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未成年委員会による日本の壊し方  作者: 刃下
第一章「未成年委員会による日本の壊し方」
9/10

第九話「誘い1」

コロナ公園。住宅街の外れにある大きな公園の名だ。由来はとある映画に出てくる宮殿から。そこで新聞記者の主人公とヒロインが再会する印象的なシーンがある――――。

どれだけコアな映画のファンであろうと、二日の間に三度も訪れてみようとは思うまい。かく言う俺も、訪れたいから訪れているのではなく、気づいたら何故かこの公園に足を踏み入れている、っとそんな感じ。だとすれば、もはや俺にとってこの公園は何かしら運命的な場所ではないかと疑わずにはいられない。考えてみれば、お嬢様の救出に向かったのもこの場所から、あの悪魔染みた男に初めて出会ったのもこの場所だった。

前者の時はというと、お嬢様の事やアキラさんの事で頭がいっぱいで、膝を抱えながら身動きが取れなくなっていた。後者の時も、拳銃を後頭部につきつけられ、同じく身動きが取れなかった。だが、今回はそうではない。公園に設置された市民のためのベンチにきちんと腰掛けて、生意気にも都会の夜空を眺めている。

俺の目の前を、四十代くらいの女性がジャージ姿で走り抜けて行った。首にタオルを巻き、そのタオルで隠しきれない顎の下の肉が上下に揺れる。相変わらず公園の木には、過去にあった事件の注意を促すポスターがべたべたと貼ってあるにも関わらず、そんなことはまるで自分には関係ないでしょうといった様子。先ほどからゆっくりなペースで、池の周りを何周も何周もランニングしている。

ベンチに座ったまま携帯電話を広げた俺は、しかし残念ながら電池切れのそれを見て、また視線を夜空に戻した。そもそも回線契約がまだ続いているのか、それすら分からない。時間もろくに調べられない自分の無力さを改めて痛感した。


そんな時に背後から、足音と気配を消しながら男が近づいてきた。「やあ、偶然」


だが突然の声かけにも、俺は全く驚かない。「偶然?冗談だろ」何故ならば、公園を訪れた時からそんな予感がしていたからだ。落ち着いた声で対応する。


「どうやら全て片が付いたようだね。俺の予想通り。君ならば無事やり遂げるだろうと思っていた」

「・・・うそつけ」

「本当さ。今回限り、大嫌いな神様とやらに誓ってもいい」

「お前に誓われたんじゃ、神様だって迷惑だろ」

「あれま、ひどい言い草。俺はあんなに身を粉にして、君に手を貸したっていうのに」


奴はいつもの軽い調子で、ベンチに座る俺の横、開いたスペースにお尻をねじ込んでくる。何の断りもないまま腰掛けると、まるで先にいたのが自分であるかのように足を組み、背もたれに深くもたれ掛かった。


「金蔵寺家次女誘拐事件解決。犯人4人死亡、仲間割れか。なんて明日の新聞には載るのかね」奴はそう自ら切り出して置きながら、さっさと否定する。「載る訳ないか。そもそも表ざたにはならないな」


俺は黙ったまま、奴の言葉に耳を傾ける。


「誘拐さえもなかったことにする気だろう。あれは先走ったメディアの誤報。誘拐なんてとんでもない。金蔵寺家は今日も順風満帆だ」

「知るか。俺はもう、あの家とは関係ない」

「まじで?正式にクビになったとか?」


返答はしなかった。正式、略式などとは無関係にあれだけの事をしでかした俺が、クビを疑う余地などどこにあろうか。

主に逆らう→即刻クビ。主に意見する→即刻クビ。MCが女性に手を上げる→即刻クビ、MCの施設へ強制送還。主の顔面を殴ろうとする→即刻逮捕。その後、逃走→論外。恐らくこのような違反行為のオンパレードは、MC界で前代未聞だろう。


「それにしても今回の誘拐事件、少し変だと思わないか?こんなお粗末な誘拐事件、聞いた事ないぜ」

「はぁ?」

「だって、犯人たちは金蔵寺の誘拐には成功してたんだぜ?それなのに何で娘までさらっちまうかな。必要あるか?ないよな?」

「・・・さあ」

「そもそも金蔵寺が、どうやって誘拐されたか知ってる?」

「興味ねえよ」


その都度、薄い反応を返す俺を無視するかのように、奴は一息に捲し立てる。「これはある筋から得た情報なんだけど」


「ある筋?どうせお得意の覗き見、盗み聞きの類だろ」

「はっはー、返す言葉もないヨ」奴はがっくりと肩を落とすが、しかし口の動きは止めなかった。「どうやら犯人達は、金蔵寺お付きの運転手と繋がりがあったらしい」


その瞬間、巨大なトンカチの一撃によって、俺の心臓はいとも容易く破裂してしまった。頭の血液が枯れ、座りながらに立ちくらみのような感覚に襲われる。「へ、へえ。そうなのか」乾いた上唇を舌で舐めようとして、俺はそれを寸での所で我慢した。隣に座る男に悟られぬよう必死に動揺を押し殺す。


「その運転手、昨夜から行方不明みたいなんだ」


奴はさらに俺の心をかき乱しにかかった。ベンチから立ち上がると、わざわざ俺の目の前へ移動。施設で勉学を教える講師よろしく人差し指を立てながら、言う。「で、重要なのはここから。警察が金蔵寺から取った調書によると、犯人は出勤に使う車のトランクにも隠れていたらしい」

「・・・調書って普通そんな簡単に見れないだろ」

「確か君たちの屋敷では、毎朝車の点検をしているね。一年ほど(さかのぼ)ってみたけど、毎日毎日ご苦労なことだ」

「なっ、まさか屋敷のカメラにまで侵入を」

「いや、それは違う。流石は金蔵寺家、セキュリティも一流だ。あ、でも勘違いするなよ。やろうと思えば、出来なくはないんだ。けど、それにはかなりの準備が必要になるから、今回は別の案にしただけで」


奴は少々不満げな面持ちで、誰に対するものなのかよく分からない言い訳を並べた。立てた人差し指を今度は左右に振り、ちっちっちっと舌を鳴したかと思えば、しかし、すぐにそんな事はどうでもよいのだと、また悪魔のような薄笑いを浮かべる。


「知ってるか?カメラってのは、撮りたいものだけを撮るんじゃない。あの四角い枠に入るものだったら、別段撮ろうと意識していなくても撮れてしまうんだ」


奴の口角がずずずいと上がる。そのまま耳まで裂けてしまうのではないかと思った。「例えばカメラはカメラでも、隣の家の防犯カメラ。小さくだけど、ちょうど金蔵寺家の庭先が映っているんだよ」


「話を戻すけど、金蔵寺が誘拐された日の車の点検、担当はたしか・・・ユーリ、君だね」



金蔵寺やす子を誘拐する。そんな突飛で思いがけない話を持ちかけてきたのは、運転手のアキラさんだった。

アキラさんとは『モルモット』で顔を合わせるうちに、少しずつ仲良くなった。最初は堅苦しい挨拶を交わすだけだったのが、回数を重ねるごとに会話が増え、ついには挨拶もそこそこに会話に熱中してしまい、後からやって来た金蔵寺に冷ややかな視線を送られるような事も。その流れで、『たまに昼間の公園で一緒にハンバーガーを食べましょうの会』が会員二名により発足。俺がアキラさんを実の姉のように(した)い始めたのは、恐らくその頃からだ。

会で話し合われるのは、大抵が日常の愚痴や不満ばかり。最後にブランコを立ち漕ぎしながら大声で悪口を叫ぶのが、会のお決まりだった。

一層仲が深まると、愚痴や不満に混じって悩み相談なんかをしたりした。他にも、アキラさんが運転手になる前の話を聞いたり、MC施設での体験談を話したり。それでも二人の会話で俺が一番印象深く覚えているのは、小言の間に挟むアキラさんの冗談や馬鹿話、それを笑顔で話すアキラさん自身で、人と話すのがこんなに楽しいと感じたのは初めてだった。

だから、アキラさんの口から金蔵寺やす子の誘拐をほのめかす発言、あたかもそれに俺を誘うような言葉が出た時、俺は年下の少年をからかうためのいつもの冗談だと思った。だからすぐに、「ああ、それいいですね」なんて軽い気持ちで賛同したし、「でも二人じゃキツそう」と計画の甘さに対する指摘もした。

けれど、アキラさんが冗談でそのような事を言っているのではないと気づいたのは、それから数日が経っての事だった。

アキラさんは俺の賛同、そして指摘を真に受け、三人の明らかにまともとは思えない人間と手を組んでいた。どのようなコネを駆使したのか知らないが、しかし絵空事でしかなかった金蔵寺やす子誘拐を実現させるため、準備をちゃくちゃくと進めていたのだ。

俺はそこでようやく事の重大さに気づき、アキラさんに計画をやめるよう説得した。無茶苦茶だ、成功するはずがない。だが、アキラさんにも引くに引けない事情がある事を、その時初めて聞かされる。


アキラさんには三歳になる晴夫君という子供がいる。その子は生まれつき肺に病気を抱えていて、事あるごとに入退院を繰り返す生活を送っていた。シングルマザーのアキラさんは、どうにか日々の生活費や入院費を捻出するためにがむしゃらに今の会社で働いたが、冬ごろになって晴夫君の容態が急変。海外の有名な病院で手術をしなければ命を落とす可能性もある、そう医者に告げられたのだそうだ。けれどその手術を受けるためには今までの入院費が目じゃないくらいの莫大な費用がかかり、当然それを支払うだけのお金は、アキラさんの手元にはない。そこでやむなく、金蔵寺やす子を誘拐するという馬鹿げた犯罪を思いついたらしい。ないのであれば、あるところから奪う。ある意味、最も合理的とも思える犯罪を。

アキラさんはその事を涙ながらに、俺に話した。『モルモット』や『たまに昼間の公園で一緒にハンバーガーを食べましょうの会』で、アキラさんとは何度も会っている俺だけど、あんなに弱弱しいアキラさんを見た事は一度もない。MCとして小さく閉ざされた世界の中で生きてきた俺は、もはやアキラさんにかけてあげられる言葉を、一つとして持ち合わせていなかった。

今にして思うと、それでも俺はアキラさんを止めるべきだったんだろう。止めていれば、少なくともアキラさんが死んでしまうような事はなかったのだから。


誘拐計画のほとんどを、アキラさんが手を組んだという三人組の女たちが立ててきた。べちゃっとした鼻の女、心配性の女、そしてその二人のリーダー的存在の女は、先週隣町で起きた誘拐事件を起こしたのは自分たちだと自慢げに語った。

俺は計画の中で、トランクの中に隠れるリーダー的存在の女を見逃す、そういう役割だった。その計画自体にも多少の荒さを感じていた俺は、しかしそれほど重要な役割を担っていないために強く口を挟めず。肝心のアキラさんも、誘拐直前には三人組の言いなり的ポジションにおさまり、俺は改めて犯行を思いとどまるよう最後の説得を行ったが、「大丈夫、あと少しだよ」アキラさんは、そう力なく笑った。

当日。出勤途中の車で金蔵寺を誘拐、そして身代金の要求。ここまではどうやら手筈通りにいっていたらしい。その後順調に計画が進めば、金を受け取った三日後に金蔵寺を無事な姿で解放。俺たちはその三日の間に、各々姿をくらませる段取りだった。だが、どこで計画が狂ったのか、そもそも計画通りに進んでいたのか。予定にない空お嬢様の誘拐。さらには金蔵寺を監禁する場所も、計画の上では伊吹の街ではなかった。特に不可解なのが、仲間であるはずのアキラさんの殺害。けれど、この真相を知る人間は、もう誰もいない。三人を始末した今となっては。





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赦し屋とひこじろう(連載)を同時に書いてます

暇だったらそっちも読んでみてください

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