ジルコニア
「何処へ行きましょうか?」
二宮郵便局前の赤信号に引っかかったおりに、僕は谷田さんに問いかけてみた。
このまま谷田さんを帰したくなかった。
きっとまたお兄さんの事ばかりを考えてしまうだろうから。
そしてそれを家族にも誰にも話せず、一人で悩み苦しむ谷田さんを放っておく事なんて僕には出来ない。
どんな事でもいい。
どんなくだらない話だって構わない。
僕が谷田さんの側にいる事で、多少なりとも気が紛れるなら僕は彼女の側にいたいと思う。
それは僕の自分勝手な行動であり、わがままなんだ。
反対側の歩行者信号が点滅を始めている。
でも僕はとても無力だ。
自分に何か出来るんじゃないか?って葛藤しつつも、結局何にも出来ない自分に気がつく。
悲しみに暮れる女の子1人を、何も言わずに気の利いた場所にサラッと連れて行く事すら出来ない。
信号機が黄色に変わった。
「私らしくないな…。佐々木、色々な事をさ、吹き飛ばしちまう位にぶっ飛ばしてくれないか?」
反対側の信号機はとうとう赤になり、目の前のシグナルは青に変わる。
気がつくと、後方からクラクションが鳴らされていたが、小さな声で囁く様に答える谷田さんの言葉を、僕は聞き逃す事はなかった。
「じゃあ、色々な事を吹き飛ばす位におもいっきりアクセル開けますから、しっかり掴まってて下さいね!」
クラクションが鳴り止まない中、僕はアクセルを開けてスピードを上げていく。
サイドミラーに目をやると、うるさくクラクションを鳴らしていた後ろの黒いセダンが豆粒位に写って見えた。
134号線と合流し、虹ヶ浜付近に差し掛かると、傾きかけた太陽の光が波に反射して輝いて見える。
「気持ちいいね。風がさ…」
もっと速く。
もっと強く。
彼女の憂鬱を吹き飛ばす位に僕はアクセルを開けた。
陽がだいぶ沈みかけた頃、僕は江ノ島弁天橋に向けてハンドルを切っていた。
バイクを駐輪場に止めると、北緑地公園のベンチに腰を下ろす。
「悪かったな、変な事頼んじまって。」
谷田さんはすぐ近くの自販機で買ってきたペットボトルのお茶を差し出すと、僕のすぐ左隣に腰を下ろした。
「あのオッサン、いや、篠崎さんって意外といい人だな。私の知らない兄貴の話しとか新鮮だったよ。昔さ、夜出掛けて行く兄貴に聞いてみた事があるんだよ。何処行くの?ってね。そしたら兄貴さ、ピアノを弾きにね。って答えたんだけどさ…なるほどな、jazzバーに出入りしてたとはね。家にピアノがあるんだから、家でピアノ弾けばいいのに!って当時の私は思ってたけど、そりゃ〜家じゃjazzは弾けねーわな。」
谷田さんは当時の疑問に、やっと納得出来たと言わんばかりに笑っていた。
「でも篠崎さんにベンさんの行方を聞いてみて良かったですね!ベンさんのマネージメントを請け負ってた人なら有力な情報が手に入るかもしれません。」
さっきより幾分明るい笑顔がみれるようになった谷田さんを見て、僕はホッと一安心した。
「谷田さんはやっぱり笑顔が素敵ですね。普段の谷田さんも美人ですけど、僕はやっぱり笑った顔の谷田さんが1番好きです。」
自然と出た言葉で嘘偽りはない。
ただその好きが、どう言う好きなのかなんて今まで深く考えた事なんてなかったけど、今それが分かったきがする。
「だからさ、素敵とかそう言う事言うな!恥ずかしいだろ⁉︎佐々木は時々サラッとそう言う事言うけどさ、私にはこれっぽっちも素敵なとこなんてありゃしねーっての。ガサツだし、女らしさもねーし。佐々木、そりゃ私に対しての当て付けか?当て付けなのか?それとさ、好きとかってそんなナチュラルに言うなよ。お前にとって好きって思いはそんなに軽いものなのか?」
なんでかな。
どうして信じて貰えないんだろう?
ちょっと悲しくなってきた。
だから僕は谷田さんに言うんだ。今度こそ信じて貰える様に。
「谷田さんはさ、もっと自分に自信を持って欲しい。谷田さんはね、今その足元に揺れている花と同じなんですよ。花ってね、自分がどれだけ美しいか気づいてないし、自分が美しいって事を知らないんだよ。僕は始めて谷田さんを見た時から谷田さんの事、綺麗な人だって気付いてたよ。
今日はね、言いたい事言わせて貰えおうと思う。」
いつもと違う僕の雰囲気に黙ったまま俯いてしまう。
だけど僕は今この話をここで有耶無耶にする訳にはいかない。
「始めて声を掛けたあの時から、少しづつ仲良くなって、一緒にご飯食べたり、一緒に帰ったり、ね。そんな日常がとても居心地が良かったんだ。この気持ちがなんなのか?それがどう言う事なのか?今までハッキリとした事に気が付けなかったけど、今なら自信を持って言える事がある。」
きっと僕が今何を言おうとしているのか?谷田さんはもう気がついていると思う。
その証拠に今は顔を上げて僕を見てくれている。
「谷田さんはね、全然ガサツなんかじゃないですよ。僕の中では誰よりも素敵でね。ちょっと古風なところもありますけど僕はそんな谷田さんが大好きです!これは決して軽い気持ちなんかじゃないんです。なんせ多分これが僕の初恋だから。人ってね、相手に自分の思いを伝える為に言葉を話す様になったって僕は信じてます。うじうじと悩んで初恋を思い出にしてしまうより、言葉にしたいと思う。それが例え実らなかったとしても、僕は後悔なんかしたくないから。」
言ってしまった。
若干、勢い任せな部分もあったけど、言ってしまった。タイミングやシュチュエーションに問題はあったと思うが、後悔はない。
バイクにギターに恋。
我ながら青春してるなー(笑)
「…今はさ、今はまだ色々あって直ぐに答えは出せないけど、佐々木の気持ちは伝わったよ。私もさ、恋なんかした事無かったから、うまく言えないけど、少し時間をくれないか?」
そりゃそうだよね。
いきなり告白しちゃったし、今は正直それどころではないよね?
一人で盛り上がっちゃって、自分の行動に急に恥ずかしさが込み上げてきた。
「だけどさ、これだけは言っておく。佐々木の告白、嬉しかったよ。」
その言葉だけで、僕は今満足している。
気がつくと夜は帳をおろしていた。
「そろそろ帰りましょうか?」
谷田さんは黙ったまま頷いたけど、数時間前までのシリアスな表情はそこにはなかった。
同じ道を今度は西に向かって走り出すと、来た時と違った景色が目の前を通り過ぎてゆく。
20時を少し回った頃、中井町の看板が見えてきた。
素敵な時間は終わってしまうんだな。
そんな事を考えていると、湿性公園に到着してしまった。
駐車場にバイクを停め、今日の日に別れを告げようとした時、突然声を掛けられた。
「晶子!今何時だと思ってるんだ!」
谷田さんの顔が急に険しくなる。
「いいだろう別に?親父には関係ないだろ?」
なんとなくそんな気がしたが、やはり谷田さんのお父さんらしい。
「親に向かってなんだその言い草は!バイクになんぞ跨りおって!怪我でもしてピアノが弾けなくなったらどうするつもりだ!谷田家はクラッシック界じゃ名の知れた名門。いい加減不良みたいな振る舞いはやめて、今からでも遅くないから音大付属の学校に編入して、クラッシックに専念しなさい!谷田家の恥は勉だけで十分だ!」
編入?
谷田家の恥?
ナニヲイッテイルンダ?
「谷田家の恥?上等だね!親父らが兄貴にした事を忘れたの⁉︎兄貴の夢を握り潰したうえ精神的にも追い込んでさ。私は死んでもクラッシックなんかやらない!私には私の夢がある。私は絶対にjazzピアニストになるんだ!もしも親父らが兄貴と同じ様に私を追い込んだとしても、私はそれに絶対屈したりしない!」
谷田さんの意思は本物で。
こんなに真剣で怒った谷田さんは初めてみたかもしれない。
「何を馬鹿な事を言っているんだ⁉︎あんな外道の音楽、クラッシックに比べたら品がなさすぎる!私はね、クラッシック以外は音楽だなんて認めない!あんなもの、耳障りなnoise以外のなにものでもない!」
売り言葉に買い言葉。
谷田さんのお父さんも決して譲らない。
壮絶な親子喧嘩はきっとどちらも折れないだろう。
第三者が間に入って二人の仲を取り持つしかないのでは?
そう考えた僕は二人の間に割って入った、
「突然申し訳ありません。僕は佐々木小次郎と申します。晶子さんとは縁あって同じクラスで仲良くさせて頂いております。正直まさか、こんな形でご挨拶する事となるとは夢にも思っておりませんでしたが、お父さん、少し落ち着いて下さい。」
なんとか二人をなだめようと試みる。
「なんだね君は?バイクに跨った暴走族ふぜいが親子の話し合いに口を挟まないでくれるかな⁉︎」
そりゃ〜家族のカタチなんて色々あるから否定はしないけど、これが親子の話し合いなのか?
「失礼ついでに言わせて頂きますが、僕には今の会話が、どうしても親子の話し合いとは到底思えません!子供はね、親のロボットじゃないんです。晶子さんがjazzピアニストになりたいって言うのなら、それを応援してあげるのが親じゃないんですか?」
言わずにはいられなかった。
例えそれがスネっかじりのクソガキの生意気な意見だととられたとしても、僕は言わずにはいられなかった。
「うるさい黙れ暴走族!晶子はな、私の言う通りにすればいいんだ!jazzやらRockと言った流行りすたりにかぶれるより、クラッシックの様な由緒正しい音楽を奏でた方が晶子に相応しいんだ!親が子の未来に口出しして何が悪い⁉︎私はね、常に晶子の幸せを考えているんだよ。晶子、本当の音楽を選べなかったお前は所詮ジルコニアなんだよ。このままではどれだけ足掻いても、一生ダイヤモンドにはなれやしないだろう。」
何を言っても谷田さんのお父さんには通じない様な気がしてきた。
「なんで親父に決められた道を歩まなければならないんだよ⁉︎アンタは自分は面子を保つ為に、私を自分の思い通りにしたいだけじゃないか!クラッシック?私はそいつを否定したりしないよ。クラッシックだってjazzやRockと同じ音楽だしね。でもさ、アンタは本当に音楽を愛しているのか?月並みだけどね、音を楽しむから音楽だろ?今のアンタからはそれが微塵も感じられないんだよ。ジルコニア?上等じゃねーか!一瞬一瞬が輝けるのなら、私はジルコニアで十分だ!ダイヤモンドだけが本物だと思うなよ!」
谷田さんが正しいと思う。
「生意気な!やはりお前を無理やりにでも音大付属の学校に入学させておくべきだった。勉の件もあったから、高校くらいお前を自由にしてやろうと思った私の甘さがこう言う結果を招いてしまったのだろうな。兎に角こんな所で騒いでいたら御近所のいい笑いものだ。今日の所は家に1度帰ろう。話はそれからだ!」
そう言うと谷田さんの腕を無理やり掴んで引きずる様に連れて帰ろうとするお父さん。
「離せ!私はあんな家には帰らない!アンタの操り人形なんてまっぴらごめんだ‼︎」
エスカレートして行く自称親子の話し合いに、僕は今一度割って入る。
「その手を離して下さいますか?谷田さん嫌がっているじゃないですか?申し訳ありませんが、お父さんに谷田さんを任せてはおけません!申し訳ありませんが、お父さんが谷田さんの話を落ち着いて聞ける様になるまで、娘さんは我が家で責任持って預からせて頂きます!」
そう言うと谷田さんを引き寄せて、再びバイクの後ろに乗せる。
「貴様ら絶対に許さないぞ!これから先、どんな手を使っても全力で潰しに掛かってやるからな!」
その言葉を背に、僕は谷田さんの返事も聞かないまま、バイクを自宅に向けて走らせた。




