佐々木輪業へ
下駄箱で合流した晶子さんは苦笑いを浮かべると、教室に続く階段を登って行く。
彼女の少し後ろを歩く格好となるが、僕らは教室に向かう。
教室のすぐ外まで聞こえる騒めきは、彼女の登校と共に小さくなる。
静まり返るほどの出来事でもあるまいに、皆大げさだな。
そんな事を考えながら僕も教室に入る。
席に着くと友人が話しかけてくる。
「よう小次郎!おはよう!」
彼の名前は武蔵。宮田武蔵。
高校になってから知り合ったが、とても仲の良い友人だ。
別に名前が武蔵だからって喧嘩もしなければ決闘もしない。
皆は僕らを巌流島ブラザースと呼ぶ。
「おはよう武蔵。」
挨拶すると彼は晶子さんをみて小声で言った。
「朝から不機嫌ぽいけど、なんかあったのかな?ケンかとか勘弁してくれよ~。俺は巻き込まれるなんてまっぴらご免だ。」
うーん、晶子さん別に不機嫌そうには見えないけど、みんなにはそう見えるのだろうか?
「なあ武蔵、晶子さんそんなに不機嫌な顔してるかな?僕にはそうは見えないんだけどさ。」
そう言うと、武蔵はビックリした顔で僕に言う。
「はぁ!?小次郎、晶子さんの顔をもう一度よーく見てみろって。あれは明らかに不機嫌な顔だぞ!ありゃ、間違いなく今朝なんかあったな。」
武蔵にしてはなかなか鋭い。
まぁ、あったって言えばあったんだけど、不機嫌になるような事でもないと思うんだけどな。
「実はさ、今朝晶子さんと少し話す機会があったんだけどさ、別に彼女不機嫌でも何でもなかったよ。むしろ僕は晶子さんが悪い人って方が信じられない。結構いい人だったよ。」
そう言うと更にビックリ!って顔をする。
「お、おぃ!小次郎、アッコさんと話したのか!?それにいい人って、お前大丈夫か!?晶子さんは間違いなく純度100%の悪人だぞ!それをいい人って。俺はお前の将来が段々と不安になってきたよ。そのうち騙されて100万円くらいする英会話教材とか買わされるんじゃないか!?気をつけろよ、お前は付け込まれるタイプだから。っか大丈夫だったのか?その場で飛んでみ?とか言われなかったか?」
酷い言われようだな、俺。
って言うか晶子さんはそんな事言わないだろ。
でも見た目だけでそこまで言うかな~普通。
確かに悪い噂もあるけどさ、それが本当かどうかもわからないし、見た目が少し昭和の匂いがするヤンキーだからって、想像だけでそこまで言うのはどうかと思う。
まぁ、僕のこの考えを押し付けるつもりはないけど、武蔵の考えも受け入れるつもりもない。
僕は僕であって、それ以上でもそれ以下でもない。
僕は僕の信じた通りに行動するまでだ。
そのうち皆にもわかってもらえる日がきっと来るだろう。
取り敢えず今日は学校が終わったら晶子さんを連れて一度僕の家に連れて行こう。
バイクをどうするかも話し合わなければならないし、個人的にも少しだけ話してみたい。
僕にはどうしても彼女が悪い人には見えないから。
別に皆に判ってもらいたいわけじゃないけど、本当の彼女を少しでも知れたら、これから良い友達付き合いが出来るんじゃないのかな。
幸いバイクの件で話す機会は出来た。
結構美人な部類に入ると思うんだけど、どこかいつもつまらなそうな顔してる。
多分、彼女は笑った方が絶対に素敵だと思う。元がいいだけに、勿体ないというか、人生損をしているような気がしてならない。
そんな事を考えながら午前の授業をやり過ごすと、僕は購買でパンとコーヒー牛乳を買い空き教室でのんびりとお昼休みをとる。
そう言えば晶子さんていつもお昼何処でご飯食べてるのかな?昼休みに見かけた事ないんだよね。
話したのだって今日が初めてだから、彼女について僕は全然知らない。
いつも一人だけど寂しくないのかな?
まぁ、話す機会はこれから少しありそうだから、失礼にならない程度に聞いてみる事にしよう。
僕は食べたものをごみ箱に放り投げると、トイレを済ませ教室に戻る。
途中、軽音楽同好会って書いてある部室の前を通ると、中からトム・ウェイツの曲が聞こえてきた。
トム・ウェイツとは僕の好きなアーティストだ。
誰だ?こんな渋い曲を弾くのは。
ちょっと気にはなったけど、もうすぐ予鈴が鳴る。ぼくはその場を後にした。
午後の授業はあと二つ。
それさえ乗り切ればこの退屈な時間から解放される。
化学の授業中、僕は先生の話す化学式を子守歌代わりに眠りについた。
気が付くと授業は終わっていて、ホームルームの真っ最中だった。
今日は金曜なので、いつもより注意事項が少し多い気がするが仕方ない。
連休に浮かれる連中は僕も含めて多いからな。
長いホームルームが終わると、僕は周りに挨拶を済ませ学校を後にした。
裏門から抜け出すと、僕はバイクが置いてある森に向かう。
当たり前だがまだ晶子さんは来ていない。
僕はすぐに出発できるように、バイクの暖機をして待つ。
5分ほどするとエンジンは温まる。
程なくして晶子さんが合流。
「悪いね、待たしたか?で、これからどうする?」
晶子さんが訪ねてくる。
「取り敢えず、父がバイクを回収してくれてある筈なんで、一度僕の家に来ませんか?今後の事もありますし。あ、勿論帰りもしっかりお送りしますんでご安心ください。」
そう言って晶子さんをスーパーフォアの後ろに座らせる。
「OK!じゃぁ、よろしく頼むよ。」
話もまとまったんで、一路佐々木家へ向かう。
ここから20分もすれば自宅に着く。
通学路の山を下り、国道246号線をしばらく走り、一軒のバイク屋で僕らは止まる。
「おい佐々木、お前ん家行くんじゃなかったのかよ!?」
そう言う晶子さんに僕は看板を指をさして答える。
「佐々木輪業。ここ僕ん家だから(笑)」
そう言うと一瞬僕と看板を行ったり来たり目で追い、クスクスと笑いだした。
その笑い顔は、とても可愛らしい笑顔で、僕の心を少しだけドキッとさせたんだ。