妄想の果て
「万有引力とは、ひき合う孤独の力である。宇宙はひずんでいる。それ故みんなはもとめ合う」
…谷川俊太郎先生ごめんなさい。
今の僕には貴方の有名な詩すら頭に入ってきません。
心の中でそんな事を思いながら、現在、国語の授業では二十億光年の孤独を担任の先生が試験対策を織り交ぜながらわかりやすく説明してくれている。
僕はと言えば、この時を待ってましたと言わんばかりに、机の中から例の手紙を取り出すと、左右をキョロキョロ確認してから封を切った。
"今日の昼休み、屋上で待ってます"
短文ではあるが、丸っこくて可愛い字でそう書かれていた。
ラブレターにしては若干素っ気ない内容な気もするが、こんなもんなんだろうか?
もっとこう、なんと言うか…ね。甘ずっぱい感じ満載な内容だと思っていたのだが、如何せんこれが人生初のラブレターなので、何が正しいかなんて分からない。
いや、そもそもラブレターはこう有るべき!とかはないので、これでいいのかもしれない。
それにラブレターを書いて出すってだけで、大変な決断とパワーが必要だったと思う。
そう思っただけで、この短い短文に何処か奥ゆかしささえ感じる。
「きっとお淑やかで物静かな子なんだろうな。」
高校一年生なんて、妄想の塊みたいなもんだよ実際。
なんなら妄想だけでご飯たべれちゃうもんね。
まぁ僕も現在妄想真っ只中であって、例えるならもう、妄想族なわけ。なんなら妄想族の大幹部、特攻隊長位勝手に名乗っちゃってもいい位凄い妄想しちゃってるもの。
こうなって来るとまだ一時限目だというのに、昼休みが遥か遠くに感じる訳で。
例えるなら、まだ季節は春だというのに既に夏休みが待ち切れなくて、夏休みの計画を立て始めちゃった能天気な小学生位な感覚だな。
などと訳のわからない事を考えつつ時計をみると、先程の妄想からまだ僅か2分しか経っていない。
何故だ!
何故こんなにも時間が経つのが遅いのだ⁉︎
普段楽しく過ごす休日の時の流れと、今こうして抑え切れない胸の思いを秘めた時間の流れがどうしても同じ時間の流れだとは思えない。
「君もそうは思わないか?」
急に声を掛けられてビックリしてる隣の席の女の子。
そして急に隣の席の女の子に声を掛けてしまった自分自身もビックリしていた。
「ごめん佐々木君、急に意味が分からない質問されても困るわ。それよりも前みて!前!先生ご立腹よ。」
完全に妄想の中へトリップしていた僕は、周りの事なんて1つも見えていなかった。いや、今が授業中だって事すら一瞬忘れていたもの。
恐る恐る前を向くと、先生は確かにご立腹みたいだ。
「いま私は二十億光年の孤独について解説していた訳なんだが…。佐々木は私の授業を聞かなくても、谷川俊太郎を理解していると解釈してもいいな?ではそんな佐々木に質問なんだが、谷川俊太郎は1962年に第4回日本レコード大賞作詞賞を受賞したのだか、その歌のタイトルについて答えなさい。」
…困った。
困り過ぎて先程声を掛けてしまった隣の席の女子に目を向けてみたが、"スっ"と目を逸らされてしまった。
当たり前か。
彼女が文学少女的な存在だったら、もしかしたら助けてくれたかもしれない。
失礼な言い方だが、その見ためからして文学とは無縁な感じだと手に取るように分かってしまう。
クッソ!こんな時助け舟を出してくれる優しい奴の1人や2人いないのか!?
あ!そうだ谷田さん!
実は彼女かなり頭がキレ手隠れ才女として有名なんだよ!
ナリは不良少女だけど、毎回テスト結果は必ず上位にいる。
そう思って谷田さんの方を見ると、彼女は机に突っ伏したままピクリとも動かない。
この状況で寝てるし!
オワター。
ここは素直に先生に謝罪しよう。
そう思った矢先の事、迷える子羊こと僕の前に1人の救世主が舞い降りた。
「小次郎、ここは俺のターンだ!そいつはあまりに有名な曲だぜ!答えは、"月月火水木金金"だ!」
溺れるものは藁をも掴む。
そんなコトワザがある様に、僕はソレにすがったさ。
普段の冷静さがあったのならば、軽く聞き流していただろう。
だが若干パニくってた僕には、そんな冷静な判断ができなかった。
いや、武蔵は悪くないよ。
だって彼は彼なりに一生懸命考えて、見て見ぬふりをする冷たい人達とは違って、僕のために助け舟を出してくれたのだから。
悪いのは僕さ。
そんな武蔵を信じた僕が全て悪い。
僕はそれを鵜呑みにして答えたさ。
「月月火水木金金です!」とね。
そりゃあ大爆笑も巻き起こるさ。
「富国強兵!欲しがりません勝つまでは。佐々木、今は国語の授業中であって、歴史の授業中でも、ましてや戦時中でもない。答えは"月火水木金土日のうた"だ。分かったら今からでも黒板の説明をノートにしっかり取れ。テストに出るぞ~。」
"顔から火が出る"とはこういう事だな。
国語の授業中にことわざを身をもって体験する事が出来るなんて、ある意味大変勉強になった気がする。
何気に武蔵の方を見ると、満面の笑顔で親指を立てている。
うん。取り敢えず後で殴ろう。
僕も武蔵に笑顔で親指を立ててみせた。
その後は妄想する事をやめ、2時限目、3時限目と恙無く進み、待ちに待った昼休みがやって来た。
僕は武蔵を軽くシバキ、持参していたパンを谷田さんに笑顔で渡すと、「今日はコレがコレなんで!」よく分からない事を言い放って、ダッシュで屋上に向かった。
ドキドキする気持ちを抑えつつ、深呼吸をひとつ深くすると、思い切って屋上の扉を開け放ってみた。
逆光が僕の瞳に飛び込んで来る。
眩しい。
眩い光の中、手紙のとおり1人の女性の姿がそこにはあった。




