第一話「女性の国」
全てフィクションです
女性の国。
かつて黄金の国と呼ばれた日本の、今の呼び名だ。人口の大半、およそ九割以上を女性が占める国はこの世界、いや宇宙を見渡しても一つだけだろう。このような有様、有様というには少し語弊があるかもしれないが、日本がこのような状態に至るまでの経緯を少しだけ説明しよう。
始まりは極々小さな、新聞でも片隅に載せるか載せないかくらいの事件だった。日本から海外に向けて輸出された自動車の誤作動。それにより死者が出た。地元警察、および研究機関がただちに事故車を調査した結果、ある一定の速度をオーバーした場面でブレーキペダルを踏むと、それが浮き上がってこなくなるという欠陥が見つかった。字面だけ見れば大問題のように思えるかもしれないが、その一定の速度というのが常識の範囲を超えた時速230キロである。技術者にしてみれば完全に想定の外だった。言ってしまえばこれなんていうのは、商品というよりも使用者の方に責任があるのは明白だ。しわがよく伸びるからと、顔面にアイロンを擦りつけて、大やけどを負ったからどうにかしろと文句を言っているようなものだ。物には使い方と、限度がある。例え裁判になろうとも、製造側に罰が下る可能性は限りなくゼロ。悪く見積もって小規模な示談交渉と、細かな事務作業で全てが片付くはずだった。しかし事はそう上手くはいかなかった。
その事件を皮切りに、日本の輸出商品に度重なる不備が発覚した。それまで優れた品質の証として機能していたはずのMADE IN JAPANが、批判の的となってしまった。当時の官房長官が個人的な講演でした、「日本の製品が馬鹿をこの世から一人減らした」発言。これをきっかけに事故の被害者家族や、その国民の日本バッシング熱が高まった。盤石にして強固と思われていた同盟は儚く崩れ落ち、この二国の対立は結果的に世界を二つに分けることになる。いつまでもふらふらと揺れ続けていたヤジロベエが突如バランスを失い、第三次世界大戦は避けられないとまで言われた。
いつ開戦してもおかしくない張りつめた空気の中、日本に最悪が訪れる。日本の主食であるお米にバイオテロが仕掛けられたのだ。そのウイルスの特徴として、かなりの遅効性である事。そして男性にのみ被害を与える事。ある日を境に、日本中の男性が次々に倒れ、そのまま帰らぬ人となった。いつ、誰がそのウイルスをばら撒いたのか。研究者が日夜睡眠時間を削っても、未だに治療法すらも判明していない。
この件に関して、世界中で様々な憶測が飛び交った。まず関与を疑われたのが、かつての同盟国である。この二つの関係悪化が、世界の緊張状態の火種であり、戦争を望まぬ国々が、暗に賛辞を贈る声明を発表した例もあった。だが、当の本人、この場合大統領がすぐさまそれを否定。今までの事を全て水に流し、可能な限りの援助を申し出た。その他には、密かに研究していた細菌兵器が誤って流出してしまったという説や、神による粛清であるなんていう眉唾なものまで。しかしどれもこれも決定的な証拠は発見されておらず、確かなのは日本の人口の半分が、一か月の間に亡き者になったという事実だ。
世間でこれだけの憶測を呼ぶのだから、当然ネット上はそれを遥かに超える盛り上がりを見せた。バイオテロが発覚する以前、日本人男性の精子が国によって集められ、保存されているという情報がリークされるや、瞬く間にネット上は陰謀説一色に染まった。
ガタガタの日本政府は、ウイルスに対して安全を保障できない事を理由に外国人男性の入国を禁止した。これは現在でも解かれていないのだから、皆もよくご存じの事だろう。それを受けて世界は、日本が江戸時代に戻った、This is SAKOKUと揶揄した。実はこの結論に至るまでに、女性しかいない日本を狙って、怖いもの知らずの男たちが国外から押し寄せた。早い段階で、ウイルスの媒介がお米だけであると突き止めていたのが仇となった。それに加え、警察などの組織が機能していない事もあり、レイプや暴行の被害件数が激増。先の結論は、これに対応した形であるが、しかしこの事実はあまり人々の耳には届いていない。時を同じくして、当時の政府は、過去の政府の遺産である人工授精に手を出した。
その3年後、新たな問題が浮き彫りになる。泣きっ面に蜂とはこの事で、男性にしか被害を及ぼさないと思われていたウイルスが、実は女性の体にも変化をもたらしていた事が判明した。あのバイオテロ以降、明らかに男児の出産例が減り、女児三十人に対し、男児一人という絶望的な割合にまでなってしまった。この件に関し、染色体異常を取り上げる研究者は星の数ほどいるが、しかし正確なところは未だ闇の中。未知のウイルスに研究が追いつくのは、あと十年必要とも二十年必要とも言われている。
一時的に無政府状態となった日本の信用は一気に失墜し、通貨は暴落。破産という棺桶に片足を突っ込んだこの国を立て直したのは、やはり当時の強き女性たちだった。政治家や社長のほとんどが女性となり、そのため奇跡的に生き残った男性たちは社会に居場所を失った。単純に多数決という訳ではないが、それにしても世の中は急激すぎる変化を遂げた。それについていけなかった男性、数が少ないからといって別段保護されるでもなく、彼らの何人かはウイルスによって死んだ同性たちの後を、自ら追いかけた。
これは余談であるが、政府は依然として男性の入国を禁止しているにも関わらず、特例として乳児の外国人男子の試験的受け入れを発表した。数自体はまだ少ないその子供たちは、『ミスターチルドレン』と名付けられ、小さな頃から一般的な教養、そして女性には絶対歯向かえない様に教育を受けてから、政治家や社長など特別階級の家庭に使用人として仕えている。
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「第三次なんて名前を付けるから、四次、五次、と続きがあるかもしれないって気になるんだよ」
「は?なんだって?大参事?」
「違うよ、第三次。ギリギリのところで開戦を免れた世界大戦の事」
「ああ、そっちか」
隣に立つケイの指摘に、俺は素っ気なく答える。身だしなみの最終チェックをしながらだったので、適当に相槌を打っただけだった。スーツにネクタイ、革靴に至るまで黒色。それが俺たちMC、正式名称ミスターチルドレンの毎日の服装だ。髪を固め、背筋をぴんと伸ばし、顎を少しだけ引く。まるでこれから会社の面接でも受けるみたいな立ち振る舞い。ガキの頃から、それこそ物心つく前から体に教え込まれた作法だ。
「世界大戦THE FINAL、とか世界大戦LAST WAR、とかって名前にすれば、誰しもこれが最後なんだなって認識して、次がなくなるような気がしない?」
「うーん、どうだろうな」
俺は首を捻る。そもそも誰しもとは誰の事で、認識したからといってなくなるようなものが戦争なのか、皆目見当もつかない。
「おい、馬鹿言ってないで準備しろ。時間だぞ」
これまた隣に立っていたジョーが言った。この家にはMCが俺を含めて三人いる。彼はその中でも最古参で、年齢が俺より二つ上の17歳だ。ちなみにケイと俺は同い年である。身なり、姿勢までもが一緒の俺たちMCを見分けるコツは三点。髪の色、目の色、そして身長だ。ちなみにジョーの髪の色は銀色だ。目の色は琥珀色。身長に関して言えば、ちょうど俺たち三人は大中小と綺麗に分かれていて、ジョーはそのうちの大である。さっきの一喝で、すっかり縮こまってしまったケイの髪はライ麦のような金色。目の色がグリーンで、身長は大中小のうちの小だ。
「御出ましだ」
その小声で、俺の中のスイッチも入る。表情が一層引き締まり、体の中心にすっと一本の筋が通る。程よい感じで肩に力が入り、これだけ毎日繰り返していても手に薄っすら汗をかく。仰々しく扉がゆっくりと開き、奥から多数のお供を引き連れた女が姿を現した。その後ろ、まるで影に隠れるような場所に、お嬢様の姿があった。
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夏のホラー2016というイベントに穴倉の実験場(短編)を出してます
赦し屋とひこじろうというのも並行して書いていくと思います
暇だったらそっちも読んでみてください