第1話 ひゃっはー異世界だ!
2○XX年、地球は戦争の業火に包まれた……。
海は汚染され、大地は渇き、あらゆる生命が絶滅したかに見えた。
しかし、人類は死に絶えていなかった!
力こそ全てっ!!
暴力渦巻く荒野に日夜、弱者の血と涙が吸い込まれるまさに世も末の世界
そんな悪魔が微笑む時代もやがて1人の救世主、伝説の拳法使いの登場によって終焉を迎える。
その過程でやられた悪党の1人が俺こと関東一円を支配する組織随一の荒くれ者として怖れられたジーザ様だ。
いや、正確に表現するとやられたはず…なんだが、どっこい生きてる森の中
2mを越える筋骨隆々の巨駆。
出で立ちは、上からモヒカン頭に、顎には無精髭が蓄えられ精悍さ……と言うより目付きの悪さもあって凶悪さを増している。
アメフトやバイク用のプロテクターを改造した肩当や脛当て、トゲトゲした鋲付きの腕当て、まともな布地の服は丈夫そうな作業ズボンくらいだ。
背中には、片刃の大きな手斧。
最後にオシャレポイントとして、首もとあてがわれた無数の羽根。
見る人が見れば世紀末な風貌である。
しかもその風貌で、齢はまだ20代前半、23歳
幼くして暴力の荒野に身を委ねたが故の凶相である。
「むぅ、なんだこの森は……。今の時代、こんな生い茂った緑の大地があるはずねぇっ!」
眼前に広がるのは鬱蒼とした森。
自分自身の状況より、まずはその点に驚かされる。
次にパンパンと身体のそこかしかを叩き、自分の身に異状がないことを確かめる。
「…………俺は…………うん、傷1つとしてない完璧な状態だな。確かにあの時、俺は、あの拳法使いの男にやられたはずだが……。」
そこで漸く状況を整理し始める。
まあ、整理しようとした所で混乱を深めているだけであったが……。
「……死んだ後の世界?それとも死んだのが夢か?…………」
しかし、組織の中ではそれなりに頭のキレる方ではあったが、元来深く考え込むタイプではない。
「さっぱりわからねぇ!……もういい、そこら辺に居る奴をひっ捕まえて聞き出しゃいい。」
コキッと首を一鳴らしすると不適な笑みを浮かべて森の中を歩き出すのであった。
もちろん、行く当てなどないので適当な方向にである。
………………
「くそっ、喉が渇いた。こんなに樹が生えてんなら、水場の1つや2つあったって良いだろ~。」
しばらく歩いたものの一向に開ける兆候のない森にうんざりして呟くジーザ
その渇きにより研ぎ澄まされた耳に、ふと飛び込んでくる水音
タプタプと何かバケツのような容器に水が入れられいる時に聞こえる音であった。
「こいつぁ~ありがてぇ。丁度良い時に、獲物がきたぜ。」
勘と察しの良いジーザは、ニヤリとして歩みを早める。
進んだ先にはジーザの予想通り木製のバケツを2つ両手にぶら下げた人影
14~15歳の少女であった。
ブラウンのウェーブがかった髪に青い瞳、鼻筋も通っており整った顔立ち
そこそこの美少女と言える容姿である。
しかし、服装は、薄汚れた灰色のチュニックにぼろ布をベルト代わりに巻いたよう粗末なものであり、容姿の良さを半減させてしまっている。
まあ、今のジーザにとってそれはどうでもいい事であった。
バケツの水を奪うべく、手斧を掲げて少女に声を上げる。
「その水を寄越せっ!さもないと…………っ!?」
飛び出した人影に驚きの表情を浮かべる少女
しかし、それはジーザに対してではない。
ジーザと同じタイミングで反対側から飛び出しきた複数の人影に対してであった。
「ギャギギギーッ!!」
奇妙な金切り越えをあげているのは、体長120cm程の深緑色の肌をした小人、所謂ゴブリンが3匹
その顔は、醜悪であり、尖った耳と鼻と相まって小鬼といった感じである。
服装は、ぼろ布1枚を腰に巻いたみすぼらしいものであり、その手にはささくれ立った木の棍棒が握られている。
「きゃーーっ!!」
悲鳴を上げてその場にへたり込むしか出来ない少女
当然、バケツもその拍子に投げ出してしまっている。
「ギャギギギーッ!!」
少女の様子にいやらしい表情を浮かべるゴブリン達
小走りに少女に向かって駆ける。
少女は、恐怖のあまり顔を伏せてしまう。
バシュッ、バシュッ、ドゴッ。
「ギギギ…………。」
「ゴラァっ!くそボケカス!俺様の獲物を~」
尋常ならざる叫び声に顔を上げる少女
その目に飛び込んできたのは、脳漿をぶちまけ倒れているゴブリンが2匹と
その奥で樹に打ち付けられて血ヘドを吐き、虫の息といった様子のゴブリンが1匹
そして、少女の前を遮るように仁王立ちする大男ジーザ
ジーザは、獲物であるバケツをひっくり返された怒りに任せ、虫の息のゴブリンに近付き、手斧を打ち下ろして止めを刺す。
「ふざけやがって、雑魚のくせに…………あ~くそっ、今ので余計喉が渇いちまったぁ!」
地団駄を踏むジーザ
その姿に恐怖を忘れて首を捻る少女
しばらくして、おずおずと立ち上がるとジーザに近付く。
「ん?なんだ?……なんて?」
「☆□#§◇▽…………〇$&£%@*%」
少女に背中を叩かれ何事かを言われるジーザ
「あ~ん?だから、何言ってるかわかんねぇって。」
「$§▽*△□§$…………。」
お互いに言葉が通じていないようであった。
苛立ちを隠すように頭に手をやるジーザ
「かぁ~。ここは何処だよ?言葉が通じないとかありえんぞ。」
ジーザの仕草の意味が通じたのか、困った顔をする少女
一瞬迷った素振りを見せるが、頭を振ると、地面に落ちたバケツを手早く回収し、ジーザの手に両手を引っ張り始める。
「ん?来いって事か?」
進行方向に指差しして小首を傾げるジーザに頷く少女
「まあ、ここに居てもどうしようもないしな……。分かった分かった、行くから、そんな引っ張るな。」
………………
……少女に連れられ歩くこと10分
急に眼前の森が開け、土壁の古めかしい小屋が姿を現す。
50m程距離をおいた先には何軒か同じような小屋が建てられており、村の様相を為している。
少女は、そのまま一番初めに目に飛び込んできた小屋にジーザを案内する。
「ふ~ん、村外れの小屋に住んでるたぁ、大したもんは期待できねぇ~な……。まあ、足りなけりゃ向こうの家からも掻き集まればいいか。」
元来、悪党であるジーザは、奪うことを前提として家々を品定めする。
少女の方は、相変わらすジーザの言葉の意味が分からず、キョトンとしていたが、すぐ気を取り直したようにジーザに手招きする。
中に入ると家の間取りとしては、囲炉裏のある居間と奥に小部屋が2つといったものであった。
広くはないが、2~3人で暮らすには十分といった感じである。
「%¢*§%$%%?」
そこで、小部屋の1つから口髭をたくわえた初老に近い男が出てくる。
突然現れた大男に身構える初老の男
少女はそこ男に駆け寄り何事かを伝えた。
すると初老の男は、構えを解いて、姿勢を正し、「中にどうぞ」といったジェスチャーをしてくる。
ジーザは、この二人相手ならどうとでもなると、警戒する事なく囲炉裏の前まで進み、促されるまま、その場に座り込む。
ジーザが座るのを見届けて、囲炉裏の対角線上に座る初老の男
「£$&☆%……◎*?」
「…………何言ってんのか、やっぱ分かんねぇな。」
ジーザは、頭を振って言葉が通じない事を相手に伝える。
その意図が伝わったのか初老の男は、眉間に皺を寄せながら黙り込み、何か考え事している様子
ジーザも溜め息をつくと、気を取り直して何か値打ちものがないか、居間を眺め始める。
グーーッ
「腹も減ってきやがったぜ。」
腹を大仰に擦するジーザ
そこで目の前に、横から差し出されるコップと皿
「お?おおおっ!」
コップの中身はただの水であったが、
皿には、焼かれた獣肉の燻製、リンゴやバナナのような果物等がはみ出しそうな程てんこ盛りになっていた。
ジーザにとっては、見たこともないようなご馳走
言葉を発するのも忘れて欲望のまま、貪り食う。
そんな無作法にも怒ることなく、ニコニコとした表情でジーザを眺める少女
ジーザがゴクゴクと水を飲み干す度に水差しでお代わりを注いでくれる。
ジーザが少女らに意識を向けたのは、皿が空になり、一息ついてからであった。
「ふぅ~、食った食った。ふはははっ、ここは天国か?」
ゲップを出しながら至福の表情で、目線を少女らに移すジーザ
ジーザにとってはいつの間にか、初老の男の隣に少女が座っていたという感覚であった。
「ありがとよっ、おかげで一息つけたわ。」
右手で腹部をパンパンと叩きお腹が膨れたというジェスチャーを少女に見せる。
少女は、また何事かを初老の男性に話しながら満足そうに頷く。
「しかし、こんだけ食いもんを出ししまったら、もう蓄えもねぇだろ?」
ジーザは、食料のなくなったこの家を出て、他の家からぶんどる気満々で、先程、少女が食事を用意していた複数の大甕の並んでいる辺りを指差す。
その指差しに、言葉の意味が伝わったのか、少女と初老の男性は顔を見合せると、笑いながらジーザに向き直る。
そして、初老の男性の方が少女に何かを促すように頷くと、少女は大甕の1つを傾けて中身を見せてくれる。
「っ!?……まだそんな沢山あのかよ!」
1m程の大甕の中は、先程食べた燻製肉で8割以上満たされている状態であった。
次々と見せられる大甕の中身からは、この家には食料が豊富に蓄えられていることを示していた。
「こいつは…………この村の食糧全部がここに集まってるのか?」
食料が十分にあるという環境がこれまでなかったジーザにとっては、信じられない光景であり、これは村全体の食料が貯められたものであると考えたのであった。
「……こいつを持っていくのは、一苦労だし…………へへっ、しばらくここの厄介になるかな。」
この家の食料を食い荒らす皮算用をし出すジーザ
その様子をどう解釈したのか、少女が必死に何かを隣の初老の男性に伝え出す。
怪訝な顔をしてそれを眺めるジーザ
ハッとして自分の悪巧みを読まれたのかと傍らに置いた自分の獲物である手斧の位置を確認する。
しかし、その心配は杞憂に終わった。
初老の男性が柔和な微笑みをたたえて頷くと、少女は顔を輝かせてジーザに駆け寄り何事かをジェスチャーで伝えようとしてくる。
「だから、何言ってるか分から……ん?なんでベッドを指差してるんだ……寝る?食べる?何日も?…………心臓?いや、命か?命を助ける……」
そこでピンときたジーザ
先程の行動も、少女が自分を命の恩人と勘違い(結界としては勘違いではないのだが)して、
この家に滞在出来るよう初老の男性に頼んでいたのだろう。
そう判断したジーザは、しばらくこの家の厄介になる事を即断して大きく頷く。
少女は、ジーザの反応に溢れんばかりの笑顔を向け、ウンウンと何度も頷き返すのだった。
ーーそれから3日後ーー
チュンチュン
小鳥のさえずりで目が覚める。
こんな平穏な気分で朝を迎えるのは、前の暮らしでは考えられない事だった。
ジーザは、ゆっくりと上体を起こして背伸びをする。
「ふぁ~、良く寝たぜ。美味い飯と適度な運動、そして安眠…………健康にはこいつに限るってもんだな。」
ジーザには、2つある部屋のうち、少女が使っていたであろう1つを丸々あてがわれていた。
もう1つの部屋を居間は初老の男性と少女の二人が寝室として使っている。
寝るにあたって使っているのは、藁の上に麻布を敷いただけの粗末なベッドであるが、
野盗の類いとして組織に居た頃の固い地面に布切れを敷いただけの寝床に比べれば天国のような寝心地である。
流石にジーザの体格には合わず初老の男性が接ぎ木をして大きくしてくれてはいるが……。
「ジーザさん、おはよう。$&◎%@*£§ですね。」
ジーザの独り言を聞き付けたのか部屋に入ってくる少女
この3日間で、ジーザは、少女らが話す極々簡単な単語の意味は、分かるようになってきていた。
「おう!おはよう、ルチア。」
少女の名前はルチア。
今年14歳になるというルチアは、初老の男ガルムの娘であり、炊事、洗濯、掃除と家事全般から、水汲みや森の幸である木の実や果物の採集まで甲斐甲斐しく行う気立ての良いコである。
また、ルチアの親であるガルムも、少し寡黙であるが柔和で実直な男であり、本業の木こりの他、木炭作り、罠式の猪狩りや燻製作りとなかなかの働き者であった。
ただ、彼らが如何にせっせと働いていたとしても、これだけの食料を手に入れられる状況にジーザは大きな疑問を抱いていた。
「何か秘密があるはずだ。でなきゃ、こんな時代にあんなに水や食料が得られるわけがねぇ……。」
彼の中では、既に自分が正義の拳法使いにやられて死んだかどうかという事は、忘却の彼方に押しやられていた。
「とりあえず、ガルム爺さんについて行ける事になったし、手伝う振りでもして様子を見てみるか……。」
ブツブツと今日の予定を呟きながら居間に向かうジーザ
寝癖で自慢のモヒカンも爆発してパイナップル頭になっている。
囲炉裏の周りには既に朝食が並べられている。
猪の干し肉を炙ったものに卵焼きが乗せたものとカットされた林檎、プレーンな丸パンというメニューである。
毎朝同じようなメニューであるが、
厄介になって明くる日に出てきたこれらの朝食に、ジーザは、面喰らったものであった。
荒野を生き抜いてきたジーザにとっては豪華過ぎるとい感覚なのである。
とは言え出されたからには、しっかり腹に納めるのだが……。
「うん、今日も美味いっ!」
片言の現地語で感想を述べるジーザにルチアは、毎度のニコニコ顔である。
朝食を終えると、まずは薪割りの作業であった。
手際良く薪割りをするガルムの動作を見よう見まねするジーザ
得物はもちろんジーザ愛用の手斧
手斧自体の扱いは慣れたものであるため、初めての薪割りでも、すぐにコツを掴んで軽快な動作を見せる。
ガルムは、感心した表情でジーザに視線を向けていたが、
手斧の扱い以外でも、運動神経や単純な筋力でガルムを圧倒的に上回っているジーザにとっては雑作もない事であった。
「こんな地味な作業はさっさと終えて思い切り斧を振り回したいな……。」
ぶつくさ言いながらも、ものの10分も経たない内に家のすぐ横にある薪置き場が満載になる。
薪割りを終えると次は、樹木の切り出し
だ。
前述のようにジーザは、思い切り手斧を振り回せそうなこの作業を楽しみにしていた。
衣食住足りている中、様子見をする以上、大人しくしているのが得策であると判断していたため、荒野で培われた破壊衝動を正直持て余していたからである。
ガルムに連れられて本日の伐採場所に移動すると、薪割りと同じく先ずはガルムが手本を見せる。
今回は、木炭にするのが目的らしく、狙いは、直径10cm程の細めなナラの木であった。
樹木の根本を若干の互い違いをつけて両側から少しずつ斧で切り込みを広げていきいき、自分の意図した方向に切り倒すガルム
更に倒れた樹の枝打ちを慣れた手つきで進めていく。
ジーザは、ガルムに刺激されたのか意気揚々として前に進み出た。
「よっしゃ、一発かましてやるか。」
そのまま、目ぼしい太さの樹木を見定めると頭を傾けて、ガルムにこの樹でいいか?というジェスチャーをする。
ガルムが頷くと、躊躇する事なく大きく振りかぶって、渾身の一撃を樹の根本に加える。
「オラァァッ!」
バキャッとおよそ切断に聞こえない音を響かせて、樹全体がジーザと逆方向にぶっ飛びながら倒れていく。
一撃のもとに、根本から樹を切断し、勢いのまま、薙ぎ払ったのだった。
目を丸くして固まるガルムに、どんなもんよと得意気な表情を向けるジーザ
親指を立てて、成功をアピールする。
「俺もやるもんだろ?」
何を言ってるか自体は、伝わらなかったようだが、ガルムは、ハッと我に返ると薙ぎ払われた樹の状態を確認して、親指を立ててジーザに上出来の旨を返した。
「コツは掴んだ。どんどん次いくぞっ。」
それからは、ジーザの独壇場であった。
ガルムに指示された樹木を重機の如く次々と薙ぎ倒していく。
ジーザの通った後には、ナラの木がゴロゴロと倒れていった。
細かい枝打ちは、面倒だとガルムに任せっきりであったが……。
そうこうしてだいぶ日が高くなった頃には、かなりの範囲の伐採が進んだ。
ガルムからもう十分だと止められ、切り株にどっかと座って一休憩といった所である。
その二人の背後から息を殺して近付く人影
「………んっ?ああ、なんだルチアか。」
しかし、気の抜けない生存競争を生き抜いてきたジーザの鋭い感覚は、その気配を見逃さない。
まあ、所詮、素人娘の抜き足差し足なので、ガルムの方も気付いていたみたいであるが…。
「あ~あ、びっくりさせようと思ったのにっ!」
ぷくっと頬を膨らまし、若い年相応の反応を示すルチア
その手には、蔓で編まれたバスケットが握られていた。
ジーザ達のお弁当である。
昼は、猪肉のハンバーグ、目玉焼き、レタス等を挟んだパン、所謂ハンバーガーが2セットに、
また、木製の水筒には蜂蜜レモネードというメニュー
家で用意されるものより量は流石に少なめであるが、しっかりと手間をかけて作られたものであった。
「お父さん、これで今日の作業は終わり?」
ルチアは、夢中で昼食を摂るジーザを嬉しそうに眺めながら、ガルムに聞く。
「ああ、終わりだ。ジーザさんが凄くてね、少なくとも2週間分は切り倒したよ。」
「時間あるのなら、ナディア様に#§@£%☆$£%お願いに行きましょうよ。」
「そうだな。そろそろ▼$£$$%$&して戴かないとな……。」
ジーザは、ルチアとガルムの会話にはあまり興味がなかったが、ながら聞きの中で、所々分からない単語はあるものの
この後何処かに寄るという事は理解していた。
昼食を終えると向かったのは、ガルムの家から少し村の中心部寄り
裏手に人の背丈程もある柵が設置されている2階建ての建物であった。
中に入ると一階部分は、いくつかのテーブルが置かれ、集会場のようになっている。
テーブルの奥にはカウンターがあり、村人とは少し毛色の違う男が座っていた。
「オルロフさん、こんにちは。ナディア様はいらっしゃいますか?」
ルチアにオルロフと呼ばれたのは、ブラウンの髪と瞳をした年の頃にして20代後半くらいの男
涼やかな顔立ちをしているものの左まぶたの上には、おそらく刃物でつけられたであろう古傷
服装も得物はカウンターで見えないが細い額当てに革を何層か組み合わせた謂わばレザーアーマーを着ている。
何より身に纏う雰囲気が強者のソレであった。
オルロフは、物を言わずチラリと視線をジーザに向ける。
「ああ、ジーザさんは、遠く東方から来られた旅人で3日程前から、うちに泊めているんだ。ルチアの恩人でね。」
オルロフの視線の動きに気付いたガルムが答える。
「そうなんです。湧き水を汲みに行った帰り道、ゴブリンに襲われた所を……。
少し見た目は、怖いかもしれないけど、自分からお父さんの仕事を手伝ってくれたり凄く良い人なんです!」
ニコニコと身振り手振りを交えて説明するルチア
ジーザは、話している単語の半分も分かっていなかったが、ルチア達が自分についてオルロフに説明しているであろうことは理解していたので、下手な動きはせずやりとりを見守っていた。
「……ルチアがそこまで気に入ってるなら見た目程、悪い人間ではないようだな……。よし、ナディア様は、今、裏の聖なる泉でお務めをされているが、もうそろそろ終わる頃だ。戻られ次第、お呼びしよう。」
「気に入ってるだなんてオルロフさん…………。」
ルチアは、顔を真っ赤にして俯くが、とりあえず、ナディア様とやらには会えるらしい。
ジーザは、何となくこのナディア様なる人物が、村長ないし村の重要人物であろうと勘づき、興味を持つのだった。
そして、テーブルに着いて待つこと5分
少しジーザが苛立ち始めた所で、カウンターの奥の方でドタンという物音が聞こえる。
「……あいたた。おでこ打っちゃった……痛いよ~オルロフゥ~」
「ナディア様は、いつもその上がり口の段差に躓いておられます。今回も出られる前に一言、御注進申あげましたが……。」
「そんな、つれない~。オルロフのバカ、薄情者、鉄面皮ぃ~。」
「…………ナディア様」
「なぁ~に?慰めのいいこいいこ?」
「予定にはありませんでしたが、ナディア様に豊穣の祈祷札をお願いにガルムさんとルチア、そして彼らの家に居候している旅の者ジーザさんが来られております……。」
「へっ?……こ、この時間帯に今まで訪ねて来たことなかったじゃない……」
「では、これが初めてになりますね。」
「ぎゃひ~、ちょ、待って!……えと服装正して、ほこり払って……」
―――中略―――
「元気そうですね、ガルム殿、ルチア殿。
それとお初にお目にかかる、ジーザ殿。
私は、創造神アルシュヌ様に仕える神官が1人、ナディア=ザナドゥです。」
現れたのは純白の布に繊細な金の刺繍と縁取りがされた法衣を身にまとった銀髪の美しい女性であった。
年は20歳に満たないくらい、身長もルチアからすると頭1つ分高く法衣の上からでも、スタイルの良い事が見てとれる。
右手には、微かに白光を放つ宝玉がはめ込まれたスタッフが握られている。
吸い込まれそうな翠色の大きな瞳が3人の訪問者を映す。
一目で徳の高い神官であることが分かる…………先程の件がなければだが……。
「……おでこが赤くなってるぞ。」
すかさずツッコミを入れるジーザ
一瞬、間を置いてナディアの瞳に涙が溜まり始める。
「ジ、ジーザさん!……えっと、すいませんナディア様、ジーザさんもナディア様を心配しての言葉なんで……それにまだこっちの言葉にも疎いですし……。」
ルチアは、慌ててフォローを入れるがナディアの涙は止まる気配を見せない。
「ぅぅぅぅぅ……威厳ある神の僕としての私のイメージが…………」
そこで横からスッと差し出されるハンカチ
オルロフである。
「大丈夫です、ナディア様……元々、どじっこなのは、村の皆様にバレてますから。」
(……慰めになってない。)
オルロフ以外の人間は、そう思った。
「ぎゃひ~……それほんと?それほんと?大事なことなので二回言いました。」
「はい、完全に。」
目に見えてあたふたするナディアに、爽やかな笑顔で止め刺すオルロフ
「ぎゃひ~~~~!!」
バタンと後ろに倒れるナディア
手足をジタバタとさせる。
「やだやだ!うわ~んっ、神官は、皆に敬まれる立派な存在じゃなきゃ駄目なのにぃ~。」
―――中略―――
「……コホンッ。え~先程は取り乱してしまい申し訳ありません。
改めて、ご用件を伺いましょう。」
ルチアの必死のフォローで、なんとか落ち着きを取り戻した神官ナディア
「それでは……豊穣の祈祷札をお願いできませんでしょうか?前に戴いたものが、もう少しで効力を失いそうでして……。」
「なるほど、分かりました。豊穣の祈祷札であれば、まだ何枚か魔力を込めたものがありますのですぐにお渡し出来ると思いますよ。
……ただ、一つ気掛かりなのはもう少し持つものと考えていましたので……何か早く魔力を消費してしまわれた原因に心当たりは?」
ガルムのお願いに、快諾を返すとともに神官なりの疑問も返ってくる。
「手前どもの勝手な都合で申し訳ありませんが、ルチアの恩人であるジーザさんにせめてものお返しをと、お泊めしている内に…………納めさせて戴いている木炭の量を増やしますので、お願いできないでしょうか?」
ガルムの説明に静かに耳を傾けるナディア
大きく頷くと、微笑を湛える。
「そうでしたか……私もオルロフから、この辺りでしばらく見なかったゴブリンが出現した件は聞き及んでいます。
そして、ジーザさんの英雄的行動も……。
であれば、その善行に私も酬いるのは当然のことです。」
そこで、いつの間にか居なくなっていたオルロフが、2階から木箱を携えて降りてくる。
テーブル乗せた木箱を開けると中には何やら模様が描かれた木簡が5枚程
ナディアは、その内の1枚を取り出すと樹の皮で作られた封筒に恭しく入れ、ガルムに渡した。
「有り難う御座います……。日々飢えることなく暮らしていけるのもナディア様のお陰です。」
深々と頭を下げるガルムとルチア
ジーザは、どうしたら良いのか分からずチラリとナディアに視線を向けると
ジーザの視線に気付いたナディアは、微笑みを返す。
そんなこんなで、木簡を持ち帰ったガルム達は、家から森に30m程入った所にある菜園にジーザを連れて行った。
気休め程度の粗末な柵の中には、10m四方の小さな菜園が作られていた。
菜園は、様々な種類の作物の樹や蔓が所狭しと植えられている。
その割にはどれも栄養不足という事はなく、元気そうな状態でひしめきあっているのだった。
ガルムは、菜園の中心部まで進むと徐にナディアから貰った木簡を地面に刺す。
その瞬間、地面が盛り上がった感覚がするとともに
まるで早送りのように植えられた作物に花の蕾から開花へ、そして実が生り、膨らんでいく……。
「あぁ、今日も神の御業に感謝します。」
ルチアは、膝をつき、手を組んで神に感謝の口上を述べる。
そして、この光景、口をあんぐり開けて、ただただ驚くジーザ
「え、え、え?…………どうなってんだこりゃ、あっという間に食い物が……」
ジーザもオアシスに生っている果実の存在で、植物がどのようにして実を付けるかくらいは知っていた。
しかし、こんなに早く出来る植物を知らない。
「ジーザさん?」
不思議そうな顔でジーザの驚く様子を見つめるルチア
「……ルチア、これはなんだ?」
漸く我に返ったジーザは、木簡を指差しルチアに問い掛ける。
「……?……ああ、豊穣の魔力が込められたお札ですよ。ナディア様は、神聖魔法だけでなくて土魔法も御達者なんです。」
また、ジーザの知らない単語が出てくる。
「豊穣の魔力?魔法?……どういう意味だ。」
ポツリと呟くが、説明を受けるにしても、今はまだ言葉を知らな過ぎる。
確かに荒野での生活でも不思議な力を使う奴は居た。
ジーザを倒したのもそういう力を使う男であったし、
キングと称されていたジーザの所属していた組織のボスもそうであったが、
それは拳法の延長線上であった。
このように生物の成長を促すような力は見た事も聞いた事もない。
「わけが分からんが、食い物をいつでも作れる事は分かった。
……さしあたっては、様子見を続けるしかないか……。」
兎にも角にも、言葉を理解するのが疑問解消の最善策
ジーザの当面の目標が決まった。
そんな事を考えながらぼーっと突っ立っていたジーザを後目にガルムとルチアが熟れたものから収穫を始める。
ジーザもそれに気付くと、籠持ち役を買って出るのだった。
ルチアは、ニコニコとしていたし、ガルムもそれを微笑ましく見ているようで、牧歌的な時間が流れていく。
しかし、ジーザは、この村をどう手中に納めるか思案していた。
色々とこの辺りの勝手を知るまでの辛抱だ……ジーザは、心の奥でそうほくそ笑んでいたのだった。




