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未成年委員会による日本の壊し方  作者: 刃下
第一章「未成年委員会による日本の壊し方」
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第八話「決着」

静かに資料室の扉を閉めた俺は、足音を立てずに来た道を戻って行く。

目指すは、この廊下の先にある職員室だ。


「お嬢様、すみません」


口元で囁くように、およそ自分以外の誰にも聞こえないような小声で呟いた。お嬢様の手前、ああは宣言したが、実際にはいいアイディアなんて俺の頭には一つも浮かんでいない。連れて行かれたウリエルを探そうという気も、さらさらなかった。

お嬢様が無事にこの建物を離れるための手段。ひいてはそれが俺の二つ目の目的である、アキラさんの敵討ちに繋がってくる。邪魔してくるであろう誘拐犯たちから逃げ隠れるのではなく、先にこちらから出向いて排除してしまう。今の俺に考えられる最良で、唯一の方法だった。


「ふぅー」


熱くなった頭を冷やすために大きく深呼吸した。日が暮れた後の校舎に満ちた空気というのは存外冷たいもので、肺の辺りが少しだけ痛む。けれど吸い込んだばかりの新鮮な空気が、体内を循環している実感ができるのは少しだけ悪くないなと思った。

俺は窓の外をちらりと眺めながら、先ほど命を奪った相手の顔を思い出していた。死んでしまえば、この凍えるような空気を吸い込んだって何も感じない。冷たくても、痛くても、苦しくても、とにかく彼女は黙ったまま、あそこで横たわる以外に選択肢がない。彼女が死ぬ間際に吸い込んだ空気がその後でどうなってしまうのか、俺にはまるで想像がつかなかった。勝手に体内から抜け出るのか、それとも体と一緒に腐っていくのか。それを想像しようとする行為に意味があるのかさえ、俺には分からない。だが少なくとも後数人、俺は彼女と同じように命を奪おうとしている。


深呼吸を終え、職員室前まで戻って来た。死角から見張りの様子を覗う。

しかし、そこにいるはずの見張りの姿がなかった。無人の扉の前には、たぶんそれまで使っていたであろう事務用の椅子が置き去りにされている。

何かあったのか・・・?

これがただ用を足しに行っているだとか、仲間の目を盗んでサボっているといった理由で不在なのであれば問題はない。だが、もしも俺という存在が奴らにバレていて、鉢合わせにならない別の道を使ってお嬢様の様子を確認しに行ったのであれば最悪だ。あの場所には未だに手を縛られ目隠しをしたままのお嬢様と、俺が殺したあの女が隠してある。

仮に資料室の中に入らずとも、前を通りかかっただけで、見張りがいない事に気づき騒ぎになるだろう。そうなれば俺の勝手な判断のせいで、救えたはずのお嬢様をみすみす奴らに奪い返されてしまう事になる。さらにはパニックに陥った犯人たちが、お嬢様を手にかけるなんて事も。そうなれば後悔という二文字では決して済まされず、俺はきっと・・・。

やはりグズグズはしていられない。見張り不在は予想外だったが、俺は逆にこれをチャンスと捉えることにした。いないのであれば、今のうちに職員室内にいる奴らから無効化してやろう。不測の事態であっても、戦闘方針は変えない。各個撃破、徐々に相手の戦力を削っていく。

俺はツナギの内側にしまってあった帽子を取り出し、目深に被った。


「なっ、何だお前は!?」


職員室の扉を開けると、すぐ目の前に見張りの女が立っていた。豚の鳴き声のような悲鳴を上げたかと思えば、目を大きく見開いて、べちゃっとした鼻をひくひくさせている。

伸ばした右手は、恐らく俺が扉を開けてしまった事で行き場を失ったのだろう。左手には缶コーヒーを持っていて、微かに震えていた。ああ、なるほど。このコーヒーのために彼女は扉の前から一時、姿を消していたのか。

お互い凍り付いてしまったかのようにその場で動きを止める。だが、それもたった一秒程のごくわずかな時間。固まった二人の内、先に動き出したのは俺の方だった。俺は今でも十分に近い女との距離を、さらに縮めようとして重心を前に倒す。

すると女はようやく動き出し、慌てたように右手を自分の背中へと回した。恐らくズボンとお尻の間に銃を挟んでいて、それを引き抜こうとしたのだろう。銃社会においては、ポピュラーな銃の所持の仕方だ。しかしそのタイムロスは、この近距離戦闘においては致命的だった。

銃を抜く動きは想定済み。むしろ銃の隠し場所が上着の内ポケットである可能性を考えて、ギリギリまで女との距離を詰めたのだが、たぶんそちらであっても余裕で対処できていただろう。俺は手のひらの下、手首のすぐ上の部分で相手のおでこを押すように素早く叩く。そして顎が上がったところを、すかさず両手で女の首を掴んだ。じりっじりっ、と物凄い握力で締め上げる。次第に女の足は地面を離れ、口からは白い泡のような物が噴き出してきた。女は背中に回した手を必死に前方へ持ち出そうとするのだが、それより先に女の意識が飛んだ。銃が床に転がり、手をだらんとさせ、目は焦点が合っていない。

少ししてから並べられた教員用の机の上に女を寝かせた。胸が一切上下せず、ぴくりとも動かない。つまり、死んでいる。


「うわああああああああああああああああ」


部屋の奥から咆哮のような叫び声が聞こえた瞬間、俺は腰を落として机の影に隠れた。すると間髪入れずに、火薬の破裂する音が何発も聞こえてくる。

発砲音が収まり、恐る恐る机の影から少しだけ顔を出した。声のした方に視線をやると、そこには金髪を振り乱し、辺りをきょろきょろと覗う女が一人。先刻、傍を通り過ぎた両耳に星のピアスをつけた女に違いない。

どうやら女はこの部屋に最初からいたらしく、要するに俺が見張りの女を始末した場面を目撃されていた。相当に殺気立ち、今にもまた銃の乱射を再開しそうな不安定な精神状態が見て取れる。けれど肝心の俺の居場所は見失っているらしく、両手で銃を構えたまま蟹股で教員用の机の周りを回り始めた。


「何なんだよ、お前。誰なんだよ。邪魔すんなよ!!」


血走った目が、隠れた俺を入念に探していた。

丁度俺の隠れる机の向こう側、距離にして机二つ分挟んだところまで来た時、女の腰元に下げてあった無線から、テレビの砂嵐のような雑音が鳴った。


「キャッ!」それまでの地獄の底に住まう鬼のような低く恐ろしい声はなりを潜め、実に女性らしい高音で可愛らしい悲鳴をあげる。


女ははっとし、慌てて無線を掴もうとした。だが、それこそが彼女の明暗を分けた行動に他ならなかった。

引き金に添えていた両手の人差し指のうち、右手の人差し指を何の躊躇もなく引き抜いてしまった。本来であれば、まだ自分の命を狙う敵が傍にいる状態で、絶対にやってはいけない行動。いつでも撃てるぞという構えを捨ててまで、無線に応対するなんてのは、愚行の中の愚行と言っていい。

では、何故彼女はこのような選択に走ったのか。その背景には、二つの理由が考えられる。

一つは救援の要請。これは何となく分かりやすい理由だ。助かりたいが故に、危険を冒す。だが、二つ目はちょっと奇妙かもしれない。それは無線の先に待つ相手への恐怖心。近くにいる敵よりも、この場にいない味方への畏怖が勝ってしまうという、実に愚かな現象だ。この現象は絶対的な力を持つリーダーの下で動く新兵の間でしばしば見られ、直面している危機に脳が反応しきれず優先順位が錯綜してしまうと起こる反応なのだが、・・・遠くにいる味方が、近くの敵よりも危険だなんて、どんな世界であろうと絶対にあり得ない事だ。

女がようやく無線を掴んだ瞬間、俺はその場から飛び出した。二つ並んだ机を乗り越え、目を丸くして動けなくなった女に一直線にとびかかる。

勝負は一瞬だった。

狼狽える女は無線を床に落とすこともできなかった。俺は机を乗り越える際に掴んだハサミ、その昔ここが中学校として機能していた頃の教員が残していったハサミを女の左胸に突き立てる。

このハサミの持ち主は、将来的にこんな使われ方をするなんて予想だにしなかっただろう。錆びていたにも関わらず、桃にナイフを突き立てるように、ハサミは女の体の中にすんなりと入っていった。


「・・・・・・・」


言葉にならない断末魔。血走った目が、最後まで俺の事を恨めしそうに睨んでいた。




しばらくして、職員室の扉が乱暴に開けられた。


「おい、どうした。どうして誰も無線に出ないんだ」


息を切らせつつ部屋に乱入して来た女は開口一番そう訊ねたが、戻って来るはずの返事が一つとして戻ってこない。代わりに俺はこう言い放った。


「俺が殺したからだ」


女は最初、俺が発した声のしどころが分からず、首を縮ませながら辺りを見回していた。だが、声の主が部屋の一番奥の机に座っていると気がつくと、流れるようなスムーズな動きで銃を抜いて、狙いを定めた。


「何者だ。警察か?」

「警察?あんた馬鹿だろ。ここをどこだと思ってんだ」

「何?」

「伊吹市だ。ここは悪党しかいない、伊吹の街だ。まさかそんな事も知らない悪党がいるとはな」

「・・・口に気をつけろよ。この銃は偽物じゃない」

「あんたこそ気をつけろよ。セーフティーを外さなきゃ弾は出ないぜ」


俺にそう言われ、女は慌てて銃の安全装置を外そうとする。しかし手に持った銃の安全装置はすでに外されており、それを確認した途端、鋭い眼光が向けられた。


「ちっ、舐めやがって。撃たれたくなければ、今すぐその似合ってない帽子を取って、こちらに顔を見せろ」

「似合ってない、か。これでも一番マシだと思う奴を選んだんだけどな」


眉の上辺りを指で掻きながら、俺は帽子を取ってみせる。「次からは麦わら帽子を選ぶ事にするよ」


すると女の顔がみるみるうちに、青白く染まった。構えた銃が八の字にぶれ、恐れなのか怒りなのか、震えが次第に大きくなっていく。


「この野郎・・・・・」

「やっぱり校舎内のどこかに隠れていたか、アキラさんを殺した張本人。そっちから出て来てくれたおかげで、探す手間が省けたぜ」

「は?殺した?・・・・アキラ?ああ、運転手の」

「黙れ、それ以上何も喋るな。お前みたいな奴がアキラさんについて語るのは一切許さない」


女の言葉を途中で遮った俺は、写真でも監視カメラの映像でも見た憎き相手の口を塞ぐべく、地面を蹴った。

女との距離を縮めるコンマ数秒の間に、路地裏で横たわる額に穴を開けたアキラさんの顔が脳裏をよぎった。この映像を、俺は永遠に頭の中から消すことができないだろう。目蓋の裏に刻まれた、いや焼き付いたこの火傷を一生背負って生きて行かなければいけない。

今からしようとしている行為には意味があるのだろうか。いわゆる敵討ち。殺されたアキラさんは、果たして喜んでくれるだろうか。それともこれは、俺の単なる憂さ晴らしなのだろうか。

中学校に足を踏み入れて以来、徐々に強くなっている頭の痛みが、もはやこれ以上ない強さに達していた。少しでも気を抜けば、その場に倒れてしまいそうなほどの激痛。我慢では到底賄えず、ただの気のせいだと自分で自分を誤魔化さなければやっていられない。


「ちっ!」


女は物凄い速さで飛びかかる俺に慄き、銃を撃ちつつ後退した。先ほどの俺がそうしたように、机の影に身を隠す。

その反応は明らかに他の誘拐犯たちとは違い、いくらかの戦闘経験と悪党特有の臭いを漂わせていた。今度ばかりは闇雲に正面から、というのは避けた方がいいのかもしれない。仮にあの机の裏側で万全の迎撃態勢を敷かれていたとしたら、突っ込んでいくこちらの分が悪過ぎる。

ここはじっくりと行こう。

俺は女と同じく、視界から消えるように机の影に姿を隠した。


三分、いや五分が経過しただろうか。部屋の中は物音一つしない静寂に包まれていた。

まさにこう着状態。お互いに相手の出方を覗っている風に見えて、実のところ両者共に攻め手に困っている。先に仕掛けるのは損。相手の位置が不確定な場合であれば、なおさらだ。それを二人とも、経験や感覚の中で知っている。

戦闘での身のこなしだけで言えば、恐らく俺の方が奴よりも上だろう。丸腰でぶつかれば、1%だって負ける気はしない。それは先ほどのごくわずかな接触からでも読み取る事が出来た。

だが、何と言っても奴の手には銃がある。99%をひっくり返すには十分な殺傷力を秘めた鉄の塊が、奴の手の中で俺の命を掬い取る瞬間を今か今かと待ちわびている。

それからまた三分。

奴も中々動き出せない。それは一度でも銃を撃ってしまえば、自分の隠れる位置を俺にバラしてしまうことになるからだ。俺が見せた、銃をも恐れぬ突進。あの残像が奴の頭に残っているうちは、そうそう思い切った行動には移れない。

さらに二分。

ついに動き出したのは俺の方だった。


-------------------------------------------


カチャンという、焼き物の食器と食器がぶつかり合うような大きな音。その後で、何か細々した物が地面に降り注いだ。

私は恐る恐る、机の影から音のした方に目をやる。いきなり乗り込んできて仲間を二人も殺したような奴が一体何をしでかしたのか、不気味な音の正体を確認せずにはいられない。よもやあれだけの啖呵を切っておきながら、窓ガラスを割って外に逃げたなんて事は考えにくい。であれば、私を追い詰めるために何かしら行動し始めたと考えるのが妥当だろう。

しかし音の発生源は、並べられた机が邪魔でよく見えない。自分の居場所が察知されない、ギリギリのラインまで顔を上げてみたが無駄だった。けれど明らかにさっきまでの記憶とは合致しない部分を発見した。部屋の一角。そこだけが、闇に飲み込まれかけていた。

やられた、と私は顔を歪める。奴は今現在、この戦闘をこう着状態にしている原因。私の最大のアドバンテージである、この銃を無効化するつもりらしい。

銃を撃つに当たって、視界の重要性は今更口にするまでもないだろう。例え必殺の一撃を持っていたとしても、それが相手に当たらないのであれば何の怖さもない。もしこのまま、部屋中の明かりを奪われてしまえば、銃はただのオモチャになり果て、そうなれば私の有利は消える。正直な所、私は丸腰で奴に対抗できるとは思わない。それはわずかなやり取りからでも明らかだ。その時は、暗闇の中で奴に狩られるのをただ震えながら待つしかない。

そうするうちに、また別の場所で同じような音がした。やはり蛍光灯が狙われている。物がぶつけられ、床にその破片が降り注いだ。

こうなれば、先にアクションを起こせば不利なんて事は言ってられない。

我々のような持たざる者は、狩られたくなければ、先に狩るしかないのだ。


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三つ目の蛍光灯を割ったところで、その真下にある机に銃弾が撃ち込まれた。幸いな事に俺のいた場所とはずれていたため、被害はなし。しかし銃声というのは何度聞いても慣れない。思わず、びくんと体が跳ねてしまう。

俺は体勢を立て直すために頭を低くしたまま場所を移した。並んだ二つの蛍光灯を破壊した部屋の隅は、すでにかなりの暗さになっていて、ここなら多少周りの物が動いたところで奴に露見する事はないだろう。

すると女は意外な行動に出た。なんと女が自ら机のシェルターを捨て、堂々と姿を晒したのだ。どうやら俺の作戦の意図に勘付いたらしく、隠れつつ機を計るという方針を早めに切り捨てたらしい。


「隠れてないで出てこい」


女は姿の見えない俺を挑発する。

「おいおい、今まで隠れていたのはそっちも同じだろ」と言いたくなるが、ぐっと堪えた。そもそも「出てこい」などと言っておきながら、銃がしっかりとこちらの方に向けられているではないか。女の口車に乗り、出て行ってしまおうものなら、あの銃で蜂の巣にされるに違いない。

だとすれば、このまま女の挑発は無視して、一つずつ蛍光灯を破壊していくのもいいだろう。それを囮に使って、女の裏をかくという作戦も悪くはない。だが俺はあえて女の言葉に従い、出て行ってやることにした。理由は単純。正面から奴に立ち向かう。あの銃、アキラさんの命を奪った銃と決着をつける。

そんな訳で、のこのこと姿を現した俺を、女は驚いた表情で見つめていた。どうやら驚きすぎて、引き金を引く事すら忘れている様子。ああは言ったが、まさか本当に出てくるなんて。しかしそれもつかの間、女は目の色を変え、俺の額に狙いを定めた。

俺はすぐさま壁の方へ走る。女は一発、二発と弾を発射したが、いずれも命中せず。勢いをつけたまま机の上に飛び乗ると、その上を駆けながら奴との距離を縮めていく。そこに向けてまた二度銃が火を噴いたが、一発は耳の傍を通りすぎ、一発は俺の肩口を掠めた。服が破れ、血が出ているのか出ていないのか定かではないが、痛みというよりはヒリヒリとした感覚が残る。

やはり前の三人、いずれも俺が息の根を止めたあの三人とは色々と勝手が違うらしい。明らかに銃の訓練を受けているのもそうだが、銃を撃つという行為、そのものに何のためらいもない。それはすなわち、人を殺すことに躊躇がないということだ。

女が持つ、あの銃。他の犯人達が持っていた物と同系であれば、一度に込められる弾は6発だけ。そのうち四発が、運よく俺には当たらずに教室の壁に吸い込まれていった。そうすると普通に考えれば、残る弾数は二発。それさえ避けてしまえば、後はもうこっちのもの。煮るなり焼くなり、好きな方法でアキラさんの復讐を遂げられる。

机の上から飛び降りると、もう奴はすぐ目の前だった。もはや両者を遮る障害物らしい障害物はなく、あとは弾が当たらない事を祈りながら突っ込むしかない。俺は奴に向けて、真っ直ぐ飛び込んでいく。それだけに狙いやすく、当てやすい。だが、この時の俺は弾を避けようという事は考えていなかった。当たるのならば、当たれ。それで死ぬのならば、死のう。お嬢様の事はすっかりと頭の中から消え、ある種の悟りを開いた気分に近しい。

そして女が狙って撃った弾は、俺の頬を掠めた。今度は確かに血が出て、輪郭を辿るように痕をつける。だが、それでも俺は止まらなかった。止まれるような場所は、もうとっくに通り過ぎた後だ。

それを見た女がすぐに次を撃とうとする。けれど銃は沈黙したまま。何度引き金を引いても、かちゃかちゃというむなしい音が鳴るだけで、次弾は飛び出してこない。どうやらシリンダーに詰まっていた弾は、五発だったらしい。


「うっ、ちょっと待て」


女は手のひらを見せるように左手を突き出したが、俺はおかまいなしに右手にあった銃を蹴り上げた。銃は一度天井にぶつかってから、床でバウンドし机の下へと消える。


「まだやるか?」


銃を失い、ここから素手での第二ラウンド開始かと思きや、そうはならなかった。女は観念したように、頭の後ろに両手を置くと、その場にひざまずく。「降参だ」


「意外だな。もう少し悪あがきを見せると思ったのに」

「・・・貴様、銃はどうした。仲間から奪った銃があるはずだろ、どうして使わなかった」

「銃なんて使えるか。俺はアキラさんを殺したお前たちと同じにはならない」

「ふん、銃を使おうが使うまいが、人を殺せば我々は同類だ」


女はわざと俺の神経を逆なでするような言葉を言い放つ。だが、それが女に出来る最後の反抗であった。

俺は服に隠してあった銃を取り出し、女のこめかみに突きつける。撃鉄を上げると、カチッというそれ自体が何かのスイッチであるかのような音がした。


「おいおい、結局銃を使う気か?舌の根も乾かぬうちに?」

「お前だけは特別だ。それに今からお前を始末するのは俺じゃない。アキラさんだ」

「ははっ、ここに来て責任を死人に押し付けるとはね。少しはガキらしい部分も残ってたわけだ」

「言いたい事はそれだけか?地獄じゃアキラさんには会えないからな、精々地面に這いつくばって詫び続けてろ」


幕引きが目前に控えていても女は落ち着いた様子で、暴れ出すことはなかった。「ああ、貴様が来るのを首を長くして待ってるよ」


俺の人差し指がゆっくりと動き始めた時、それまでどうにか誤魔化していた頭の痛みが、急に限界を振り切った。痛みのせいで全身から力が抜けるという経験を初めてした後、窓に映る自分が崩れ落ちて行く様を呆然と見守っていた。

諦めの色が滲んでいた女の目に、はっきりと火が灯る瞬間を見た。その火が瞳を飛び出し、全身にオーラのようにまとわりつくと、女の背後でメラメラと燃え盛った。それが何なのか、俺はよく知っている。あれは悪意。悪意の炎。女は頭に置いていた手を胸元に伸ばし、俺が銃を隠していたのと同じような場所からもう一丁の銃を取り出した。どうやらこの女、他の奴らとは違い、銃を二丁所持じていたらしい。隙あらばと狙っていた風ではなかったが、しかしその抜け目なさが絶好の逆転のチャンスを手繰り寄せたことになる。

周りの全てがスローモーションに動く。けれど女はその動きの中で、確実に俺を殺す準備に取り掛かっていた。スローモーションなのは俺も例外ではなく、というより俺は動くことすらままならない状態。

今動き出さなければ、確実に殺される。頭では分かっているのに、どうも体がいう事を聞かない。ああ、もどかしい。

剣を振り下ろすみたいに、銃口が倒れた俺の方へ向けられた。どうやらチェックメイトを迎えたらしい。女は勝ち誇った顔で、地面に這いつくばる俺を見下ろしていた。

死ぬのか。俺は敵討ち一つ満足にできず、こんな所でくたばるのか。ふと、この敵討ちが上手くいかなかったのはアキラさんの意思によるものではないかと、そんな事を思った。やはりこれはただの俺の憂さ晴らしで、アキラさんはそんな事、一つも望んじゃいなかった。だったら、俺が命を落とすのは自業自得。すっぱり諦めて、潔く殺されるのもありかなと考えたが、やはり心残りがあった。・・・・・・空お嬢様。


-・--・---・----・-----。


「・・・くっ」


意識を取り戻した瞬間、激しい頭痛に襲われた。というよりも、激しい頭痛によって意識が戻ったと言えるのかもしれない。大量の発汗、荒い呼吸、吐き気もある。あまりの激痛に足元がおぼつかず、よろけてしまった。床に足をとられ、あえなく尻もちをつく。

十分かそこら目を閉じて休んでいると、少しずつだが頭の痛みが和らいでいった。俺は息を整えてから、立ち上がる。その後で自分の手のひらを見て、ぎょっとした。

広げた手のひら一面に、真っ赤な血がこびりついていた。そして俺の周りには、かつて女だったものの肉片、アキラさんを殺した張本人の肉片がばらまかれていた。どうすればこんなことになるのか分からない。散り散りになった女の部品には、とてつもなく鋭利な刃物で切り付けたような物あれば、力任せにねじ切られたような物ある。一つ言えるのは、銃でとどめを刺した訳ではなさそうだという事。どうやら俺は、またあの力に体を乗っ取られていたらしい。

するとデジャブであるかのように職員室の扉が大きな音を立てて開いた。入って来たのは、ウリエルを連れ去った、茶髪でモデル風のあの女だった。


「すみません、勝手に持ち場を離れちゃって。実はワンちゃんが校舎に紛れ込んでたみたいで、私ほっとけなくて外の水場で洗ってたんです。少しだけって思ってたんですけど、ついでにトリミングもしてたら結構時間かかっちゃって」


部屋に飛び込んでくるなり豪快に頭を下げた女は、机の上に寝かされた死体を気がつくと間の抜けた声をかけた。


「っておーい、どうして机の上で寝てるんですか?こんな所で寝てたら風邪ひきますよー」


しかし、その隣に寝かされた両耳に星のピアスをした女を見つけると、途端に固まってしまう。


「あれ・・・ヒトミ・・・」 


胸から不自然に生えたハサミを見て、絶句する。それと同時に、奥にいる俺の事にどうやら気がついたようだった。青ざめてコートの内側から銃を取り出したが、安全装置が外せていないまま引き金を引き続ける。「何で、何で、どうして・・・」女は銃を放り捨てると、這うようにして職員室の扉から外へ逃げて行った。


その女に抱きかかえられて職員室に入って来たウリエルは、相変わらず馬鹿そうな面を引っ提げ近寄って来る。そのつぶらな瞳が、血まみれになった俺の事をじっと見つめていた。


「帰るぞ」


よければ感想をお願いします


赦し屋とひこじろう(連載)を同時に書いてます

暇だったらそっちも読んでみてください

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