後編
「……大丈夫かしら?」
夏の女王のつぶやきに、秋の女王が答えます。「……信じましょう」
王様が玉座で片肘を付き、ひざまずく若者を見下ろしています。その隣では王様のお友達であり、護衛でもある騎士団長が背筋を伸ばして立っています。
お城にいる人はみんな集められ、これからなにが話されるのか見守っています。急なことだったので、迷惑そうに若者を冷たい目で見る人や、反対に、これだけの人を集めていったいなにをするのかとわくわくした表情の人もいます。
これからどんな会話がなされるか知っている女王たちは緊張していました。春の女王なんかは、胸の前で手を組んで祈りをささげているかのようです。
「さて何用か、申してみよ」
始まりました。若者と季節を司る女王たちの、人生最大の大勝負です。
打ち合わせした通りに若者が会話を進めてくれれば、自分たちの手助け次第では何とかなる。秋の女王はそう信じています。
若者が隣に冬の女王を連れながら、王様に目を合わせて話し出しました。
「私と冬の女王の結婚を認めてください」
周囲がざわざわします。
なにを言われるか想像していたのか、始めから明らかに不機嫌そうな表情をした王様に、若者は臆することなくしっかりと望みを伝えました。
「ならぬ。冬の女王は私と結婚するのだ」
ざわめきが大きくなりました。女王たち以外の人たちは、初めて知ることだったからです。
王様が若者の要求を拒否するのは当たり前。勝負はここからです。
「お願いします王様。わたしはこの方を伴侶にすると、神に誓っているのです」
打ち合わせ通りに冬の女王が若者に加勢します。
秋の女王の隣で、春の女王が「がんばってください、冬の女王……」とつぶやきました。
「きっと大丈夫ですよ」秋の女王が春の女王の背中に手を当てました。「冬の女王もあの方も、あなたが思っているよりずっと強いのですから」
夏の女王が春の女王に微笑みかけます。「そうですよ、春の女王。あの方はわたしの試験を乗り越えたのですから」
わざと負けてあげたのでしょう? と口に出す寸前で、秋の女王は飲み込みました。せっかく春の女王を安心させようとしているのに、そんなことを言っては逆効果になってしまうからです。
それに乗り越えたというのも嘘ではありません。若者の必死さが、強い想いが、夏の女王を動かしたのですから。
三人の女王がやり取りをしている間も、王様と若者と冬の女王の話はつづきます。かたくなに拒否しつづける王様にしびれを切らしてしまった冬の女王が、大声で言いました。
「あなたと結婚してもわたしは幸せになれないと、どうしてわからないのですか!?」
王様が冷淡な視線を冬の女王に向けます。「そなたが幸せになる必要などない」
若者が眉間にしわを作ります。「……どういうことでしょうか? 冬の女王を愛し、共に幸せになりたいから彼女と結婚したいのではないのですか?」
若者にとって結婚とは、最も愛する人と苦楽を共にし、互いに助け合い、幸せに向かって進みつづける、そういうものです。ですから、冬の女王が幸せになる必要などない、と言い放った王様の言葉が信じられませんでした。
「冬の女王の気持ちなどどうでもよい。私が幸せになれればそれでよいのだ。私がこの国で一番偉いのだからな」
「あなたには心というものがないのですか!? この人でなし!」
当たり前のように言い切った王様に、冬の女王が雷のような大声でわめきます。
だれもが驚き、一瞬にして真夜中になってしまったかのような静寂に支配されます。
冬の女王の言葉に面を食らった表情をしていた王様は、少しずつ言葉を飲み込み、理解していきます。それに従ってどんどん顔が赤くなっていきました。
「生意気な女め! 罰を与えてくれるわ!」
王様の手にしている杖が赤く光ります。
三人の女王が「お待ちください!」と叫び、若者が冬の女王を守るように、王様との間に割って入ります。
しかし、冬の女王が赤く光り、そのまま倒れてしまいました。
春の女王が「冬の女王!」と涙声を上げて駆け寄ります。秋の女王と夏の女王もそれにつづき、若者は冬の女王の身体を揺らします。
「冬の女王……」若者が不安そうに手に力を入れますが、冬の女王は返事をしません。
「冬の女王! しっかりなさって! 冬の女王!」春の女王が呼びかけても、やっぱり返事がありません。
こんなことになってしまうだなんて……。秋の女王が足元を見て後悔していると、夏の女王が王様に向かって話しだしました。
「王様、どうしてこのようなことを……」
「どうしてだと?」王様が不可解そうに顔を歪めます。「この私を侮辱したのだぞ? 当然の報いではないか。私の結婚相手だから気絶させるにとどめたが、本来なら死を持って償うべき罪だ」
ここにいる若者以外の人は王様の恐ろしさをわかっているつもりでした。その理解以上の恐ろしさを目の当たりにして、顔を見るのも怖くなってしまいました。
場が恐怖一色になろうとしたそのときです。若者が王様を射抜くように睨みつけました。
「あなたは王にふさわしくない! 自分のことしか考えず、人の心を理解しようともしないあなたなんて、王でいるべきじゃない!」
当然、王様は反論します。「なにをバカなことを。私は女王たちにいい暮らしをさせているし、お前たち国民にも不自由のない生活をさせているだろうに」
「たしかに我々は住む家にも食べるものにも困っていません。しかしあなたはいま、人の道を踏み外し、ひとりの女性から心の豊かさを奪い去ろうとしている!」
「心の豊かさだと? そんなものは必要ない。人間に必要なのは住む家と食べるもの、それに洋服がいくつかあればそれでいいのだ」
「それだけでは足りません。優しさや思いやり、愛といったものがなければ人は不幸になってしまうのです。あなたには冬の女王の悲しみがわかりませんか?」
「冬の女王は私と結婚できる幸せを理解できていないだけだ。笑顔になる日も、そう遠くない」
「なぜ過ちを認めないのですか? 自らの過ちを認められないのは弱い者の証です」
「私が弱いと言いたいのか?」
「そうです。強くないものに、私の愛する冬の女王を託すわけにはいきません」
「お前は私より強いと?」
「もちろんです」
王様は大笑いします。「いいだろう。そこまで言うのなら、この国で一番強い騎士団長に勝ってみせよ。もし勝つことができたなら、冬の女王はあきらめよう」
王様の場の雰囲気にそぐわない朗らかな笑い声は、勝利を確信している者のものでした。
「あなたは闘わないのですか?」若者が王様を挑発します。
「王には王の闘い方がある。より多くの人を、そして強い人を動かすのが私の力であり、闘い方だ」
※ ※ ※
「始めよ」
皆がそろって広場に移動し、王様のひとことで若者と騎士団長の闘いが始まりました。
ルールは相手を気絶させるか、「参った」と言わせれば勝ちという単純なものです。
周囲は特に盛り上がりを見せずに静観しています。だれもが騎士団長の勝ちを確信しているからです。一方的に若者がなぶられるのは、火を見るよりも明らかでした。
若者が積極的に攻撃を仕掛けます。手を出し足を出し掴みかかり、その度に反撃されては立ち上がります。
「……作りたかった流れとは違いますが、案外この流れは悪くありませんわね」気を失った冬の女王を抱えた秋の女王がぽつりと言います。冬の女王が倒れてしまったときは、彼女が死んでしまったと憔悴していましたが、気絶させられただけと知って、いまは冷静さを取り戻していました。
「どこがですか?」春の女王が不満たっぷりに秋の女王を見ます。「あの方が騎士団長様に勝利なさると思っているのですか? いたずらに傷つくだけではありませんか」
「わたしは始めから王様を説得できるとは思っていませんでした。ですからなにかしらの方法で王様を認めさせる必要があったのです。王様よりもあの方の方が優れていることもある、と」
「ちょっと待ちなさい」夏の女王が口を挟みます。「あなた、わたしに『わたしのお友達が選んだ殿方なら、王様を説得できると信じているのです』と言ったではありませんか」
「あれは嘘です」秋の女王がさらりと言います。「あのときは嘘でも前向きな発言をしないと、臆病の虫が騒ぎ出しそうでしたから」
女王たちが話している間も闘いは進みます。若者の攻撃は騎士団長には受け止められつづけ、若者はどんどん動きが鈍くなっていきます。
「……あれですよ」秋の女王が目を細めます。「あのなんとしても冬の女王と結婚したい、という気持ちを周りの目があるときに王様に訴えてもらって、わたしたち季節を司る女王たちが全員で後押しをすれば、間違いなく周りはわたしたちの味方に付いたはずです。わたしたちが季節を回さないと、生活が大きく変わってしまうのですからね」
「でしたら、いまからでも後押ししましょうよ」
春の女王が若者に声をかけようとしましたが、秋の女王が春の女王の口に手を当てます。「ちょっと待って」
「なんで止めるのよ?」夏の女王が怪訝そうに聞きます。「あなたの言っていることは間違いではないと思うし、上手くいくという公算も理解できます。ここであの方を後押ししてあげれば、あなたの望み通りになるのではなくって?」
「……もう少し、見守りたいのです」
夏の女王と春の女王は顔を見合わせました。秋の女王の真意はわかりませんが、自分たちが声をかければ逆転できる可能性が高いことを知り、少し心に余裕ができたので、秋の女王に従うことにしました。
「なぜだ」騎士団長が顔を腫らした若者に問います。「なぜまだ立ち上がる。其方に勝ち目がないのは、其方が一番わかっているだろう」
騎士団長は王様にばれない範囲で手加減をしていました。王様と若者のやり取りを見て、本気を出す気には、どうしてもなれなかったのです。
若者も手を抜いてもらっていることに気づいていました。
「愛する者のためだ」若者が肩で息をしながら答えます。「ここで私が負けてしまったら、冬の女王は一生不幸になってしまう。私には、それがどうしても許せない」
若者がいままでで一番速い速度で駆け出して、騎士団長に拳を突き出します。
不意を突かれた騎士団長は、思わず本気で反撃してしまいました。若者のお腹に経験したことのない大きな衝撃が走ります。
「うっ……!」
呻くなり突っ伏した若者を見て、周囲の人は息を飲みました。三人の女王も声が出せません。
「これで終わりだな。わっはっはっは! いい気味だ、若造めが」
王様が勝負の結果に満足した刹那、冬の女王の声が響きました。
「負けないでくださいっ!!」
秋の女王に抱えられたまま目を覚ました冬の女王はおろしてもらうと、倒れる若者に声をかけました。
「立ち上がってください! お願いします!」
悲痛な叫びは周りの人をも動かしました。「がんばれ若者!」「男を見せろ!」若者を応援する声で広場が埋め尽くされます。空気が振動するほどの大音量です。
声が届いたのか、若者がよろよろと立ち上がります。声援を味方につけ、繰り出した攻撃は、騎士団長の顔に当たりました。騎士団長がよく晴れた青空を見上げるように、あおむけに倒れます。
「参った。私の負けだ」
騎士団長が笑顔で降参すると、広場が拍手と喝采でいっぱいになりました。
力尽きた若者も倒れ、そこに冬の女王が駆け寄ります。
「大丈夫ですか!?」
「問題ありません」若者が安心したように笑います。「あなたが近くにいるとわかっていますから」
「いま直します」夏の女王と春の女王とともに駆け寄った秋の女王が、若者の身体に手を当てます。少しだけ腫れが引きました。「……ごめんなさい。いまのわたしでは完全に直してあげられないわ」
「十分です」若者が冬の女王の支えを借りながら立ちます。「この痛みは男の勲章として、しばらくの間受け取っておきましょう」
「……お強いのですね」
「わたしの愛する方ですもの!」
若者たちに王様が近づいてきました。若者と目を合わせた王様は、穏やかに言いました。
「……見事だった。其方は私よりも強い。我が友から降参の言葉を引き出し、周囲をこれだけ味方につけた。其方は、私に勝ったのだ」
「王様……」
王様がつぶやいた冬の女王に目をやりました。「冬の女王よ、すまなかったな」それから若者に視線を向けて、「いまなら其方の言う心の豊かさが、わかるような気がするな」
王様の言葉に反応できるものはいませんでした。だれもがなんと声をかければいいのか、わからなかったからです。
それをわかっているのか、王様はしゃべりつづけます。「どうだ若者よ。其方が王にならぬか? 其方のような正しい者こそ、国を背負うにふさわしい」
若者が首をふります。「私は国を背負えるような器ではございません。せいぜい、愛する女性を一人守れる程度のものしかありません。これまで安全な国を作り、国民の生活を安定させて、そして心の豊かさを理解したあなたこそ、我が国の王であるべきです」
「……其方がそう言ってくれるのなら、そうなのだろうな」
王様が騎士団長に「帰るぞ」と声をかけ、若者たちに背を向けました。
「一週間後、結婚式を開く。もちろん、其方と冬の女王のだ」
言葉の通り、王様は盛大な結婚式を開きました。
若者も冬の女王も、三人の女王も王様も、国民もほかの国の国王もみんなが笑顔になる、そんな結婚式でした。




