松の木の影から声がかかる。
「いたいけな町娘に手を出すとは不届き千万」
「何奴じゃ」
見ると刀を持った男が代官を見据え、一喝する。
「余の顔を見忘れたでおじゃるか!!」
「余? ま、まさか麻呂様」
麻呂様と呼ばれた男は優雅に歩き、代官を責め立てる。
「夜な夜な拐かした若き娘に乱暴する悪代官、この麻呂が許すと思っておじゃるか!」
「ええい、麻呂様の名を語る偽物め。者ども、であえい、であえい」
「開き直ったか悪代官、成敗!!」
屋敷の中より多数現れる侍達。あっと言う間に囲まれる麻呂。
多勢に無勢、すぐに切り刻まれるかに思えたが、誰も一向に切り掛からない。
「隙が無い」誰もがそう思った事であろう。
目が届かないはずの背中からも、まるで見られているかのような気配を感じる。
漂う緊張感。辺りは静寂に包まれる。
堪り兼ねて背後より一人が切り掛かる。
振りかぶられた刀、そして鋭く振り下ろされた刀は麻呂の体を切り裂いたかに見えた。
だが、倒れたのは切り掛かった侍。
平然とした顔で周りを見渡す麻呂、その手の刀は既に振るわれていた。
『抜き胴』
振り下ろされると同時にするりと躱し、空いた胴に素早く打ち込まれる横なぎの一撃。それが襲い掛かった侍の命を刈り取ったのだ。
もはや切り掛かるものなどいない。再び続く膠着状態。凍り付いた時間。
「何をしておる、敵はたった一人。一斉に切り掛かれ」
響き渡る代官の声、その大声で時が再び動き出す。
一斉に切り掛かる侍達。舞う様に繰り出される麻呂の刀。
気付けば残ったのは代官一人。
屋敷のなかへ逃げ出す代官、追う麻呂。
やがて行き止まりへと追い詰められる。
「観念するでおじゃる」
「嫌なこった」
天井から垂れ下がる紐を引くと麻呂の足元の床が割れ、落とし穴が出現。
その場から姿を消す麻呂。落ちたか?
否。咄嗟にひらりと上に飛び、そのまま代官へと急降下したのだ。
「成敗!!」
「道連れなり!!」
更に他の紐を引く代官。その足元はパッカリ割れ、二人纏めて奈落の底へ。
――――――
「ここは?」
「気付いたでおじゃるか」
何も無い空間にぼんやり光る二つの人影。
「これは?」
「多分死んだでおじゃる」
「あほか」
再び争いが勃発、しかしお互いの体はすり抜け触る事が出来ない。
やがて醜い口喧嘩に。
「おやめなさい」
言い争う二人の耳に女性の声が響く。
「誰だ」
「誰でおじゃる」
「私は女神です。あなた達は死にました。これから異世界へ旅立ってもらいます」
そもそも女神って何ぞや? から始まるも、彼女の粘り強い説得に異世界行きを了承する二人。
「ただし、異世界に行けるのは一つの魂だけです」
「麻呂が行くでおじゃる」
「いいや私だ」
転生すれば更に強い力を手に入れられると聞いた麻呂。
奴隷制度があると聞き、欲望に目を輝かせる代官。
一歩も引かない二人の争いに女神が口を挟む。
「魂一つ分では異世界までたどり着けません。二つの魂が混じり合い一つの魂となって旅立つのです」
「嫌でおじゃる」
間髪入れずに抗議する麻呂。
「そうだそうだ、さすが麻呂様」と合いの手を入れる小物の代官。
「拒否はできません。問答無用でおじゃる」
「真似するなでおじゃる」
「女神さま気に入ったでおじゃるか?」
「お前も辞めるでおじゃる、誰が誰だか分からなくなるでおじゃる」
女神の両手が光り、「えい」との掛け声で二つの魂は混じり合う。
悪代官マローンの誕生の瞬間である。
「では行ってらっしゃい」
薄れゆく意識の中、「奴隷を売り買いして大儲けをするでおじゃる。隠れ蓑に孤児院を経営して貧しい子供を助けるでおじゃる。その一方で悪人を沢山成敗するでおじゃるよ」と思うマローンであった……。